SUB:SS>バースデイ    「A・Iはプリズム」FILE.5 バースデイ by BLUESTAR  2000年12月4日。マサチューセッツ州ボストン郊外の神戸家ではパーティが開かれて いた。パーティの主役はシンディ。シンシア・マクドゥガル、1980年12月4日生まれ、 今日でちょうど20歳。  歌いおえたジェスターにたいしてパラパラとシンディが拍手した。  ジェスターは年末進行で忙しいにもかかわらず、わざわざこのパーティのためには るばるアメリカにやってきたのである。 「いろんなバースデイソング知ってるけど、死って単語が出てくるの初めて聞いたわ」 「そうだろうと思ったよ」と返すジェスター。 「今のはあなたのオリジナルなの」 「ノー。実はよだまさしのHappy Birthdayという歌なんだ」 「よだまさし?」 「長崎出身のシンガーソングライターの人だよ。ミスター神戸も知ってるんじゃない かな」 「・・・そりゃ名前ぐらいは知ってはいますけど」と、ひとし。 「ためしに歌の題名を挙げて見てくれ」 「北の大地から、光の中のライオン、それから亭主関白くらいかなあ」 「ファンでもないのにそれだけ知ってりゃ十分だよ」 「それぞれどんな歌なの??」 「北の大地からは北海道の富良野が舞台のテレビドラマの主題歌で全部スキャット」  とジェスター。ちなみに全部、あ〜とかあ〜あ〜〜とかそんな歌なのである。 「・・・スキャットだけっていうのはそりゃまたすごいわね」 「光の中のライオンは、アフリカに行った日本の医師が故郷に送った手紙ってとこか な。8分くらいあるんだけどね」 「アフリカっていうとなんかシュヴァイツアーみたいね」 「まさにそれ。歌のモデルになったドクターは、シュヴァイツアーにあこがれて医者 になったらしいよ」 「そりゃすごい」と、ひとし。 「亭主関白は、ヒットして、社会現象になったといういわくつきの歌で、赤白歌合戦 にも出てるんだ」  赤白歌合戦は大晦日夜の人気歌番組で、約50パーセントの高視聴率テレビ番組。 「赤白に出てるってことは結構有名なのね」 「最近は毎年出てるからね。コンサート回数も現役じゃ多分日本一じゃないかなあ」 「そんなにコンサートしてるんだ」 「2000回は越えてるかな」 「・・・いったいいくつなのよその人」 「48歳だよ」 「子供の頃から活躍してたんじゃないの」と弥生。 「ノー。年間のコンサート回数が確か3桁だからね」 「えっと、そういえば、みんなの年齢ってどうなってるの」とシンディ。 「僕は1969年生まれで31歳」とジェスター。 「78年6月5日生まれ、22歳」とひとし。 「78年4月6日生まれ、22歳です」とサーティ。本当は起動した94年というべ きだが、公式には「そういう設定」にしている。 「72年7月5日生まれで28歳よ」とトゥエニー。ソーシャルセキュリティカード はちゃんと「そういうこと」になっている。 「83年3月21日生まれですぅ」とフォーティ。 「80年生まれ、20歳だよ」と弥生。 「みんな若くていいなあ〜」と溜め息のジェスターであった。 「日本では20歳といえば成人で、酒も選挙もオーケーになるから結構重要な日なんだ が・・・アメリカだとそのあたりはどうなるんだい、シンディ」 「アメリカは州によって法律が違うからそのあたりはいろいろね。マサチューセッツ 州だと酒は21歳。それ以下だと売ってくれないわ。この州は酒に関しては本当に厳し いからきをつけてね」 「ああ」 「選挙は18歳から。日本の20歳ていうのはなんか根拠があるのかしら」 「ほっほう18かあ。そこも違うんだね」 「ええ」 「選挙といえば、この間の大統領選挙はなかなか面白い見世物だったね」 「見世物・・・やっぱ見世物かな。あの醜い争いは」 「でも、あくまでああいう争いがオープンなあたりがいかにもアメリカだなと思った よ。日本じゃああはいかない。密室で根回ししてそれで決まるからなあ」 「そういうもんなのかしら」 「そういうもんです。今の日本の林総理だって前の総理が入院したんで密室で決まっ た人ですから」 「・・・そっかだからあんなに支持率が低いわけ?」 「ええ。今の日本じゃ総理はころころ変わるのが当たり前ですからね。国民も長期的 な施策なんて期待してないしねえ」 「そこまで言うわけ」 「長期的な計画を立てても実行する前に変わるんじゃあれですよ。そういえば今年日 本では新しいお札が出ましたけど、提案した大淵総理は発行前に天国行きでしたから」 「2000円札のことね」 「ええ。自動販売機でさっぱりつかえないんじゃ、まず普及は無理でしょう」 「そうかしら」 「あと30年くらいしたら幻のお札ってことでプレミアがつくかなあ」 「そういえば、日本では今回の大統領選挙みたいな事態はありえるの?」 「あり得ません。日本の選挙は候補者か政党の名前を鉛筆で書きますからね。穴がど うしたとかそういう話にはなりようがないです。それに総理大臣というのは、与党の 党首がなるものであって、国民が投票して決めるもんじゃないですから。今の日本だ と民自党の総裁になるとオプションとして総理大臣がついてくるといった感じです ね。だからアメリカみたいにはなりようがないです。首相公選制が導入されれば別で すけど、その可能性は低そうだし」 「・・・なんかすっごく投げやりな説明してるわね」 「アメリカ人には政治は身近でしょうが、日本人にとって政治というのは異次元のか なたのどたばたにすぎないんです、日常生活には関係ないですから」 「そういえば、アメリカは車社会っていうけど、ボストン近辺は鉄道や地下鉄もある し、車ばっかりって訳でもないんだね」 「このあたりにはコミューターレールとかT(地下鉄)とか確かにあるけど、東京に比 べたらたいしたことないわよ。いちいちトークンがいるから面倒だし」  トークン(代用貨)。どうやら切符の代わりにこれを入れるらしい。 「トークンかあ。日本じゃきかない単語だな」 「日本にはトークンのいるとこってないのかしら」 「・・・少なくとも僕は知らないなあ。東京や名古屋の地下鉄がトークンじゃないこ とは知ってるけど」 「名古屋?」 「僕は名古屋の出身だからね。名古屋の地下鉄にはよく乗ったよ」 「名古屋って本州のまん中にある都市よね」 「ああ。二百万都市だけど、東京と大阪の間で苦労してるけどね」 「名古屋の地下鉄ってどんな感じなの」と弥生。 「新しいところは新しいけどね。古いところは古いよ。東京と違って地下鉄全体が名 古屋市の運営。あと、相互乗り入れが名鉄だけ。最低運賃は200円」  正確には名古屋市交通局の運営。市が倒産したら地下鉄も一蓮托生なんだろうか。 「200万都市っていうと、区とかあるわけ?」とシンディ。 「もちろん。名古屋市は16区。僕は北東部の守山(もりやま)区の出身」  ちなみに東京は23区、大阪は24区。守山区は旧守山市で名古屋市に編入されたのは 一番最後である。そのためだろうか地下鉄の代わりに妙なものが走ることになる。 それはガイドウェイバスと呼ばれている。高架を走る妙に自動化されたバスである。 「名古屋っていうと、どんな街なのかしら」 「そうだなあ・・・まず巨大な駅ビルかなあ」 「駅ビルって・・・駅のビルディングよね」 「そう。新しい名古屋駅ビル、正式にはJRセンターツインタワー。高さ240メートルの 超高層ツインビル。ホテル・百貨店・書店などごちゃごちゃ入ってる」 「そんなに高いと目立つわねえ」 「まあね。横浜ランドトップタワーより低いのが実に残念だけどね」 「あっそうか。ランドトップは確か296メートルあるんだ」とひとし。 「そうなんだ。あそこの展望台、69階に上ったときは"負けた"って思ったね」  ランドトップは70階建て。ちなみにセンターツインタワーは53階建て。 「負けたって・・・すごい表現ね」 「まあね。それでっと、あとは比樫山(ひがしやま)動物園とか、中日本ドームとか、 周辺になると、博物館明治館とかそれからトヨハタ博物館とかもある」  明治館は名古屋市の北の戌山(いぬやま)市にあり、明治の建物ばかり集めた施設で ある。いわば「明治村」といった趣きだ。  トヨハタ博物館は名古屋市の隣の長湫町にあり、国内トップで世界的にも有力な自 動車メーカーであるトヨハタの博物館である。もちろん自動車の博物館で、世界の歴 史ある車がずらりと並んでいる。 「ドームっていうと、もしかして野球のドームなの」 「もちろん。中日本ドラグーンズのフランチャイズなんだ」  中日本ドラグーンズは、名古屋にフランチャイズを置く唯一のチームである。  親会社の中日本新聞は、中部地方で部数トップの新聞である。世界最大の発行部数 を誇る帝国新聞が中部では苦戦しているのである。 「ドラグーンズって・・・もしかして、マイスター・ベースボールに出てくるチーム?」 「そのとおり。あの映画はドームが完成する前だからドームじゃないけどね」 「マイスター・ベースボールって何ですか?」とひとし。 「映画だ。ドン・スレックがドラグーンズの助っ人外人として活躍する話。もちろん ドラグーンズの全面協力。ドラグーンズの監督役が高鞍剣」 「へえなんかすごそうな映画ですねえ」 「そういえばシンディ、また車を変えたのかい」とジェスター。 「変えたんじゃないわ。増やしただけよ」 「あれはいわゆるひとつのSUVってやつかい?」  SUV(スポーツ・ユーティリティ・ヴィークル)は、スポーツ多目的車のことである。 「そうよ。このあたりの冬って結構寒いしねえ」  ボストンの冬の気温は摂氏マイナス10度くらいになることもある。雪も降るがすぐ に除雪されることもあり車はノーマルタイヤのままらしい。北海道よりははるかに暮 らしやすいように思われる。 「シンディは金持ちだからなあ」 「まあね」 「そういえばアメリカでは車の免許って簡単に取れるっていうけどどんな具合かな」 「そうみたいね。国によってだいぶ違うみたいだけど」 「日本の免許は時間とお金が両方たっぷるかかるからなあ」 「そんなにかかるの?」 「僕が昔免許取った時は、30万円近くて、2ヶ月かかったかなあ。まあ補習の山だっ たからなあ」 「30万・・・マサチューセッツとは桁違いね」 「まあね。日本では車の免許は18歳以上だけどこっちだと何歳かな」 「マサチューセッツ州は16歳から。有効期間は5年」 「デフォルトが5年か。いいなあ。日本じゃデフォルトが3年で、優良運転者、つまり 無人身事故・無違反だとやっと5年になる」 「そうなのね」 「そういえばジェスターさん、国際免許は持ってますか?」とひとし。 「一応ね」 「マサチューセッツ州だと期限いっぱいの一年間有効です。ただし州によっては3カ 月のところもあるらしいです」とひとし。 「・・・そういうところが微妙に違うのがアメリカというわけか」 「ええ」 「ジェスターさんは、どこで免許取ったのかしら。名古屋、東京?」とシンディ。 「大学の春休みに名古屋の自動車学校に通って、試験は名古屋の平針(ひらばり)の 試験場で受けたよ。そっちは」  試験場は名古屋市の東部、天白区の平針にある。 「私やひとしは、マサチューセッツ州のRMV」 「RMV ?」 「レジストリィ・オブ・モーター・ヴィークル。自動車登録局ってとこかしら」 「れじすとり・・・って何かパソコンのOSみたいだなあ」 「レジストリィは元々、登録とか登記っていう意味よ」 「あ、なるほどね。それにしても・・・ここはアメリカなんだから当然出題は英語だ ろ。ミスター神戸、ちゃんと問題が読めたかい」 「それですけど、日本語で受けましたから」とひとし。 「・・・もしかしてこのあたりって日本人たくさんいるのか?」 「結構いるみたいです。MITとハーバードがありますし、なにより総領事館までありま すから」とひとし。 「ボストン総領事館か?」 「そうです。ただボストン日本人学校はないんですけどね」とひとし。 「そうすると、一番近い日本人学校はどこになるんだ」 「多分ニューヨークです」とひとし。 「こっからだとかなり遠いな」 「ええ」 「そういえば、ジェスターさんの車ってどんなの?」とシンディ。 「今は東京暮らしだから持ってないよ。何しろ置き場に困るしね」 「昔は何乗ってたんです」とひとし。 「ホンマのトゥモロー。軽自動車。安かったし、気に入ってたし」 「どのあたりが」とひとし。 「捕まえちゃうぞというマンガがあってね。主役の婦警コンビが乗ってたのが、トゥ モローだったんだ。さすがにニトロは積まなかったけどね」 「それって・・・なんだかとってもあやしい理由ですね」  捕まえちゃうぞはアニメになったこともあるのでひとしも知っていた。 「まあね」 「それにしてもこのテレビ、でかいねえ」とジェスター 「やっぱりそう思いますか」とサーティ。 「僕の場合、アパートは14インチのテレビだからなおさらね」 「新しいのを買ったらどうですか」とひとし。 「日本はこれから地上波がデジタルに切り替わる過渡期だからなあ。しばらく様子を 見るさ」 「日本もですか」 「まあね。日本じゃ2011年には地上波アナログがなくなる予定らしいから」 「そういえば、日本にいたとき地上波アンテナをたくさんみかけたけど、日本じゃも しかしてケーブルテレビってあんまり普及してないの?」とシンディ。 「あんまりどころかさっぱりさっぱりだ。東京なんかニューヨークより物価が高いク レージーな都市だし、日本の地価は元々高いときている。衛星放送を普及させたほう が早いと思うね」 「アメリカはケーブルテレビが普通になりつつあるけど、日本にはそういう日は来る かしら」  ケーブルテレビ普及率は既に60パーセントを越えている。 「そんな日は多分来ないよ。だから衛星に期待するしかないな」 「なんかはかない望みってかんじね」 「まあね。・・・そういえば、アメリカの6大ネットワークてどこかわかるかい?」 「3じゃないんですか?」とひとし。 「3大ならNBS、CBN、ABSなんだけどね」 「うーん・・・わかんないなあ」 「じゃ、シンディ」 「NBS、CBN、ABS、BOX、VB、UVN。あとPBCというのもあるわね」  BOXは映画会社20世紀BOX系、VBはヴァルター・ブラザース系、UVNは映画会社のヴイ マウント系でUnited V-mount Networkの頭文字、目玉商品はもちろん「スター・パト ローラー」である。PBCは公共放送でJHK教育みたいなテレビ局だがJHKと違って寄付で 運営されている。 「正解。それじゃ日本の民放5大ネットワークはわかるかなあ」 「JHK、帝国、ブジ、あとは・・・パスっっ」 「・・・JHKは民放じゃないぞ。次、ミスター神戸」 「帝国テレビ、ブジテレビ、テレビ毎朝、RTB、テレビ東都」 「よし正解。というわけでどっちの国もテレビ局がたくさんあるというわけだ」 「シンディは二重国籍だけど、そろそろ選択しないといけないんじゃないのかい」 とジェスター。 「・・・ええそうね」 「シンディさんって二重国籍だったんですか」と驚くサーティ。 「そういや言ったことなかったわね」 「国籍って二重でもいいんでしょうか?」とサーティ。 「アメリカの国籍法では多重国籍については特に規定はないらしいね」とジェスター。 「問題なのは日本の国籍法。20歳から2年以内に選択しないといけないらしいの」 「えっっ。そうなのか」とひとし。 「そうよ。私は今日でちょうど20歳だから2年以内に結論を出さないといけないの」 「そういうことだ。ったく。どうして日本側にだけこんな法律があるんだか」 「アメリカか日本か、はっきりいって迷うわね」 「どっちがいいんだい」 「私はアメリカも日本もどちらも自分の国だと思うの。それを片方だけにしろってい うのもねえ。ジェスターさんだったらどうするの?」 「僕だったら2つとも選びたいから・・・だから・・・何もしない」 「なるほどね。あなたはそういう意見なわけね」 「まああわてることはないよ。あと2年あるんだから」 「あの、何もしないって、それでいいんですか?」とひとし。 「実は、日本国籍を選択する場合は届ける必要がないんだよ」 「その場合、アメリカ国籍からはずれる届けを出さないといけないんじゃ」 「ふっふっふ。アメリカは多重国籍を認めているから、他国の国籍を選んだからとい って離脱する必要がどこにあるんだい」 「うわああ。なんなんですかそれって。そんなのありですか」とひとし。 「ありなんだよ。ふっふっふ」  ・・・のちに、南米ラ・バルーのフジサワ大統領が日本とラ・バルーの二重国籍を 利用してラ・バルーから日本へと逃げ込む事件が発生する。ラ・バルー政府は犯罪者 として引渡しを要求したが日本政府は引き渡さなかった。日本国籍を持っていたから である。二重国籍の悪用である。  ラ・バルーはアメリカと同じ生地主義であり、ラ・バルーで生まれたものはすべて ラ・バルーの国籍を持つことになっている。一方、日本は血統主義であり、日本人が 親ならその子供は日本人となる。  ちなみに両親が共に無国籍者で、日本で生まれた子供の国籍はどうなるのだろうか というと、この場合は日本国籍となる。  ・・・このように国籍というものは非常に複雑怪奇な代物なのであった。  翌朝、ボストン ローガン空港。  ジェスターは飛行機に乗って、帰路についた。帰国したら次の原稿締め切りが待っ ている。 /POST