SUB:SS>ジェスター    「A・Iはプリズム」FILE.4 ジェスター  2000年5月、ボストン国際空港。神戸ひとしは一人の男を出迎えた。 「久しぶりです、ジェスターさん」 「元気そうだな、ミスター神戸」  大きなカバンを抱えた男がいった。 「ええまあ」 「最後に会ったのは渡米前のオフ会だから・・・3年ぶりか」 「そうですね。早いものです」 「ほっほう。これが君の愛車かね」  空港の駐車場。ひとしの車のマサチューセッツ・ナンバーの黒いヴァンがある。 「ええそうです」 「しかし黒いヴァンとはな・・・まるでZチームみたいだな」 「何ですか、そのゼットチームっていうのは」 「アメリカのテレビドラマだ。軍の脱走兵4人が、MPから逃げながらトラブル・シュ ーティングする話だ。邦題は突撃野郎Zチーム。彼らが使う車が黒いヴァンなんだ」  MPは憲兵。原題は「The Z-team」である。 「へえそうなんですか。ぼくの場合はセダンだとみんな乗り切れないんでこれにした んですけど」 「なるなる。それならしかたないな」 「ただいま〜」  ひとしたちは家に着いた。 「お帰りなさい、ひとしさん。それからようこそジェスターさん」 「どうも。・・・はじめまして。お邪魔します」 「どうぞどうぞ。今お茶を出しますね」  サーティはキッチンへ向かった。 「ミスター神戸、今のは誰だい」 「同居人のサーティだよ」 「サーティ・・・なんか数字みたいな名前だな」 「日本人でも数字みたいな名前はよくあるだろ」 「まあ・・・確かにな。山本五十六とか唐須一二三とかあるわな」  リヴィングルームに入る。 「おはようひとし。・・・それからはじめまして」 「・・・シンディ。なんでここにいるんだぁ」  シンディがソファに座ってアイスティーを飲んでいた。 「たまたま通りがかったのよ。そしたら日本からゲストがくるっていうじゃない」 「・・・それでずっと待っていたというんだね」 「ザッツ・ライト」 「はじめまして、ジェスターとよんでください。・・・それにしても本物のシンシ ア・マクドゥガルと会えるとは感激です」 「・・・それはどうも。もしかしてファンかしら」 「ええ。シンシア・マクドゥガル・オフィシャル・ファンクラブ・ジャパンに入って るのは伊達じゃありませんから」 「・・・ジェスターさん、ファンだったんですか」 「そういえば話したことなかったな。まあ日頃はゲームの話題ばっかりだからな」 「ジェスターさんてひとしとはどういう関係なんですか」 「そうだな。一応友人かな」 「そうなんだ。でも・・・学校関係じゃなさそうだし・・・いったいどういう」 「・・・私は、BIGLOBEのDearコンピュータ・ゲームのSIGOPをやっていてね。ミスタ ー神戸はそこのアクティブなのさ。日頃はボードで意見をぶつけたり、時々チャット したりしてる。オフ会で直接何度か会ったことがあるけど、二人とも好きなゲームの 好みがわりと近くて気があってるというか・・・まあそういうわけさ」 「BIGLOBEって、確か日本のプロバイダよね。でもSIGって・・・」 「BIGLOBEは元々、WOL(ワールド・オンライン)やCommuServeみたいにオンライン・サ ービスとしてスタートしたんだ。SIGというのはCommuServeのフォーラムみたいなも のといえばわかりやすいかな。  でもってSIGOPというのは、Special Interest Group OPeratorの省略したいいかた だよ。要するにSIGの管理責任者といったところかな」 「そうすると結構大変なんじゃないの」 「まあね。BIGLOBEもかつては日本最大だったけど今じゃ3位に転落してるせいか以 前ほど大変じゃなくなったけどね」 「えっ。3位・・・っていつのまに」驚くひとし。 「1位がNTT-MCのnモードで約700万。ただし携帯じゃないとつかえないけどね。2位 が@nistyで約370万。そして3位がBIGLOBEで約300万てとこかな」 「nモードがすごいってのは聞いてたけど・・・なんかペースがすめちゃくちゃじゃ ないか」 「ああ。私もそう思うね。このペースでどんどんいけば、WOLを抜いて世界最大にな る日もそんなに遠くないかもな。WOLが今2200万だからnモードが3000万くらいになれ ば 追い抜けそうなきがするね」 「3000万て・・・すごい数字ね。でもそんなに買う人いるわけ??」 「日本じゃすでに家にある電話より携帯電話のほうが多いのさ。その数は約6000万。 NTT-MCのシェアは過半数だから3000万というのは不可能な数字じゃないだろ」 「・・・確かにその通りね。不可能ではないわね」  さらに話は弾む・・・ 「ジェスターさんて、インターネット関係にも詳しいのね」とシンディ。 「そりゃまあ仕事ですから」 「仕事っていったいなにを」 「わたしの本業はフリーライターです。雑文屋といったころかな。ゲーム雑誌からイ ンターネット専門誌まで手広くやってます」 「なるほどね」 「実は今回アメリカにきたのは、ネットワールド・マガジンのインタビューで、MITの メディア・ラブのアントニオ・マンシーニ教授にインタビューするためなんだ」  MIT、マサチューセッツ工科大学は色々な意味ですごい大学である。 「なるほどね。ひとしの家はMITに近いから立ち寄るのにちょうどいいというわけか」  MITはマサチューセッツ州ケンブリッジにある・・・ 「まあね。せっかくだからね。ちょうどいいということで」 「確かにちょうどいいわね。・・・インタピューはいつなの」 「明日。本当はしばらくこっちにいたいけど、別の雑誌の取材があるんで、終わった らそのまま空港直行。残念だけどね」 「ここがミスター神戸の部屋か。・・・広くていいなあ」  シンディが帰った後。ジェスターはひとしの部屋をのぞいてみた。 「こっちは東京より地価も物価も安いからね」 「東京を基準にしたらどこだって安いよ」 「それはそうですけど・・・」 「・・・これだけ広い部屋なのに、なんだかものがたくさんあるなあ」 「はっはっは。ばれましたね」 「まあ私の部屋も人の事はいえんからなあ」  大きな机。たくさんある本棚。テレビ。ラジオ。ビデオ。プレイターミナル。 セダジュピター。PC-9801。Eptiva・・・ほかにもなにやらいろいろある。 「私の送ったA-MATEは元気なようだな」  ジェスターが以前に送ったPC-9801のことだ。 「ええ。あれは本当に助かりました。なにしろこっちでは98売ってませんから」 「とはいえWindows98はさすがにきついだろう」 「ええ。最近のゲームはWindowsがふつ〜ですからね。だからEptivaを買ったんで す」  EptivaのHDDにはそういうわけでゲームばかり入っている。  「For Heart」とか「Ever Green」とか「Concerto」とか「こみっくフィエスタ」 とか「ホワイト・スナップ」とか「ウィザードあんてぃーく」とか、明らかに特定 のジャンルに偏っている。 「しかし、なぜEptivaなんだ。アメリカだとDompaqとかFELLとかでもいいだろ」  Dompaqはアメリカでトップシェアのメーカー。FELLは直販メーカーである。 「うちの両親はIBNの社員ですから。それにシンディにいろいろいわれるでしょうし」 「そういえばシンディはIBNの・・・だったな」 「ええ。とりあえずゲームさえできればいいんでなんでもよかったんですけどね」 「AIの開発はするとEptivaかね」 「いいえ。スーパーコンピュータの端末ですから端末自体は別に600MHzとかいりませ んからこの98ですね」 「スーパーコンピュータ・・・って確かすっごく高いんじゃなかったか」 「らしいですね。うちのスーパーコンピュータは父さんが買ったものですからぼくも 値段とかはよく知らないんですよ」 「・・・ああところでインターネットはどうやってるんだね」 「父さんがすでに専用線を引いていたので、それを使ってます」 「はぁ・・・うらやましいのう。日本じゃ電話代はすっごく高いからみんな大変なん だ。常時接続が気軽にできるようになるのはまだまだ先だしな・・・」 「そうですね。アメリカじゃ市内通話は固定料金だからみんなばりばりネットをつか ってるし・・・」 「そういう意味ではアメリカのほうがうらやましいのう」 「・・・でもアメリカには、コミケも秋葉原もテレビ東都もありませんよ。そういう 面ではぼくは日本のほうがうらやましいです」  テレビ東都は、夕方にたくさんアニメを並べているところである。  そのネットが大都市部に偏っていることもあり、田舎では見れなくて困っている。  結局ジェスターは予約した安ホテルをキャンセルして神戸家に泊まった。  翌日。ひとしのヴァンにジェスターは一緒に乗って、MITへと向かった。 「マンシーニ教授ってどんな人なのかなあ」 「私は数回しかあったことないけど、なんていうか・・・かわった人よ」とシンデ ィ。 「ミスター神戸の意見は」 「ぼくはあったことないからノーコメント」 「そりゃ残念」 「ところであなた一人でインタビューでしょ、大変そうね」 「本当は編集部の人と一緒の予定だったけど、出発前夜に風邪ひいてドクターストッ プがかかってね。しょうがないから私は一人でくることになったよ。・・・まあ昔カ メラマンの経験もあるから、それはなんとかなるし・・・英語もまあなんとかなるか らね」 「へえ。そうなの」 「シンディ。だまされちゃいけないよ。ジェスターさんの英語はぼくよりはるかにう まいんだから」 「じゃあ大丈夫ね」 「・・・多分」 「・・・ありがとうございました」  インタビューは終わった。 「これだけしゃべったのに、雑誌に載るのはほんの一部というのがなあ」 「しかたありません。雑誌はWWWほど柔軟なメディアじゃありませんから」 「それはそうだがね」  インタビューが終り、ジェスターはひとしのヴァンに乗る。  シンディも乗る。 「やっと終わったよ。空港までワープ9で飛ばしてほしいくらいだ」 「あいにくこれは宇宙船じゃないですからそんなに出ませんよ」 「トランスポーターがあればなあ」  トランスポーターは転送装置のことである。 「ジェスターさんてパトローラー・フェローですか」とシンディ。  アルリカのテレビドラマ、スター・バトローラーのファンのことをこういうのだ。 「まあね。日本ではなにしろ深夜番組だからみるのが大変でね。LDとかCSに走る人も 多いですよ。私なんかおかげでCSに入ったくらいだ」 「なんか大変そうね」 「ブジTVはいまだに新スター・パトローラーの放映が終わってないから、LDとか CSのほうが手っ取り早いしね」 「・・・アメリカじゃエンドレスリピートだって前に聞いたわよ」 「そうだね。日本はスター・バトローラー後進国だからなあ。そういえばシンディが ゲストに出たPRETTY CAPTAINもまだ日本未放映なんだ」  スター・バトローラー・ファー・ステーション・ナインにシンディはゲスト出演 していた。1993年から99年まで、UVNで7年間、全175話放映された。 「・・・あれってまだやってないんですか」とひとし。 「PRETTY CAPTAINは第6シーズンの132話だからなあ。日本では、福岡・関西あたり が第5シーズン終了までだから。まだなんだよ」 「ジェスターさん、あの話、東京ではいつぐらいの放映になるのかしら」 「ブジTVがファー・ステーション・ナインの放映自体決めてないから、タイムマシ ンでもないとわからんな。早くても・・・3年以上先かな」 「ちょっと待って。決まってないのにどうしてテレビ局がはっきりとわかるの」 「他の地方のテレビ局のパターンからの推定です。新スター・バトローラーをやった 局がファー・ステーション・ナインやアドベンチャラーをやってるようですから。 だから関東でファー・ステーション・ナインをもしやるとしたら多分ブジTVだと 思います」 「ちょっとまって。なんで他の地方でやってネットワークのキー局がある東京が後回 しなのよ」 「全国ネットじゃないからですね。だからやるかどうかは、各テレビ局の担当者次第 みたいなところがあるんじゃないですか」  さらに会話はいろんな方向に飛ぶ。空港に着くまでずっと。  ボストン国際空港。 「それじゃお別れね。ジェスターさん・・・かわった人ね」 「私は君に対する印象がかなり変わったよ」 「・・・嫌いになったかしら」 「NO. ますます好きになったよ。もうちょっとお高くとまってるところがあるかと おもったんだ。何しろ社長令嬢でスターなんだから」 「ありがと。・・・ところでメールアドレス教えてくれるかしら」  ジェスターは名刺を差し出した。  Jester@mmuc.biglobe.ne.jp 「メールアドレスだけの名刺とはね」 「シンプルだろ」 「そうね」 「そちらのメールアドレスを聞きたいけど・・・いいかな」 「いいわよ」 「ここに書いてくれるかな」  ジェスターは手帳を差し出し、シンディはそこに書いた。  CINDY@tkt.or.jp 「これは私のプライベート用だから他の人には秘密よ・・・ひとしは知ってるから いいけど」 「了解した」 「シンディ・・・いいのかい、教えて」 「友人にはこのアドレスを教えてるの。だからいいのよ」 「友人ね。実に光栄だね」                                第一部・終 ------------------- 2000/6/28-2000/6/30 /POST