月は東に日は西に - Operation Sanctuary - SS/       「700年後の蓮美台」by BLUESTAR    西暦22世紀最大のプロジェクトといわれた「オペレーション・サンクチュア   リ」は完了した。そして人類の歴史が再び進み始めることになったのである。    その年、生き残った人類の代表者たちは、日本の蓮美市に集合した。    マルバス以前の地球の総人口は、約100億人だったが、今や約1億人と推定さ   れていた。調査を行おうにも、マルバスによる急激な人口激減の結果、当時地球に   200以上あった国・地域の政府および国際機関はすべて自然消滅していた。    集まった代表者たちは、難民キャンプやシェルター、あるいは隔絶された研究施   設や観測基地などからきていた。    会議の結果、人類文明の復興のために国際連合(The United Nations=UN)を強化   する形で、新国際連合(The New United Nations=NUN)の発足が決定された。    240の国連加盟国・地域のうちこの「蓮美会議」に集まったのは国の数にすれ   ばわずか50にすぎなかった。いかにマルバスの被害が大きかったかを示している   といってよい。    国連憲章が改訂され、新国際連合は事実上、世界政府的な役割を担うことになら   ざるを得なかった。人類がひとつにならない限り文明復興は用困難なことは明白だ   ったためだ。    日本は、オペレーション・サンクチュアリの功績によって、全会一致で常任理事   国となった。    新国際連合の本部は蓮美市におかれることになった。地球の都市で都市機能をか   ろうじて維持している都市は、蓮美市しかなかったのである。国連本部のあるニュ   ーヨークや欧州本部のジュネーヴは、マルバスによって早い時期にゴーストタウン   と化していいため、反対するものはいなかった。    北欧のある研究施設の代表者が事務総長の座についた。    地球はひとつ、人類はひとつを合い言葉に文明の復興が始まった。    のちに、新国際連合発足の年を元年とする新しい暦が連合では採用された。    サンクチュアリ・センチュリー(SC)である。    もちろん西暦などそれまでの暦を廃止したわけではない。ただ、連合の公文書に   はこの暦を必ず記載するということと、人類を救った「オペレーション・サンクチ   ュアリ」の偉業を記念するということである。    SC25年、宇宙開発が再開された。人類絶滅という危険に対応するために、人   類を複数の天体に分散させることになり、連合宇宙局が本格的に動いたのだ。    50年、「オペレーション・サンクチュアリ」において大きな役割を果たした蓮   美台学園が新国際連合によって世界遺産に認定。    60年、新国際連合本部はニューサンフランシスコに移転。    これ以後、人類は地球の発展を優先したため、宇宙開発はゆるやかな展開となっ   たものの、それでも人は星をめざしていった。                山崎洋一著「サンクチュアリ・センチュリー」より  SC701年。地球、日本国、蓮美州蓮美市。  環境フィールドにおおわれた蓮美台学園は、700年前とほぼ変わらぬ姿だ。  世界遺産であるから、全人類圏に有名であり、毎年大量の観光客が訪れる。  現在、この学園は蓮美台学園記念財団が管理していた。  理事長の名前は宇佐見玲。「オペレーション・サンクチュアリ」の責任者と同じ名前 である。同じ名前なのも当然だった。同じ人、いやロボットなのだから。 「早いものであれから700年です。どう思いますか」  電子雑誌の記者である男が理事長にたずねた。  山崎洋一は、日系シリウス人である。はるばるシリウスから取材にやってきた。  洋一が地球にくるのは生まれて初めてだ。 「そうですね。もうそんなになるのかと思います」 「700年。私にはその時の重みは本当に実感できませんけどね」 「それはしかたないことです。今でも人間は700年も生きられませんから」 「まあ、そこまで長生きしたいともおもいませんけどね」 「あら、そうですか。人間のみなさんはもっと長生きしたいっておっしゃる人が多いで すわよ」 「ははは。それにしても、あなたはすごいかただと聞いていたのですが、ちょっと拍子 ぬけしました」 「何がすごいのかしら」 「オペレーション・サンクチュアリの責任者。西暦22世紀から21世紀まで出向いて、過去の原始的な時代での生活。いろいろあったことでしょう」 「ええ、確かにいろいろありました。今となってはいい思い出ですけど」  そんな調子で話が進んでいく。 「あの時代のロボットで現在も健在なのは、宇佐見理事長、あなただけになってしまい ましたね。歴史の生き証人としてはどう思いますか」 「率直にいって、よくわたくしがここまで生きてこられたと思います。700年の間 にはいろいろありました。国によっては、現在でもロボットに存在権を認めていない 国もあると聞いています。残念なことです」 「それにしても当時の原始的な技術のロボットが700年も持つとは驚きですね」 「わたくしにとってはそうでもありません。実のところ、プログラム・コアやサブルー チン、オプション・プログラムなど、700年の間にかなりの変更が加わっています。 プログラム的にはもはや初期の原型をほとんどとどめていないのです」 「それはまたすごい話ですね」 「ええ。ただ、外見は変えていませんけどね」 「その眼鏡も含めてですか」 「はい。もちろん、わたくしはロボットですので視力が悪いわけではありません。おそ らく製造したメーカーの担当者の趣味でしょうね」 「趣味、ですか」 「たぶんそのほうが理知的にみえるからではないでしょうか」 「当時の日本ではそういう風潮があったんですか」 「ええ」  さらに話は続く。 「オペレーション・サンクチュアリ完了時にはスタッフはわずかしか生き残っていな かったわけですが、そのみなさんが700年後の今の地球をみたらどう思うでしょうね」 「人類が大幅に増えて、星々に散らばっていて、そして、オペレーションはやっぱり 成功してよかったと思うでしょうね」 「完了時のスタッフ、つまり仁科恭子名誉博士、野々原結名誉博士、橘ちひろ名誉 教授、深野先生、天ヶ崎美琴さんなどのみなさんにもう一度会いたいと思いませんか」 「わたくしに取って、人間的な表現をすればオペレーション・サンクチュアリは青春 だったと思います。もともとわたくしはオペレーションのために作られたロボットです から完了後の日々は、人間的ないいかたをすれば余生といえますね。もちろんもう一度 会いたいとは思います。でも思うだけにしておくべきでしょう。彼らには彼らの人生が ありますから」 「確かにそうかもしれませんね。本日はありがとうございました」  蓮美台学園のある教室。  その部屋には巨大な年表がおかれている。  年表そのものは日本語だが、入り口の端末には人類圏の様々な言語に翻訳したデータ が収録されている。 《SC25年 新国際連合宇宙局、宇宙開発本格再開。新型宇宙船「エンタープラ        イズ」運用開始  30年 日本国、憲法改正により連邦制に移行、人口150万  34年 WHO、ウイルス研究の功労者向けに仁科恭子賞を新設  35年 ユネスコ、時空物理学者向けに野々原結賞を新設  36年 国連植物協会、植物学者向けに橘ちひろ賞新設  38年 国際天文学会、天文学者向けに野々原結賞新設  50年 蓮美台学園、世界遺産に認定  51年 蓮美台学園記念財団発足、理事長宇佐見玲。  60年 新国際連合本部、蓮美市からニューサンフランシスコへ移転  101年 オペレーション・サンクチュアリ完了記念式典  125年 超光速航法発見  160年 アルファ・ケンタウリ連邦独立、新国際連合加盟  195年 日本国、憲法改正により、大統領制に移行、人口1020万  196年 日本宇宙協会、新宇宙船に「野々原結」と命名  ……701年現在。  蓮美市人口500万。日本国人口5億5000万。地球人口約10億。  新国際連合人口約450億。  日本の領土:地球/北海道州、東本州、蓮美州、西本州、四国・九州・沖縄州        月/新京都、新仙台        太陽系内コロニー/仁科、野々原、小柴、毛利、川端》  ……21世紀、蓮美台学園理事長室。  オペレーション・サンクチュアリは最終段階に入っていた。 「時空転移装置に手紙が届きました」 「どんな手紙なの、結」と恭子が聞く。 「宛名は私と恭子です。差出人は理事長です」 「わたくしはそんな手紙を送った覚えはありません」 「ここに謎の文字がかいてあります。S.C.701/12/11。たぶん日付ですよね。でもS.C. というのはいったい何なのでしょうか」 「結。あけてみたら」 「それもそうですね。それじゃあけますね」  二人は手紙を読んだ。  結と恭子はコーヒーを飲みながら会話する。 「これはオペレーション・サンクチュアリ完了700年後からの手紙ですね」 「これが届いたってことは未来の時空転移装置ってもしかして」 「有効範囲が700年にのびているってことですね。すごいですねえ。ちなみにS.C. というのは、サンクチュアリ・センチュリーのことです」 「何もこのプロジェクトを暦の基準にしなくていいのにねえ」 「700年も人類は健在なようです。それが一番うれしいですね」 「そうね。私たちの努力も無駄じゃなかったってことよね」 「そうですね」                                ------------------- 2004/8/19-2004/8/20           あとがき  今回の話は、「スタートレック ヴォイジャー」91話、700年後の目撃者、が 元ネタというか題名のネタになってます。  蓮美台学園の700年後を描くという無謀な話ですねえ(爆)  「ヴォイジャー」ではドクター(ホログラム)が700年後に起動されるという話。  はにはにで700年後も生きてそうなのは、どう考えても理事長です。  というわけで今回は理事長が主役です。  700年後の世界についてはそれっぽい雰囲気で適当に設定してあります。  深く考えないように。  22世紀の700年後なんだから西暦だと29世紀ですな。  どんな時代なのか想像がつきませんね〜  ちなみにS.C.元年が西暦でいつなのかわかりません。  「はにはに」は21世紀と22世紀の話なんですが何年の話なのかは実は不明確 なんですね。  私自身は「はにはに」は21世紀はじめのつもりでかいていますけどね。  おそらくは基本的に「現在」だということなんでしょうけど、そうすると、 某「ARIEL」みたいに現在が18年(1986-2004)にまたがる話もあるからなあ〜。  一応マルバス以前の22世紀初めの人口が約100億というのは、「21世紀の 歴史」という本がありましてそっから持ってきてます。  現実の2004年の国連加盟国は191ですが未来なので水増ししてあります。  最後、700年後の世界で玲と結・恭子が再会するというシーンを入れようかどうか 迷いました。  それはいくらなんでもちょっちやりすぎだよねえ。  というわけで最後は700年後からの手紙にしてみました。 by BLUESTAR(2004/8/20)