「A・Iはプリズム」ACT.3 エアプレイン・コントロール  1997年12月。ボストン空港は雪が降っていた。  管制塔もターミナルも滑走路も白のベタで塗りたくったようだった。  イースト・イーグル航空88便はこれから何が起こるのか知らなかった。  ドレッド270−100は、ハイテク・ジェットではあったけれど、未来予知はで きないのだから。88便はボストン発サンフランシスコ行。雪によって滑走路の状態 も悪く、予約もたくさんキャンセルされていた。かくしてたった61名の乗客で、し かも定刻より1時間も遅れて出発したのだった。 「やっと離陸したわね」  88便の中。シンシア・マクドゥガル(シンディ)は言った。  サンフランシスコであるシンディの友人のパーティに参加するためにシンディたち は飛行機に乗っていた。 「ああ。出発する前に空港が閉鎖になるかと思ったよ」  隣に座っている神戸ひとし。 「賭けてもいいわよ、ひとし。今ごろ下は閉鎖なんじゃないかしら」 「そうかなあ」 「そうですとも」 「それにしてもファースト・クラスが私達3人だけだなんてなんか寂しいですね」  ひとしの隣に座っているサーティが言った。 「しょうがないわ、サーティさん。この雪だからみんなキャンセルしたり、キャンセ ルはしなかったけど空港にたどりつけない人もいるでしょうから」 「みなさん大変なんでしょうね」 「あんたが心配してもしょうがないじゃない」とシンディ。 「それはそうですけど・・・」 「それにしても、エコノミーもがらがらだったみたいだから50人も乗ってないんじ ゃないかなあ」 「そんなんじゃエアライン(航空会社)はさっぱりさっぱりじゃない。それにイースト ・イーグルって確か経営が大変だったようなきがするけど」  そこへ乗務員がひとりやってきて、日本語で話しかけてきた。 「こんにちは。なにか御用はありませんか」 「特にないですけど・・・ってアメリカのエアラインで日本語が聴けるとはぁ」  ちょっと驚くひとし。 「もっとも、当機のクルーで日本語がわかるのは私だけですけどね」 「へえ、なんでまた」 「あら・・・アリシア・ニシザワっていう名前なのね。日系なの?」とシンディ。 「正解です。私、日本とアメリカのハーフなんです」 「なんだあそれじゃわたしと一緒じゃない」 「あなたもハーフなんですか」 「ええ。ただわたしのファミリーネームはアイルランド系なんだけどね」 「そうするとあなたがミス・マクドゥガルですね」 「そうよ」 「・・・あ。私はこのへんでそろそろエコノミーに行かないと。それじゃ」  アリシアはエコノミーへと向かった。 「よくあの人わかりましたね」 「誰でもわかると思うわ。Mcっていうのはアイルランド系の名前だってことは別に秘 密じゃないもの」  いきなり前からものすごい音がした。サンフランシスコまであと約1時間。 「伏せて」  シンディにひきずり倒されるひとしとサーティ。 「うわあああ」 「きゃっ」  ・・・しばらくして、 「もういいわよ。すごい音だったわねえ」 「シンディ、今の音はいったい・・・」 「多分、銃声」 「大変ですね」とサーティ。 「ええ大変よ。飛行機なんかであんなもん使ったらロクなことにならないのに」 「大丈夫ですか」とアリシアが後ろからやってきた。 「私たちは大丈夫よ。音はここからかなり前からしたわ。多分コクピット」 「そんな・・・なんてこと」 「とりあえずさっそく前にいってみないと」  そういって立ち上がるシンディ。 「待ってください。危険、かもしれません。私、が、みてきます」 「落ち着いて、アリシア。あなたがそんなにあわててどうすんのよ」 「・・・あ、それも、そう、ですね。すいません」 「とはいえ、あなたは乗務員なんだからこの場合はやっぱりあなたが行くのが妥当か もしれないわね」 「機長と副操縦士がコクピットで撃ちあいとはね・・・。イースト・イーグルって困 った会社ね」とシンディ。 「それをいわれるとみもふたもないです」とアリシア。  アリシアがコクピットのドアを開けるとそこには二人のパイロットが血を流して 倒れていた。しかも床には2丁の拳銃が落ちていた。  2人そろって気絶していた。そこで4人でなんとかコクピットから引きずり出し、 床に寝かせて、手当てをしたのだった。 「とりあえず手当てはしたけど、とっとと病院にいれたほうがいいわね」 「そうですね」 「とりあえず、今のところは飛行機はまっすぐ飛んでいるのは・・・多分オート・パ イロットが働いているからよね」 「私もそう思います」 「それはさいわいだったわね。でもとりあえずかわりのパイロットを探さないと」 「どうやって」 「映画だとここで機内放送して経験のあるひとを呼ぶところだけど・・・」 「それは却下します」 「どうして」 「そんな放送したらパニックになります。飛行機で一番恐いのは乗客がパニックに なることなんですよ。客室乗務員より乗客のほうが多いですから・・・」 「そっか。それはまずいかもね」 「私の見た限り、乗客の中にパイロット経験のありそうな人は見当たりません。航空 業界というのは広いようで狭いですからいればすぐわかるんですけどね」 「・・・つまり、事態を知ってる私達だけでなんとかしろっていいたいのね」 「パニックよりましです」 「私もあなたもひとしもサーティさんも飛行機の操縦経験なんてないのよ。素人ばか りでどうするっていうのよ」 「・・・それでしたら自動着陸装置を使うしかないと思います」 「この飛行機、そういうのあるわけ」 「はい。サンフランシスコ空港も対応してると思いますから」  サンフランシスコ空港。 「88便はボストン1時間遅れだったな。まあしかたないな」  とイースト・イーグル航空の支店で副社長のリッカーソンは言った。 「88便離陸後に空港閉鎖だそうです。きわどいところでした」  とコーヒーを飲みつつ、フェラシーニ支店長。 「テリーは機長としてはいいやつなんだが、ギャンブル好きなのはよくないな」 「同感ですね。かなり借金があるとも聞いてますから」 「借金か。嫌な言葉だね〜。うちの会社も借金だらけだぜ」 「そういやうちの会社はかなりヤバイですからねえ」 「これ、なにかしら」  ほかに拳銃とか入ってないか念の為に機長の鞄を調べていたアリシアは首をかしげ た。鞄から出したそれは分厚い手帳と小さな機械がくっついていた。 「どれどれ・・・ああこれはミニノートパソコンと無線機みたいだね」 「パソコン・・・こんなちっちゃいのがですか」 「これって多分リーブラじゃないかなあ」  リーブラはひとしも秋葉原でよくみかけたものだった。  ひとしは蓋を開けた。黒地、中央に白文字。  どうやら数字がカウントダウンをしているようだ・・・    爆弾秒読み    装置1 015    装置2 015 「ばっばっばっばっ、ばくだん。あうっ」  ひとしは思わず落としそうになったが、なんとか持ち直す。 「ひとし、リセット」とシンディが叫ぶ。  ひとしは、あわててCTRL・ALT・DELキーを同時に押す。  またしてもおおきな音がした。まるでなにかが爆発したような音だった。  場所はファースト・クラスのすぐ後ろにあるトイレのあたりのようだ。  さいわいにも飛行機には穴は開かなかったようだが、トイレのあたりは瓦礫の山と なっていた。 「・・・間に合わなかった」 「爆発したのは1つだけみたいね」 「・・・そうだね」  リーブラの画面はプロンプトになっていた。  ひとしとサーティとアリシアは爆発現場を見に行って戻ってきた。 「後部とは瓦礫の山で通行不能とは・・・とほほ」 「ひとしさんはよくやったと思いますよ。2つ爆発しなかったんですから」 「それはそうだけどね。まあ死人もけが人もいないのがさいわいだな」  ため息をつくアリシア。 「ちょっといいかしら。これまでの状況をまとめましょ。まず機長は爆弾魔で実はハ イジャッカーだったてところかしら」とシンディ。 「おいおい」とひとし。 「だって爆弾持ち込むなんてハイジャッカーでしょ、おそらく」 「証拠が乏しいぞ」とひとし 「まそれはそれとして。副操縦士は多分機長を止めようとしたんでしょうね。それで コクピットで撃ちあいね」 「副操縦士はなんで銃を持ってたんだろう」 「もしかしたら副操縦士もハイジャッカーだったとか」 「・・・おいおい」とひとし。 「まあそのへんはあとまわしね。あと、このリーブラ。爆弾はもうひとつどこかに あるはずよね。でもどこにあるのかしら」 「機長なら知ってると思います」とアリシア。 「そうね。・・・でも気絶してるんじゃ尋問しようがないわね」 「もしきけたとしても貨物室とかだとお手上げです。貨物室は広大ですし、探し終わ る前にサンフランシスコに着くでしょうから」 「まだニュースになってないようですね、ボス」  アメリカのどこか。2人の男はテレビを見つめていた。  2人は実はある組織に所属していた。 「そのようだな。さてはテリーのうすのろは失敗したんだろう」 「どこで失敗したんでしょうね」 「さあなあ」 「失敗というのはいやなもんだ」 「同感です」 「やはり素人は素人か。借金の代わりにハイジャックしろというのはちょっと無茶 だったかな」  88便は飛んでいた。サンフランシスコまでもうすぐだ。 「それにしても、コクピットってなんかゲームセンターみたいね」とシンディ。 「ぼくもそう思った」とひとし。 「私が前に出た映画だと針とかスイッチとかたくさんごちゃごちゃしてたけど」 「今のハイテク・ジェットはみんなこんな風らしいです。ボーニングもエアロバスも」  とアリシア。 「ふーん・・・そうなんだ」とうなずくひとし。 「ほんと、いまの旅客機てコンピュータだらけですから。コクピット・シートも昔よ り減りましたしね」 「そういえばそうね。確か"エアポート"では5人いたもんね」  エアポートは大昔の有名な映画だ。 「"エアポート"はボーニング707でしたからね。それが今じゃコクピットは2人で すものねえ。そのうちコクピットに誰もいなくなってコンピュータがすべて動かす ようになるんでしょうね」 「・・・コンピュータがすべて動かす・・・か。確かにそんな日も遠くないかも」 「そんな日がきたときにはこの仕事はやめたいわね」  アリシアはため息をつく。 「コンピュータがすべて、動かす・・・そうか、その手が・・・」  ひとしがもごもごとつぶやいている。 「どうしたの、ひとし」 「・・・サーティ、こっちにきてくれ」 「はい」すぐにサーティが現れた。 「アリシアさん、この飛行機はどのくらいコンピュータに依存してますか?」 「そうねえ。ほとんど、だと思っていいわね。昔の飛行機と比べればいまの飛行機な んてそれこそコンピュータの塊飛ばしてるようなものよ」 「それならコンピュータを直接コントロールできれば、この飛行機は動かせますか?」 「多分、動かせる、と思うわ。でもそれは人間がコンピュータを直接コントロールで きればの話。そんなことは普通は不可能・・・」 「サーティ、きみの出番だ」 「ひとし・・・まさかサーティさんにこの飛行機をコントロールさせるつもりなの?」 「・・・サーティの実力ならきっとできると思うから」 「確かに・・・おそらく、できるでしょうね。でも本当になんとかなるの?」 「シンディ、残念なことに僕には飛行機についての知識がないから、絶対大丈夫だよ とはいえないんだ。それに・・・ほかに代案があるかな」 「代案ねえ。まず私もひとしもアリシアさんも飛行機の操縦はできないわ。自動着陸 装置を使うという方法もあるけど・・・自動着陸装置って要するにプログラムなわけ でしょ」 「そうです」とアリシア。 「それなら私は、サーティさんにまかせるほうを選ぶわ」 「シンディさん・・・」とサーティ。 「あなたはね、私の友人なのよ。友人を信じなくてどうすんのよ」 「すいませんけど・・・あの話がみえないんですけど」とアリシア。 「アリシアさん、私は実は人間じゃないんです」 「えっ、うそでしょ」 「私はAIなんです」 「信じられないわ。だってどこからみても人間にしかみえないのに・・・」 「私もサーティさんがAIだって知ったときは驚いたわ」 「シンディさん、サーティさんの正体を知ってたんですか!!」 「私は知った上で友人なんてやってんのよ。サーティさんは高度な知性と人間らしい 心を持ち合わせてるの。昔はいろいろあったけど、今はいい友達」  サンフランシスコ空港管制塔。 「どうした、ケリー」 「イーストイーグル88が応答しません」 「コースと高度は」 「今のところ問題ありません。まだオート・パイロットなんでしょう」 「呼びつづけろ」 「了解」 「・・・この飛行機のコントロールを掌握しました」 「よくやったわね、サーティさん。さすがね」 「シンディ、喜ぶのはまだ早い。着陸してからだ」 「はぁい」  どうにかアリシアを納得させることができた。方法としてはおそらく前例がないで あろうコンピュータの直接コントロールによる飛行だから、アリシアを納得させるの には少し時間がかかったけど。  アリシアにしてみれば、人間でないサーティに飛行機をゆだねるのは少し不安だっ た・・・しかし、ほかに代案がない以上、しかたがないと納得したのだった。 「・・・ところで、飛行機のコントロールがなんとなったのはいいとして・・・無線 で連絡したほうがいいんじゃない」 「無線かあ・・・それもそうだな」 「サーティさん、無線をつないで」 「・・・やっぱりだめですね」 「だめってどうしてなの」 「どうやら無線に電気がきていない・・・みたいですね」  静まり返るコクピット。そしてシンディはポケットからそれを取り出した。 「シンディ、それは・・・携帯電話じゃないか」とひとし。 「そうよ。飛行中の携帯使用が禁止なのは知ってるけど・・・他になんか方法思いつ くかしら」 「サーティさん、これから使うから飛行機に影響がでるかも知れないけど・・・なん とかしてね」 「・・・わかりました」 「ところでシンディさん、どこに電話かけるんですか?」 「プリーズ・ウェイト」  そしてシンディは電話をかけた。 「ロニー、私よ。緊急なの。電話番号教えて」  ロニーは、シンディの大ファンで、以前シンディの出た映画にアドバイザーとして きたことがあった。連邦航空局の職員である。 「・・・やあシンディ。久しぶりだな。それで・・・あー・・・どこのだ」 「サンフランシスコ空港、管制、もちろん直通」 「それは・・・まずい。あまりにもまずすぎる」 「デートぐらいしてあげるから。それにこれは生死にかかわる問題なのっ」  ロニーはすらすらと電話番号を言った。シンディの気迫に押されたようだ。 「ありがと」  切ってすぐに今聞いた電話番号をたたく。 「こちらイースト・イーグル88。サンフランシスコ空港管制塔ね」 「そうだ。あー・・・そっちは本当に・・・イースト・イーグル88なのか」 「そうよ。無線が壊れてるから携帯電話でかけてるの」 「・・・ちょっと待てっ。飛行中の携帯は危険なんだぞ」 「しょうがないわ。そんなことより、こっちのことだけど、メイデイ(救難信号)よ。 メイデイ」 「・・・メイデイ了解。そっちの状況は」 「パイロットは2人とも意識不明。爆発のために後部とは連絡不能。自動着陸装置 はなんとかみつけたからそれで降りるわ。だから・・・とっとと他の飛行機を空港 周辺からどかしてちょうだい」 「おお、なんてこった。・・・わかったとっととどかすからな。とりあえずこのまま 待機してくれ」  管制塔は騒然となりつつあった。 「・・・とっととどかすからな」 「こちらサンフランシスコ管制。イースト・イーグル88のメイデイを確認。ただち に空港周辺から離れろ」 「グローバル411了解」 「イプシロン133了解」 「グランドニッポン705了解」・・・  しばらくして、88便は空港のすぐそばまできていた。 「そろそろ着陸します」 「サーティさん、機内アナウンスだけど、後部に聞こえるかしら」 「・・・聞こえますね。回線はつながってるようから」 「着陸するってアナウンスするつもりなの」 「そうよ。これでも私は主任客室乗務員なのよ」  アリシアはコクピットから外に出た。そして機内アナウンス用のマイクをとって、 「本日はイースト・イーグル航空をご利用いただきありがとうございます。途中で 色々とありましたが、当機はまもなくサンフランシスコ空港に着陸いたします」  アリシアは、英語と日本語でそのアナウンスを行った。  日本語は、ひとしたちへのサービスだった。  イースト・イーグル航空の国内便では通常日本語でアナウンスする必要はない。 「これより着陸します」 「頼んだぞ、サーティ」 「はい」  コクピットの機長席にはサーティが座っている。  副操縦士席にはサーティの頼みでひとしが座っていた。  そしてファースト・クラスの一番前にシンディとアリシアが座っている。  88便は徐々に高度を下げていった。  そして、タイヤが着地した。だがすぐには止まらない。  なかなか止まらない・・・  コクピットへアリシアが入ってきた。さっそくイスにつかまる。 「・・・まだ止まらないのかしら」 「はい。このままだとオーバーラン、するかも」  まだ飛行機は止まらない。 「グランド・ターン」 「あの・・・それってどうやるんですか」 「飛行機のコースを思いっきり右よっ」 「はいっ」  飛行機が右に向けて曲がっていく・・・。そして止まった。  滑走路はほとんど残っていなかった。近くに海が見える。 「止まったね」 「はい、止まりました」 「よくやった、サーティ」  抱き合うひとしとサーティ。唖然とするアリシア。  そしてコクピットにシンディが入ってきた。 「盛り上がってるところ悪いんだけど、そのへんにしてね」 「あ・・・はい」とサーティ。 「せっかくの感動的なところなのに・・・」とひとし。 「とっととここから逃げるわよ。サーティさんを見世物にしたくないんでしょ」 「そうだね」 「見世物・・・ですか。私はそうは思いませんけど。サーティさんてへたな人間より よっぽど人間らしいですよ」とアリシア。 「プレス(報道関係者)というハイエナはサーティさんを見世物扱いするでしょうね。 連中はそういう困った種族なのよ。私もプレスの扱いには苦労してるからわかるの」 とシンディ。 「このままいけばみなさん英雄になれるのに」 「ひとしとサーティはね、英雄になんかなりたくないのよ」 「それじゃいこうか、サーティ」 「はい」  サーティは立ち上がった。シンディは言った。 「そうだ。サーティさん、フライトレコーダーとボイスレコーダーを消去しといて」 「・・・はい・・・消去しました」 「アリシアさん、それから私達はこの飛行機に乗らなかったことにしといてくれるか しら」 「・・・はい。わかりました。無事着陸できたのはみなさんのおかげですから。 でも・・・会社のコンピュータに乗客名簿が残ってますけど・・・」 「サーティさん、それもあとで消してちょうだい」 「はい」  電話が鳴っている。ひとしは自分の携帯電話を耳にあてる。 「はい」 「ひとし、88便のことは知ってるわ。これから逃げるンでしょ」 「すごいな、よくわかったね」 「カンよ。・・・フォーティを迎えに行かせたからそれで逃げなさい」 「ありがとトゥエニー」 「どういたしまして。私今、サンフランシスコ空港のロビーなんだけど、テレビカ メラが走ってるわよ。ジャミングしとこうか」 「ああ頼むよ。それから・・・イースト・イーグル航空88便の乗客名簿を消去しと いてくれ」 「それならもうやったわ。安心していいわよ」 「それじゃ」  ひとしは電話を切った。そしておおきな音を聞いた。 「・・・なんかすごい音ですね」とサーティ。 「なにかの足音みたいだけど・・・」とひとし 「迎えにきたです〜」 「フォーティがきたんだ。じゃあとっとと逃げよう」 「そうですね」  ドアを開けると、そこには巨大なフォーティがいた。全長20メートルくらいあり そうだ。 「掌にのるです〜」  そして3人を掌にのせてフォーティは空港から去っていった・・・  サンフランシスコ空港に現れた、サンフランシスコ・ジャイアンツの防止をかぶ って、ジェイソンの如くマスクをはめた謎の巨人のことがその日のテレビニュース で話題になったのであった。    ☆  アリシア・ニシザワは、連邦航空局(FAA)の調査で、サーティたちのことはとうと う最後まで言わなかった。FAAとしても、ボイスレコーダーもフライトレコーダーも 乗客名簿も消去されているから、事件の概要をつかむにはアリシアに聞くしかなか ったのだ。結局アリシアは悪いことをしたわけでもないのだし、88便は無事だっ たのだから・・・ということでアリシアは調査から開放されたのだった。  結局88便の真相についてはついにはっきりすることはなかったのである。    ☆  88便事件から3ヶ月が過ぎた。  アリシア・ニシザワは、イースト・イーグル航空の倒産に伴い失業した。  学生時代の友人の誘いで、その友人の経営するボストンの貿易会社に転職した。  シンシア・マクドゥガルは、88便に乗っていたことはとうとうばれなかった。  マサチューセッツの別荘で、以前とかわらずに暮らしている。  神戸ひとしとサーティも、88便に乗っていたことはばれなかった。  ひとしはときどきMIT(マサチューセッツ)に通い、サーティはひとしと共に暮らし ている。・・・つまり事件前とは変わっていない日々のようだ。  88便の機長と副操縦士は、病院から刑務所へ向かうこととなった。  なんと2人とも別々にハイジャックを計画しており、そのためにこっそり拳銃を 持ち込んでいたのである。  リーブラの爆弾は、機長が設置したもので、2つめの爆弾は貨物室の奥深くに置 かれていた。  88便事件で、ただでさえ経営難だったイースト・イーグル航空は、ますます利用 が遠のき、結局倒産に至ったのである。    ☆  ボストンで働きはじめて半年後、アリシア・ニシザワは新しい自動車を買った。  その車のナンバープレートにはこう書かれている。  それはアリシアの出会った天使のような女の子の名前だという・・・  "THIRTY"                               1999/9/20-1999/10/2 初出/NIFTY SERVE 赤松健PATIO #16539,16540、1999/10/3