SUB:SS>AIを野球につれてって    「A・Iはプリズム」FILE.6 AIを野球につれてって  2001年6月。  6月といえば日本では梅雨の季節だが、ボストンには梅雨がない。北海道にだって ないのだけど。  シンディたちはメジャーリーグ・ペースボールの試合を見に来ていた。  どうやらトゥエニーが友人からチケットをもらったらしい。 「それにしても、こんなに近かったとは・・・」とひとし。 「ボストン・レッドソックスのフランチャイズ、フェンウェイ・パークへようこそ、 ってところかしらね」とシンディ。 「MITにこんなに近かったとはね」  フェンウェイ・パークから北東に進むと、MIT(マサチューセッツ工科大学)がある。  ただし、両者の間にはチャールズ・リバーがあるけど。 「ところで、ひとしはベースボールには詳しいの?」 「実をいうとさっぱりなんだ」 「日本は、ヨーロッパと違ってベースボール盛んでしょ」 「まあね。だけど僕は元々スポーツはあんまり詳しくないからさ」 「その代わり、プログラミングやエロゲーには詳しいのね」 「・・・シンディ。それじやみもふたもないよ」 「まあそれはともかく。ステーツで今後も生活するなら、ベースボールは知っていて もいいんじゃないかしらね」 「そうかなあ」 「そうよ」  今日のゲームは、ボストン・レッドソックス×シアトル・マリナーズ。  ボストンは東海岸。シアトルは西海岸。とはいってもどちらも同じリーグに所属し ている以上、当然試合がある。 「サーティさんも、ベースボールには詳しくないのかしら」 「はい。・・・というかスポーツ全般にくわしくないんですよね」 「・・・まあ、ひとしが詳しくないんだからしかたないか」 「それはきっとサーティの努力不足ね」とトゥェニー。 「ちょっと・・・姉さん。それは・・・」 「事実じゃない。例えば、メジャーリーグ・ベースボールには何チームあるのかしら」 「20かな」 「・・・30よ、30。ほらみなさい」 「本当に30なのか」とひとし。 「本当に30チームあるのよ。最近では多すぎるって問題になってるけどね」とシン ディ。 「そうなのかあ。30もあると、リーグは5つくらいあるのかな」 「ひとし・・・あんたね〜。ナショナル・リーグとアメリカン・リーグの2つよ」 「2つって・・・それじゃ15ずつあるのかな」 「16と14よ。合わせて30」 「日本は12チームだからずいぶん多いんだね」 「まあなんといっても一世紀を越える伝統がありますから」  客席はかなり埋まってきたようだ。もうすぐゲームが始まる。  シンディたちがいるのは外野席である。 「レッドソックスの先発はノマ、マリナーズのトップはタイチロー。いきなり日本人 対決ね」 「・・・どっちも日本人なのか」 「そうよ。もしかしてどっちも知らないの?」 「ああ」 「解説するわ。ノマは、日本では関鉄のエースよ。メジャーリーグでは各地を転々と しているわ。そのうちまたドジャースに戻ったりするかもね。タイチローは、オリエ ントで活躍してた選手で、日本では何度も首位打者を取ってるわ。今年からマリナー ズよ。タイチローもマリナーズも好調で、マリナーズはウェスト・ディヴィジョン(西 地区)の首位を独走してるわ」 「見事な解説だね。トゥェニー。でも僕はどっちも知らないんだけど」 「日本じゃ、パ・リーグって地上波じゃろくに中継しないもの。しかたないわ」  2ボール、1ストライクからタイチローがセンター前にヒットを放った。  ・・・ひとしは、シンディとトゥエニーからアメリカと日本の野球の違いについて 延々と説明をされることになる。両者はあまりにも違いがありすぎるのである。  日本のプロ野球は、昭和初期にアメリカのメジャーリーグ選抜と大戦するために作 ったチームがその始まりである。当初は1リーグ制だったが1950年に「1リーグ 派」と「2リーグ派」に別れて対立。1リーグ派がセントラル・リーグ、2リーグ派 はパシフィック・リーグと名乗ることになった。  21世紀始めの現在、日本プロ野球は、次のような形となっている。  2リーグ制。1チーム支配下選手70名以下(一軍・二軍合わせて)。  公式戦は年135〜140試合。(注・この頃に試合数が変更されている)。  同じリーグの他の5球団と総当たりで対戦して年間成績で決定する。  さて日本はドームの国でもある。  札幌ドーム、東京ドーム、ナゴヤドーム、大阪ドーム、福岡ドーム。  ・・・そのうち日本はドームだらけになるかも知れない。  さてアメリカである。メジャーリーグ・ベースボール(MLB)と呼ばれている。  日本ではメジャーリーグのことは大リーグと呼ぶが、マイナーリーグのことを小リ ーグと呼ばないのはなぜだろうか。  それはともかく。  メジャーはアメリカとカナダ(トロント、モントリオール)に30のチームがある。  それぞれのチームはさらに傘下のマイナーリーグのチームを持っている。3A、2 A、1Aとランクづけされていて、これが100チーム以上ある。  さらにメジャーリーグ機構とは別に「独立リーグ」なるものまで存在する。「独立 リーグ」でも活躍すればメジャーリーグでプレーすることもあるのだ。早い話が日本 とは、選手の質と量がまるで違うのである。しかも日本と違って「外人枠」というも のはない。  1876年、ナショナル・リーグが創設され、のちにアメリカン・リーグが誕生し た。日本と違って、メジャーリーグでは球団拡張(チーム数を増やすこと)を時々行い ・・・そして今や30のチームがある。  2リーグ制。ただしインターリーグといって別のリーグのチームとも公式戦を行う ところが日本とは違うのである。  日本とはいろいろ違う。例えばボールカウントを先に呼ぶとか、引き分けがないと か、どちらのダッグアウトでもいいとか・・・。  1つのリーグが3つのディヴィジョン(地区)に別れている。  公式戦は年162試合。日本より短い期間で試合数ははるかに多いからスケジュー ルの厳しさは日本以上である。ただしストライキがあると試合数が減少する。  年間勝率のトップは地区優勝。1つのリーグには地区が3つだが、プレーオフにで るのは4チームである。実は4チーム目はワイルドカードといって各地区2位の中で 最高勝率のチームなのである。  4チームが2つにわかれて、プレーオフを行う。  勝者は、リーグ優勝決定戦を行う。  リーグ優勝チーム同士が対決するのが、ワールドシリーズ(7回戦)である。  公式戦終了後のゲームはポストシーズンと呼ばれるが、ワールドシリーズに出たチ ームはそんなわけでとっても大変なのである。  日本シリーズは、もちろんワールドシリーズをまねたものである。  チームの名前のつけかたは、メジャーの場合は、地名+ニックネームである。  間違ってもサンテンドー・マリナーズとかつけない。  日本ではなぜか企業名がチーム名に含まれているが、これではまるで会社の宣伝道 具である。日本でもプロサッカーのJリーグのクラブ名には企業名が含まれていない のだから、やろうと思えばできるはずだが・・・。  世界的にみてベースボールはまだまだ普及しているとはいえない。  プロサッカーのある国は多いが、プロ野球のある国は実は少ないのだ。  アジア・オセアニアでは日本、韓国、台湾、オーストラリア・・・くらいだし。  ヨーロッパやアフリカではさっぱり普及していない。  まだまだこれからである・・・ 「それにしても・・・この球場。形がへんですね」 「サーティさんのいう通りね。レフトが極端に短いのよね」 「どうしてこんな形に・・・」 「そうするしかなかったのよね。でまあ・・・そのままだとホームランだらけになっ ちゃうから、壁をつくったわけ」 「グリーン・モンスターというひときわ高い壁をね」とトゥエニー。  フェンウェイ・パークの名物グリーン・モンスター。これに当たってフェア・グラ ウンドに落ちたボールは当然ホームランにならないのである。 「それじゃあ、あの壁を高く越えないとホームランにならないのかな」とひとし。 「ええそうよ。だから引っ張るバッターには大変よこの球場」とシンディ。  試合は進む。  タイチローは第二打席も第三打席もヒットでまた打率が上がった。  乱打線といってよい試合だが、日本と違ってゲームのスピードは実は早い。  7回になると、客席のみんながひとしの知らない歌を歌いはじめた。 「今の・・・なんて歌だい」 「Take Me Out to the Ball Game。私を野球につれてって。ものすごく有名の歌よ」 「・・・みたいだね。みんな歌ってたからなあ」 「ジェスターさんも知ってるって前にいってたわね」 「・・・よく知ってるなああのひとは」 「理由を聞いたらね。・・・昔好きだった野球マンガに出てきたからですって。あの ひとらしいわね」  後日。チャットでひとしはジェスターに聞いてみた。    "jester : 大河原出水の「メイプル・シーズン」だよ"    "Hitoshi: どんな話ですか"    "jester : 札幌ドームを本拠地とするメイプル北海道という架空女子球団の話"    "Hitoshi: 女子球団ですか。すごいですねえ"    "jester : ちょうどリアルワールドで協約改訂されて、女子選手がOKになった         時期の話だからね"    "Hitoshi: へえ"    "jester : 一度見てみたいね。メイプル北海道と札幌北斗星メッツの札幌ドー          ム決戦を"  札幌北斗星メッツは、「新・野球狂の星」に登場する架空球団である。かつては東京 が本拠地だったが今は札幌ドームを本拠地としている。70歳を越える投手兼監督や、 二人の「女性」投手を擁している球団である。  とはいえ、2つの札幌ドームは名前は同じだが実は建物がまったく違うのだ。  「メイプル・シーズン」の札幌ドームは、東京ドーム風の建物である。  「新・野球狂の星」の札幌ドームは、作者が本物の札幌ドームを取材したものである のだ。 「終わったわね」とシンディ。 「ああ。それにしても、・・・みんな野球が好きなんだなあ」とひとし。 「そりゃそうよ。嫌いな人はわざわざみにこないでしょ」 「それにしても、シンディがドジャース・ファンというのは意外だったわね」とトゥェ ニー。 「どうして。ハリウッドのすぐそばだもの。別におかしくないわよ」 「あなたサンフランシスコの生まれでしょ」 「・・・サンフランシスコ・ジャイアンツは悪いチームじゃないわ。ただ・・・パパが 熱烈すぎるファンなのよね〜ははは」 「・・・要するにいわゆるひとつの親子の対立ってことかしら」 「まあ。その。・・・そういうわけ。それにひいきのチームってそう簡単に変更できる もんじゃないからね」 「そ・・・それにしても、最近は日本選手って活躍してるるんだな」  と話題を変えるひとし。 「そうね。これからもっともっともっと増えるんじゃないかしら。アメリカじゃアジア 系ってまだまだ少ないし。もっともっと活躍してもらわないとね」  マリナーズはこの年、ぶっちぎりで地区優勝を飾ったが、ワールド・チャンピオンに はなれなかった。  ワールド・チャンピオンへの道のりは果てしなく険しいのであった。 -------- 2003/3/5 /POST