夜明け前より瑠璃色なSS/       「朝霧家のサマータイムトラベラー」by BLUESTAR 「うわっ、雨じゃないっ。家まであとちょこっとなのにぃ」  突然降り出した雨。彼女は傘をもっておらず、小走りに道をゆく。  住んでいるアパートまではあと数分。  そのとき、雷がぴかぴかと光り、やがてものすごい音がした。  そして彼女は意識を失う。  西暦2010年。日本国、弓張市東区、東弓張駅前商店街。  それは雷雨だった・・・  ・・・それは雷雨だった。  朝霧達哉は、家の近くで倒れていた若い女性を抱えて帰ってきた。  出迎えたフィーナとミアは、非常に驚いていたようだ。  しばらくすると女性が目を覚ました。 「あの・・・ここは・・・どこですか」 「ここは俺の家。あなたはうちの近くで倒れていましたので」 「倒れた・・・そっか。・・・ありがとうございます」 「どういたしまして」  若い女性は体を起こす。 「えっと、今何時くらいですか」 「夜の7時過ぎ。何か予定でも」 「ああ。そういうことじゃないから」 「コーヒーです、どうぞ」とミアがコーヒーをテーブルに置く。 「ありがと。・・・メイドさんみたいな服ね」 「ミアは、本物のメイドさんなんだけどね」と達哉。 「・・・あらあらここって実はすごいお屋敷なのかしら」 「いや。実をいうと、ミアはうちのメイドじゃなくて、正確にはフィーナのメイド なんだ」 「あのフィーナって誰」 「私のことです。フィーナ・ファム・アーシュライト」 「なるほど。・・・ってどうみても日本人じゃないわよね」 「ええ。実は私は月人なんです」 「つきびと・・・って芸能関係の」 「いえそうではなくて、地球の衛星の月の出身という意味です」 「ああそう。月・・・ってつきですか」 「はい」 「・・・そうすると、あなたの国はアメリカ、ロシア、それともチャイナですか」 「その・・・月は、スフィア王国ですが」 「はじめて聞く国名ね。まあ国連加盟国は192もあるんだから全部覚えてないし」 「あの国連ってなんでしょうか」とたずねるフィーナ。 「国際連合・・・って日本語じゃわかんないかな。ジ・ユナイテッド・ネイションズ」 「・・・達哉。どうやら話がかみあっていないようです」 「そうみたいだね」  そこへただいまといいながら帰宅したさやかが現れた。 「ユナイテッド・ネイションズって歴史的な単語が聞こえたけど・・・。あらお客さ まね。ようこそ我が家へ」 「こんにちは」頭を下げる女性。 「姉さんお帰り。その歴史的ってどういうこと」 「ジ・ユナイテッド・ネイションズ。日本語で言えば連合国。中世20世紀の第2次地 球大戦後に発足した国際機関よ」 「・・・中世・・・ですか」 「ええそうよ。今の時代じゃ歴史学者でもないと知らない単語なのにあなたよく知って るわね」 「・・・今のって・・・。そそそのそれじゃ今って何年なんですか」  さやかが今は何年かをいうと、彼女は驚いて飛び上がる。  西暦に換算すると何年なのかを教えてもらった彼女は・・・しばらく絶句。  やがて気を取り直して。 「・・・そうですか。はるか遠い未来なんですね。これはやはり、そのいわゆるタイム スリップというやつなんでしょうか」 「タイムスリップって、それこそSFみたいな話だなあ」と達哉。 「身分証明、みせてもらえるかしら」とさやかがまっすぐに彼女を見据える。 「どうぞ」  さやかが受け取ったそれは自動車の運転免許証だった。 「西野原洋子(にしらはら・ようこ)さんね。住所は弓張市。生年月日は平成(へいせい) ・・・まいったわね。私には判断ができないわ」 「判断できないって姉さん」 「昔の免許証の形式なんてそもそも知らないもの」 「さやか。弓張市というのはどこのことかわかりますか」とフィーナ。 「このあたりは中世の頃は、確かに弓張市という名前だったわ」 「あの、それじゃ今はなんていう名前なんですかこのまち」 「満弦ヶ崎中央連絡港市。地球連邦日本州」とさやか。 「なんか長い名前ですね。それに地球連邦ていうと、もしかして惑星統一政府ですか」 「ええそうよ。地球連邦は地球全体が領土だから」 「・・・本当にここは未来なんですね。私のいた時代じゃ地球連邦なんて夢のまた夢で したから。それに月に人が住んでいるというのも私のいた時代じゃ考えられない。なに しろ月はアポロ計画以後は無人の荒野だったから。人類は月に手が届くのに誰もいない ・・・はぁ」 「アポロ計画をご存じなのね」 「ええ。アメリカのNASAの宇宙計画。アポロ11が初の月面着陸を果たしたのは、 1969年。あれから40年、月は無人のままで火星にすら人類はたどりついていない ・・・宇宙開発ののろさは悲しいものがあるわね」 「そうすると西野原さんは2009年のかたなのかしら」とさやか。 「2010年よ。まあたいして違わないわね」と洋子。  ミアが入ってきて、さやかにお茶を出していった。 「さやか。本当に2010年のかたなのかしら」 「疑ってるんですか」 「弓張市は当時の地名だし、生年月日の平成は確かに中世日本の元号だし、でもまあもっと証拠品が欲しいところね。さて西野原さん、職業は何をなさってますか」 「・・・大学生です。弓張大学歴史学部の」 「それなら学生証をみせてもらえるかしら」 「・・・どうぞ」  さやかはそれをながめて、フィーナに渡した。  フィーナはそれをながめてまたさやかに渡す。 「どうやら本物みたいね。教育制度は6334制でいいのよね、西野原さん」 「はい」 「そうすると達哉くんより年上になるわね。達哉くんは大学の付属学院の3年なの」 「3年ということはもしや受験生ですか」 「まあね。エスカレーターで大学に進むつもりだから」 「・・・はるか未来でも、エスカレーターっていういいかたするんですね」  と洋子。  洋子の持っていた大きなバッグの中にはいろんなものがはいっていた。  ノート、ミニノートパソコン、弓張新聞2010年5月25日号、などなど。  達哉が興味を示したのは携帯電話だった。 「中世にも携帯電話ってあったんだね」 「今の時代にもあるの」 「ああ」そういって達哉は自分の携帯電話を見せる。 「大きさはあんましかわらないわね。まああんまし小さいと持ちにくいだけかな」 「そうね」とさやか。 「西野原さんの、しっかり圏外と出てるわね」 「さすがに通信方式が違うんでしょうね。時代が違うわけだしね」 「時代の違いかあ」  さやかがとくに興味を示したのは新聞だった。 「なんか、今の新聞とあんまりかわらなくみえるわね」とさやか。 「そうなんですか」 「アメリカ、ロシア、フランス、イタリア、・・・州の名前も今とあんまり違わない のね」 「あの・・・それは全部国の名前なんですけど」 「そうね。21世紀だと地球連邦成立以前だからみんな独立国なんだっけ」 「そうすると地球にはどのくらいたくさんの国があったんですか」 「日本も含めて国連だけで192。加盟していない国や国際社会であんまり承認されて ないところを含めても200以上ぐらいかしらね」 「・・・に、200もですか。そんなにたくさんあると覚えきれないんじゃ」と達哉。 「・・・まあね。アメリカ大陸とヨーロッパとアジアはともかくアフリカはさすがに さっぱりね」 「北アメリカ大陸にはいくつ国があるのかしら」とフィーナ。 「カナダ、アメリカ、メキシコとかそのあたりかな」 「あら。ケベックははいらないのかしら」とさやか。 「ケベックはカナダの州ですから。国じゃないんですけど」 「聞いての通りよ、さやか」 「この時代のアメリカっていうと、日本に一番近い州はグァムになるのかしら」とさやか。 「違います。ハワイですけど」 「あれ、それじゃ2010年のグァムってなんなのかしら」 「アメリカの自治領です」  などなど・・・。  しばらくして麻衣が帰ってきた。  かくしてようやく夕食となったのである。  あらためて自己紹介をして、話はいろいろと展開され・・・  そしてさやかは当分の間洋子をこの家に住むことを許した。  かくして、西野原洋子は朝霧家の居候となったのである。  洋子は達哉の行方不明となっている父千春の部屋をつかうことになった。                     ☆  翌日夜。  朝霧家の隣にあるトラットリア左門では、いつもの夕食ではなくて、洋子さんの歓迎会が開かれた。 「これならトラットリアでなくてリストランテと名乗ってもよいのでは」 「残念ながら、わしはまだまだとおもっとるよ。もっと精進せんとな」 「洋子さんて、トラットリアとリストランテの違いをご存じなんですね」と菜月。 「まあね。とはいってもイタリアに詳しいわけじゃないのよ。イタリア語なんてパスタとナターレくらいしか知らないし」 「あの、ナターレって・・・なんですか」と麻衣。 「クリスマスのことよって、ああクリスマスも日本語じゃないわねそういえば」 「ナターレという単語はいったいどこで」と仁が問いかける。 「昔、やったコンピューターゲームです。日本で制作したゲームなのにやたらイタリア語が出てくるゲームでしかも説明があんましなくて、なにしろ画面に日付と曜日が表示さ れてるんですけど、曜日表示がなんとイタリア語だったという」 「登場人物たちは日本語だし画面の文章も日本語なんですよね」と達哉。 「ええ。しかもゲーム画面はずっと雨ばかり降っているという」 「うーん・・・なんというかかわったゲームだね」と仁。 「そういうゲームだと、題名もイタリア語ですか」と菜月。 「ははは。それが題名はなぜか英語だったんですよね。まあイタリア語は日本じゃあんまり一般的じゃないからかな」 「イタリア語があんまり一般的じゃないのは今の時代でもそうだけどね」と仁。                     ☆  洋子は、ミアの手伝いをしながらあいた時間には、本を読んだり、テレビをみたりしていた。  1週間もすると、洋子はすっかり朝霧家になじんだかにみえた。  「いつもの」トラットリア左門での賄い夕食の時に、洋子はバイトをしたいと切り出 した。  だが、本来この時代の人間でないから戸籍もパスポートもない洋子である。雇うところがあるのだろうかという話になり、それならうちで働いてみるかいと左門が持ちかけた。  かくして、洋子はトラットリア左門でウェイトレスとして働き始める。  タイムスリップまで3年にわたって、ファミレスでウェイトレスとしてバイトしていた 洋子は初日からてきぱきとこなし、仁と菜月は即戦力として認めた。                     ☆ 「どうだったかしら」  月王立博物館。見学にきた洋子に館長代理のさやかがたずねた。 「なかなかよかったです。さやかさんて、家にいるときとは違うんですね。きりっとしてて」 「・・まあそうね。家にいるときはくつろいでいるから」 「ただいくら平日とはいっても・・・お客さん少なすぎませんか」 「今の時期はこんなもんよ。もう少し増えるといいんだけどね」  博物館からの帰り道。  洋子は紫っぽい髪と瞳の女性とすれ違った。そして立ち止まってしまった。 「あの、わたしがなにか」 「いえ。そうではなくて、あなたの髪の色があんましきれいなものでついきれいだなと」 「説明になってないわね」 「うんと・・・まあそうですね。すいません」 「悪いことをしたわけじゃないんだから謝る必要はないのでは」 「そうですね。それじゃ」  二人の距離はどんどんあいていく。  エステルは、今の人、変な人だったわねとつぶやきながら教会へと向かった。                     ☆  時は流れる。秋。達哉は洋子に交際を申し込む。 「達哉くん。あなたの気持ちはうれしいわ。私も達哉くんのことは結構好き、かな。 でもね・・・物語ではタイムスリップした人間が元の時代に戻るというのはよくあるこ とだし、だから達哉くんのそばにはずっといられないかもしれないわ。それでもいいか しら」 「・・・それならなおさら。一緒にいられるうちにちゃんとつきあわないとね」 「そこまでいうなら。いいわよ、達哉くん」  こうして二人は恋人としてつきあい始める。                     ☆  次の年の春。  達哉はエスカレーターで満弦ヶ崎大学に進学。  洋子はトラットリア左門で相変わらず働いている。  街を歩く二人。今日はデート。 「それにしてもこの街ってなかなかいいわね。私の住んでいた弓張市なんか結構混雑とか ひどかったから。まあ70万人もいたからねえ」と洋子。 「へえ。そんなにいたんだ。今の満弦ヶ崎中央連絡港市は25万人だからね」 「そういえば、人口は今の時代のほうが少ないのよね。21世紀の世界人口は約60億。日本の人口は約1億2000万人もいたのよね。日本の歴史の中で21世紀が日本人の 一番多かった時代だったとはね」 「そんなにたくさんいた時代もあったんだなあ」と達哉が驚く。 「今の人口なんか少ないもんねえ。やっぱりオイディプス戦争の影響は大きかったのね」 「そうだね。でも人類は二度とあんな戦争を起こさないようにしないとね」 「そうね。そのためには、月と地球の冷戦を終わらせて、もっと交流を深めないといけ ないわね。かつての戦争は忘れちゃいけないけど、でもそれにとらわれてもいけないと 私は思うの」 「そうだね。それにしても月と地球の関係を冷戦だっていうのはちょっとあれだけど」 「さやかさんも、冷戦というのはあまりいい言葉じゃないわね、っていってたわね」 「まあ俺としては地球と月はもっと仲良くしないとって思うね」 「それは同感ね。私の住んでいた時代ではアメリカとソビエト連邦の冷戦があったけど、 それは半世紀も続かなかったの。戦争から約660年。そろそろ月と地球の冷戦も終わ らせないとね。そのためには交流が必要で、もっと宇宙船が必要ね。往還船がロストテ クノロジーでつくれないんなら、それこそアポロのような原始的なロケットを作れば いいのよ」 「作れるのかなあ」 「今の地球連邦の科学技術ならなんとかなるとおもうんだけどね。アポロの頃にはパソ コンや携帯電話すらなかった時代だったんだしね」 「・・・なんとかなるかな」 「なるわよ。・・・デートの時にする話題としてはちょっと堅かったかしらね」  夕方。空には月が見える。  月を見て、洋子はフィーナとミアを思い出した。 Fin. ------------------------------ 2008/8/28-9/7            あとがき  「夜明け前より瑠璃色な」SS、始めました(爆)。  続編というか第2部というか完結編というか発動編(爆)というか、の、「夜明け前 より瑠璃色な Moonlight Cradle」の制作が発表されたわけです。  まだだ、まだおわらんよ・・・ということのようです^^;。  というわけで21世紀人を通して、「よあけな」世界をみてもらいました。  よあけなは遙かな遠未来なのに文明レベルが21世紀とかわらないように見えますが きのせいでしょうか??(笑)  というわけでそれじゃ21世紀人を放り込んでしまえとおもったわけで。  よあけなは年代設定が不明確なんですが、一応、今からオイディプス戦争が数百年か ら数千年といったところだと考えてかいています。  まあ少なくとも、コードウェイナー・スミスの小説のように西暦12000年あたり というのはきっと違うだろうということで。  弓張市というのはもちろん川の名前からの安直なネーミングです。  私の住む市なんかしっかり都市名に川という文字が入ってます(爆)  一応21世紀なんだから人口は多いだろうと考えて、70万にしてみました。  70万に近ければ、指定都市になれるので。  一応2009年に岡山市(69万)と弓張市(70万)が同時に指定都市に昇格したと いう設定になってます。  洋子さんはSSのオリジナルキャラクターです。一応宇宙開発マニアで歴史マニアと いうことになってます。  イタリア語の出てくるゲームというのは、「シンフォニック・レイン」というゲーム です。歌が10曲もあるというある意味すごいゲームです。  イタリア語の曜日表示はさすがにぴんとこないですね(苦笑)。  地球と月の関係を「冷戦」と表現してしてるのは私の独自解釈です。  「アメリカ−ソ連」と違い「地球−月」は一度全面戦争をやってますからねえ。  もっとも交流が進まなかったのは移動手段の問題(なにせ往還船はロストテクノロジ ーな上に3隻しかない)もあるからなあ。  さて、次はエステルさんな話をやろうかなっと。ではでは。 by BLUESTAR 2008/9/7.