月は東に日は西に - Operation Sanctuary - SS/       「蓮美台クロスオーバー1/蓮美台の店員たち」by BLUESTAR  ●S(シーン)−1 地球、日本国、蓮美市、蓮美台学園、時空転移装置室  20○○年。  時空転移装置が実験中に暴走して、白い闇に包まれた。  白い闇が薄れるとそこには奇妙な服をきた6人の男女がいた。 「みなさん、大丈夫ですか」と結先生が声をかける。 「俺は大丈夫です。そうだみんなはどうだ」と洋一。 「私は大丈夫だよ」と優希。 「私も大丈夫です、店長」と佳澄。 「あたしも大丈夫です」と里美。 「……私も大丈夫です」と奈都子。 「私も大丈夫」と千歳。 「それはなによりです。ところでみなさんがたはなぜここに」 「それはこっちの台詞だよ。ようやく閉店になってさあ帰ろうと思ったらいきなり白い 闇に包まれて」と優希。 「そうですわね。……それにしてもこの部屋はいったいなんなんですか」と佳澄。 「結、このひとたちがここにきたのはたぶんあなたのせいよ、ちゃんと説明してあげな きゃね」とせんべいの袋をかかえた恭子先生。 「そんなあ」 「まず、最初に。ここはいったいどこなんですか」と洋一はたずねる。 「蓮美市の蓮美台学園です」 「蓮美市というと、確か指定都市のひとつですね。店のある街からずいぶん離れたと ころにきてしまいましたね。まるでテレポートです」と千歳。 「指定都市ってなんだ」と直樹。 「地方自治法の指定都市のことだね。蓮美市はまだ指定都市になってないんですけど」 と北崎。 「えっっ」とおどろく千歳。 「まあ近未来なら蓮美市が指定都市であってもおかしくないですけど」 「ちょっと待てっ、それはどういう意味だ」と洋一。 「ここは、20○○年なんです。そちらは何年でしたか」 「20××年だ。つまりここは過去ということになる」と洋一。 「そんな、よーいち。それじゃまるでSFみたいじゃない」と優希。 「まったくだ」と洋一。 「ということは、これはかの有名なタイムスリップですね」と千歳。 「そういうことになります」と結先生。 「ちょっと待ってよ。タイムマシンでもあればともかく、そう簡単にタイムスリップ なんてできるはずが……」 「この部屋にあるあの巨大な装置は、時空転移装置です」 「あれって本物なんですか」と佳澄が聞く。 「本物です」と結先生。  それから、自己紹介が行われた。  時空転移装置室にいたのは、野々原結先生、仁科恭子先生、久住直樹、北崎。  未来からきたのは、インターネットカフェ「バイナリィ・ポット」の店員たちで、 芦原洋一、羽根井優希、吉野佳澄、川中島里美、諏訪奈都子、小津千歳。  結先生は時空転移装置の実験が原因で、今回の事態をまねいたことについて謝罪。  時空転移装置の関わっているオペレーション・サンクチュアリについてもおおざっぱ な説明が行われた。結に非がある以上、説明をしないわけにはいかなかったのだ。  そしてこれからどうするかが問題となった。 「……どうやらプログラム・コアの書き換えが必要なようです。最低でも一週間以上は かかりそうです」と装置を調べ終わった結先生。 「そんなあ。その間私たちどうしろっていうのよ」と優希。 「滞在中の費用などはオペレーション・サンクチュアリから出します。いいわね結」 「そうですね、恭子。装置が原因なんですから」 「費用はいいとして、俺たちはどこに泊まればいいのかな」と洋一。 「蓮華寮はどうなの、結」 「だめです。6人でしょ。人数が多すぎます」 「わたしのマンションだって6人は多すぎるわよ。しゃあない、駅前のウイークリーマ ンションの出番ね」 「そうですね。手続きとかお願いしますね。私はこれから時空転移装置と格闘するこ とになりますから」 「はいはい。がんばってね。プリンの差し入れはちゃんとしてあげるから」 「ありがとうございます。さすが恭子」  そんな具合に話はすすみ、これからのことがとりあえずは決まった。  ●S−2 蓮美台学園、カフェテリア 「いらっしゃいませ」とやってきたウェイトレスは茉理だった。 「よう茉理、いつも元気だな」と直樹。 「どうしたの直樹、なんかぼややっとしちゃって」 「まあ色々あってな」 「……えっと、お客さまご注文ありましたらどうぞ」  天文席にはたくさんの人。奇妙な服をきた女性がたくさん。 「渋垣。このひとたちは結先生のゲストだからね」 「了解しました。それでは注文をどうぞっ」  全員が注文をした。 「直樹。たまにはコーヒー以外注文しなさいよっ」 「財政がちょっとやばい」 「……それならしかたないわね。それではみなさまごゆっくり」  茉理は去ってゆく。 「久住さん、今のウェイトレスさんとはどういう関係なんです。まるで恋人みたいで すね」と洋一。 「あいつは、俺のいとこでして、まあ家族みたいなもんです。俺が世話になってる叔父 夫婦の娘なんです」 「あれ、それじゃ久住さんは彼女と同居しているということですか」 「ええまあ」 「そうですか。いいなあ」 「何がいいのよ、洋一」 「あのさ優希、俺は一人っ子だからさ。ないものねだりっていうかさ」 「ふ〜んそうなんだ」  里美と茉理があまりにもそっくりなので、なんだか双子みたい〜とか。  カフェテリアのメニューはファミレス並みに豊富だね、とか。  ここのカフェテリアはとても学生食堂には見えませんなどなど、話題はつきない。  しばらくすると、美琴がカフェテリアにやってきた。 「こんにちは〜。直樹に北崎くん、女の人たちと一緒なんだ」 「紹介します。天ヶ崎美琴です」と直樹が手で指し示す。 「直樹、この人たちいったいなんなの」 「美琴。結先生があの装置を暴走させた結果こっちにスリップしてきた犠牲者だ」  声を低めて直樹が説明。 「あちゃ〜。それは大変ですね。結先生に悪気はないのでわかってやってくださいね」 「天ヶ崎さんもあの装置のことご存じなんですか」と優希。 「わたしもあれを使ってこの学園にきましたから」 「美琴がきたときはすごかったな。いきなり空から屋上に落ちてきたから」  カフェテリアには他にお客はいなくなっていた。 「そうだね直樹。なつかしいなあ。あの時直樹が下敷きになってくれたからわたしは 怪我ひとつなしですんだんだよ」 「そうだな。もしあの時俺が屋上にいなかったら大変だったよな」  いなかったら骨折くらいはしたかもしれないな、と思う直樹。 「……あのもしかして天ヶ崎さんは、野々原先生や仁科先生と同じところのご出身で すか」と佳澄。同じ時代の出身なんですかという意味である。 「ええそうです。……ってうわわそこまで話しちゃってあるの」 「結がね、原因を追及されたらこばめなくってねえ。おかげでオペレーションのこと もあらかた話してあるわ。まあこの人たちだって、未来人なんだし」 「それもそっか。まあ知っちゃった以上はしかたないよね。こぼれた杏仁豆腐は元に もとらないんだから」 「それをいうなら、ミルクだと思うんですが」と佳澄。  午後7時50分。 「そろそろカフェテリアは閉店ね。外に出ましょうか」と恭子先生。 「ここって8時までなんですか」と里美。 「ええそうよ。そういえばそちらのお店は何時までなの」 「バイナリィ・ポットは9時までの営業です」と奈都子。 「へえ、そうなんだ。大変だね」と茉理。 「まあ朝が遅いから助かってますけど」と佳澄。 「えっ。そうなの」 「朝11時から夜9時の営業ですから」 「朝11時からってモーニングサービスの時間がないじゃないですか」と北崎。 「うちはネットカフェだから」 「名古屋圏の喫茶店は熾烈なモーニング競争をしているというのに。ひどい店になると 一日中モーニングという店もあるんですよ」 「ええ。それは知ってます。でもバイナリィ・ポットの場合はネット接続が目的です し、ネットワーカーというのはだいたい夜型ですから。私も含めて」 「ネットカフェの店員なんだからみなさん当然ネットの知識は豊富ですよね」 「ええ。もちろん個人差はありますけどね。以前は全員同じオンラインゲームには まっていたこともありましたし」 「ワールドっていって百万人くらいのユーザーがいてね。いろいろとあったけどね」と 洋一。 「そうです。いろいろありました。ワールドがなければ私、アキさんと会うことはな かったと思います。そしてバイナリィ・ポットで働くことも」と千歳。 「アキって、誰のことかな」と美琴。 「アキというのは、ワールドでの俺のログインネームだ。そういやそう呼ばれるのも久 しぶりだな、カーマイン」 「ええそうですね。思えばあれはひとつの青春だったのかもしれませんね」 「カーマインというのは千歳さんのハンドルネームですね」と北崎。 「そうです。最近はカーマインという名前はもう使ってませんから」 「どうしてです。いい名前なのに」 「それは、カーマインというのは伝説のハッカーとして有名になりすぎたからです。 千歳ちゃんは私よりもプログラミングの腕前がはるかに上なんですよ」と佳澄。 「でも、今となっては、ワールドはもうどこにも存在しないから。なにしろ世界がまる ごと崩壊しちゃったからね」と優希はためいき。 「ああそうだな。今やワールドは伝説のオンラインゲームとなっているんだ」 「でも、誰がワールドを崩壊させたのかしら」と佳澄。  洋一と優希は誰なのか知っていたが話すわけにはいかないのだった。 「そうですよね。私とさっちゃんなんか参加してからすぐ崩壊だったから」と奈都子。  彼らは立ち上がり、外へ向かう。 「会計は1万5550円になります」 「はい」  茉理が恭子先生から2万円を受け取ると、お釣りを返した。 「2万円お預かりします。4450円のお返しです」 「領収書は結先生の名前でお願いね」 「はいかしこまりました……はいどうぞ」  そう言って茉理は領収書にすらすらとボールペンを走らせる。 「どうも」  そして彼らはようやくカフェテリアの外に出た。 「すいません。やっぱり全部出してもらうのは心ぐるしいです」  佳澄はそういって財布から1万円札を2枚を出した。 「吉野さん。これねえこの時代じゃまだ使えないわよ」 「えっ」 「この時代とあななたちの時代の間に日本政府は2回も紙幣のモデルチェンジしてるの よね。造幣局、じゃなかった国立印刷局もおかげでおおにぎわいよね。まあいくら偽造 対策だからって頻繁に変えるのは困りもの。アメリカみたいにずっと同じデザインなら 話が単純でいいのにねえ」  日本の紙幣を発行している国立印刷局の紙幣印刷の工場は時代と共に増えていき、恭 子たちの住んでいた未来では札幌から沖縄までたくさんの工場があり、蓮美市にも工場 があった。  オペレーション・サンクチュアリの資金調達にこの工場が多いに役立ったことは言う までもないだろう。 「……そうですね。そっか、タイムスリップだとそういうこともきにしないといけない んですね」 「ええそうよ」  その夜。バイナリィ・ポットの店員たちは、恭子先生が手配した駅前のホテルに宿泊 した。  ●S−3 蓮美駅前、繁華街  「バイナリィ・ポット」の店員たちのうち、コンピュータに詳しい佳澄と千歳は結先 生を手伝うことにした。  他の店員はというと、いつになったら帰れるのかわからないのだし、毎日遊び惚ける わけにもいかないかということになった。  で、結局。  バイナリィ・ポットの店員たちはなんと蓮美台学園のカフェテリアでバイトすること にしたのである。  ふつうなら身元も定かでない得たいのしれない未来人が働くというのは難しいのだけ ど、蓮美台学園は理事長、教師、学生に未来人が元々まじっている学園である。  理事長即決。ついでに彼らの戸籍などの手配も明言した。  滞在2日めからは、彼らは駅前のウイークリーマンションに移動した。  カフェテリアに新しいウェイトレスが3人入ったということはすぐに全学園の話題と なった。そして、あっというまに人気を集めるにいたった。  働きはじめた優希、奈都子、里美、洋一は賢明に働き、バイナリィ・ポットよりも品 目の多いメニューやレジの打ち方を必死に覚え、新メニューの提案をしたりした。  レジについてはバイナリィ・ポットよりも簡単だった。なぜならカフェテリアは単純 に飲み物・食べ物の料金を計算するだけでいいからだ。バイナリィ・ポットでは、飲食 物とネット利用の料金をそれぞれ計算するためにパソコンベースのレジを使っていたの だからそれに比べれば簡単なのである。  バイナリィ・ポットのある時代の日本の紙幣は、千円札、二千円札、五千円札、一万 円札、二万円札、五万円札、十万円札である。もっともクレジットカードや電子マネー もかなり一般的になっているし、実のところ二万円札以上の紙幣は滅多にみかけること はないのである。  彼らが働きはじめてからの初の休日はちょうど日曜日だった。  蓮美台学園は学園なので授業のない日曜や長期休暇のときは、暇なのである。  そんなわけで、バイナリィ・ポットの店員たちはみんなそろって街を歩いていた。  着の身着のままタイムスリップしてきたわけだし、いろいろと買うものがあるという ことで今日は一日買い物づくしである。もちろんこれまでにも衣服や生活用品など買っ ていないわけではないのだが。 「……やはり時代の違いを痛感させられました」と佳澄。 「そうですか」と答える洋一。 「ええ。mVidiaのビデオカードが売ってました」 「そっか、この時代でも売ってるんですね」 「ただし、スペックが……。メモリの容量が少ないですし対応OSも古いものですし」 「それはしかたないんじゃないかな」 「わかってはいるんですけけどね」 「ねえ、よーいち。そんなに荷物持って重たくない」 「実をいうと重い。そんなこというなら頼む優希、少し持ってくれ」 「……しょうがないなあ。はいはい」  そう言って優希は洋一の山のような荷物のうち少しもってあげた。  そうして日曜日が過ぎていく……  ●S−4 蓮美台学園、時空転移装置室  あれから二週間。ようやく修理が完了した。 「それではみなさんお別れです。本当はもっと早く完了すべきだったのに……ごめんな さい」 「結先生ががんばっていたのは知ってるから。しかたないよね」と優希。 「そうだな」と洋一。 「それではなるべくその透明な管のそばに近づいてください」  バイナリィ・ポットの店員たちは近づいてゆく。 「これでいいでしょうか、結先生」と佳澄。 「はい。結構です。それでは行きますよ……転移開始です」  結は装置を作動させた。  そして、白い光。  つぎの瞬間にはバイナリィ・ポットの店員たちはいなくなっていた。 「結、みんなちゃんと戻れたかな」と恭子先生。 「装置は異常ありません。パラメータも範囲内で、エラーもなし。戻れたはずです」 「結。今後はもっときをつけてね。他人さまを巻き込むのはまずいから」 「はいっ」                                ------------------- 2004/8/23-2004/8/30           あとがき  「はにはに」「バイナリィ・ポット」夢の競演です(爆)  ゆけゆけクロスオーバー(ぉ)。  6人まとめてタイムスリップです。  どちらも21世紀だと思われますが、正確な年代がよくわかりません。  一応「はにはに」から数十年後が「バイナリィ」という設定にしました。  国立印刷局という単語がありますが財務省造幣局の間違いではありませんので。  2004年11月発行の新札は、4つの工場で生産しまくってるようです。  2004年の新札は20年ぶりなわけですが、今後は偽造対策やらなんやらで頻繁 に新札に切り替わるという不安な近未来ってことで、2回変わったという表現に。  まあ未来の日本の紙幣にはやっぱりICチップが入っていたりしそうだなあ。  というか、100年後ともなると、LSIチップ入りの紙幣とか。  まあ、現金がほとんどつかわれていないというのもありなんですけど。  テレビが発達しても新聞がなくならなかったように、カードや電子マネーが発達 しても現金はほろびなかったというあたりが妥当かもしれません。  「スタートレック」みたいに複製不可能なラチナムの延べ棒というのもありますけ どね(笑) by BLUESTAR(2004/8/31)