「シンシア・イン・ザ・ムーンライト」 BLUESTAR Cynthia in the Moonlight  1996年春。そこはシリコンバレーにほど近い広大な墓地だった。  墓地にはたくさんの墓標が並んでいて、そのうちのひとつをめざして、少女が歩い ていた。 「もうすぐね・・・」  やがて少女は目的の墓にたどり着いた。その墓に書かれているラストネームは McDougal。 「久しぶりね、ママ」  その墓は少女の母親のものだった。少女のママが病死してから既に約6年の時間が 流れていたのである。  少女は持ってきた花を墓に置くとしゃがんだ。 「私もパパもとっても元気よ、安心してね」  そこで少女はため息をついて、 「・・・ただし二人ともしばらく口聞いてないけどさ」  少女はハリウッドで多忙な生活を送っていたから墓に来るのはせいぜい1年に1、 2回というところであった。 「相変わらず意地っ張りね、っていいたそうね。ええそうよ。確かにパパも私も意地 っ張りなのは相変わらずよ・・・」  しばらくして少女が墓地を去ると、入れ違いに一人の男が墓地にやって来た。  男は背広を着て、片手に花を持っていた。男はやがて立ち止まる。 「・・・シンディは先に来ていたようだな」  男にとって墓にきざまれた名前は妻のものであった。  妻が病死してから男はより仕事に集中するようになっていった。  男は今では世界的な巨大企業の社長であったから、やはり多忙であった。  だが、ふと仕事の合間に、ふと眠るときに、ふと飛行機の中で・・・時折思い浮か ぶのは、いまは亡き妻であり、そして愛する一人娘シンディのことであった。 「おまえのいいたいことはわかるよ。たまにはシンディのことをみてくれと言いたい のだろう。でも私は忙しいし、シンディも忙しい」  男は墓に既に置いてある花の横に自分の持って来た花を並べる。 「・・・だからといってずっと口を聞かない理由にはならないというんだろう。そん なことはわかってる。だが・・・どうにも・・・」  男の服から呼び出し音がした。男は携帯電話を取り出してボタンを押す。 「マクドゥガルだ」  電話をかけて来たのは、男の部下からだった。かなり長い時間やりとりした後、 「・・・・・・なるほど、わかった。すぐにむかう」  男は携帯電話をしまうと、足早に墓地を去った。  空港にはいつもどおりたくさんの人がいた。  サングラスをかけて白い帽子を目深にかぶった少女は、何気ない顔を装って演技を しながらカウンターへとむかった。  実は、少女はかなり怒っていたのだが、そんな表情を無理矢理隠そうとしているよ うだ。少女はまだ若いけれど、実はハリウッドで仕事をしていたりするから演技は得 意だった。  やがてグローバル・エアラインのカウンターで少女はトーキョー行きのファースト クラスの席を確保して、切符を受け取る。機種はDC−10。 「トーキョー行きの375便はもうすぐ出発です。このままゲートへいかれてはどう でしょう」 「サンキュー」  少女はゲートへと走っていった。  やがて定刻通りに375便は離陸した。  そのNナンバーのありふれたDC−10は予定通りに着陸した。  ここはニュー・トーキョー・インターナショナル・エアポート。  ファーイーストの大国ジャパンを代表する空港である。開港してから15年以上がす ぎているが、実はこの空港にはいまだに滑走路がひとつしかない。  現地では空港のある場所の地名からこう呼ばれることが多い。"ナリタ・クウコウ" 「ここが・・・ここが・・・ジャパンなのね!!」  サングラスを掛けた少女は、はじめてみるジャパンの光景に驚きながら歩いていく のであった。  少女は人々の会話を聞いていた。少女はアメリカ人でありながら日本語もほぼ使い こなせた。少女のママは日本人であり、少女は昔からママの母国に憧れていた。  やっと来ることが出来たわね、と少女は思った。  トーキョーのネリマにあるその別荘はひっそりとしていて静かだった。  少女の父親はかなりの資産家といってよく、世界のあちこちに別荘を所有していた のである。トーキョーにあるこの別荘もそのひとつだった。 「はぁ・・・やっとついたわ。なんでエアポートから別荘までこんなに時間かかるの よ、同じトーキョーなのにぃ」  シンディは疲れきっていた。さっさとシャワー浴びて眠りたいなと考えている。  LAからトーキョーまでは太平洋を渡るからかなり時間がかかる。  しかもエアポートから別荘までさらに1時間半もかかった。  シンディは別荘にはいると、寝室に直行してそのままベッドに倒れこんでしまった。  翌日、シンディは出かけることにした。  行き先は「アキハバラ」。  なんとしても今度こそ絶対パソコンを買わなくてはならない、と固く決意したシン ディは車を用意させた。  やがて、シンディは秋葉原で一人の青年と出会うことになる・・・  ・・・シンディは、ひとしとサーティの二人を見送った。  トーキョーはミッドナイト。別荘の周囲は静かだった。 「それにしてもちょっとうらやましいわね・・・さてと・・・」  シンディは、部屋に戻って来た。オフにされたパソコンはとても静かだった。 「ふふふふふふ・・・やったわよシンディ!!。なんとかできたじゃない!!」  シンディは部屋の窓を開けた。 「そうよ、私だってやればできるのよ。そりゃいろいろあの二人に教えてもらったけ どさ、ちゃんとメールを自分でタイプしたんだからっっ」  シンディは窓枠にすわった。 「・・・神戸ひとし・・・マイ・ティーチャー・・・このままじゃ終わらないんだか ら」  そして、シンシア・マクドゥガルは月光の中で微笑んだ。 1996/8/14 初出/NIFTY-Serve AIとまPATIO #10265 1996/8/15 //