月は東に日は西に - Operation Sanctuary - SS/       「蓮美台の波濤」by BLUESTAR 「ねえ直樹、なんか青春してるって感じだよねえ」 「あのな美琴。正直いって俺こんな青春嫌だぞ。嫌すぎる」 「どうして」 「いま俺たちは戦争してるんだぞ」 「それはそうだけど。でもこの時代ならわたしも直樹もみんな未来人じゃない」 「そりゃまあな」  二人は蓮美台学園の上に広がる青い空をみつめた。  昭和17年、大日本帝国はアメリカと戦争中だった。  ……西暦20××年。時空転移装置の実験中に、マイクロブラックホールが激突。そ の結果、蓮美台学園はまるごと、異世界の昭和17年4月、つまり西暦1942年にタ イムスリップしたのである。平日の授業終了直後だったため、学園の教職員、職員、学 生など800名以上の人間がまるごと道連れとなったのである。  事態を把握すると、理事長は講堂に全員を集めて、今回のタイムスリップについて説 明を行なった。その説明には当然ながら時空転移装置のこともふくまれており、オペレ ーション・サンクチュアリの概要も説明された。  ごく少数の未来人以外の人々はみな驚愕したのである。  そして理事長は、なんとしても元の時代に帰りますと力強く表明したのである。  時空転移装置の管理者である結先生はみなに謝罪したあとで、時空転移装置を大幅に 改造すれば元の時代に戻れる可能性があると説明したのである。  誰もがその可能性にかけることに同意したのである。  1週間後。蓮美台学園に帝国政府代表団が訪れた。  東条首相、山本五十六長官ら12名である。  協議の末、帝国政府への協力と引き替えにこの時代での生活の保証を得ることが決定 したのである。東条首相や陸軍関係者は未来人について懐疑的な態度であったが、山本 長官や海軍関係者は率直に未来人たちと語り合っていたという。  かくして蓮美台学園は大本営直轄の特別研究機関となったのである。  タイムスリップ直後は前代未聞の事態で難問山積みで混乱と困惑が学園内を駆け抜け ていたのである。  理事長、教職員、学生自治会代表などで構成される新設の学園運営委員会が学内の管 理を行うことになった。  帝国政府からの生活保証を得られたため、食糧、水道、電気などにはめどがついてい たが、問題は住居であった。  タイムスリップしたのは学園の敷地だけである。タイムスリップしたその日から、教 室や体育館などで生活することになったのである。 「これじゃまるで災害の避難民みたいね」と恭子先生はいったが、みたい、ではなくて そのものである。  住居については、警備・保安などの観点から学園敷地内に仮設住宅を建設することに 決定した。蓮美台学園の敷地がやたらと広大だったのが意外な形で役立った。  仮設住宅といっても800名以上の人間を収容する観点から高層化せざるを得ず、3 階建てとなったのである。  学園の人間には、学園が改めて身分証明書を発行した。学生たちは学生証をそのまま 使えばいいという意見も出たが致命的な問題があった。発行年に「平成」という未来の 年号が使われていたのである。  カフェテリアはこれまで以上に繁盛した。食糧節約のためにメニューは大幅に限定さ れた。コーラは貴重品として特別メニューとなった。カフェテリアのメニューには、 未来の円と帝国の円の両方の価格が記された。食堂運営委員会は人数をこれまでの4倍 に増員した。それでもあまりの繁盛ぶりに結局第2カフェテリアの建設が決定した。  学園の教職員や学生たちが蓮美市の街の中へでていく回数は日ごとに多くなり、蓮美 市の人々も蓮美台に突然できた蓮美台学園を受け入れていった。  蓮美台学園の正体については、大本営から県知事と蓮美市長には説明されており、蓮 美台学園関係者は特別待遇という説明があった。  タイムスリップ後に新設された歴史研究委員会は、社会科の教師を中心に歴史に詳し いものたちが集まったところである。この委員会が最初に報告したのは、ミッドウェー 会戦の回避だった。太平洋戦争で最初の敗北がこの戦いであり、これ以後帝国軍は負け 続けて敗戦に至るのである。 「前にもいったように敵に暗号が筒抜け。それじゃ勝てないわよ。しかも国内じゃみん な次はミッドウェーだっていってる。情報管理がなってないわね」と秋山文緒。 「…しかし、ミッドウェーを取らねばハワイは」 「山本長官。聡明な長官ならわかってるでしょ。ハワイや西海岸をとったところでアメ リカには勝てないことぐらい」 「…やはりそうなのか」 「ええ。幸い今の連合艦隊は最大なわけだし、これをすりつぶすのは論外ね」  その後も延々と討論が続く… 「大丈夫か委員長」  直樹が出てきた委員長に声をかけた。 「ええなんとか。山本長官と討論するのってエネルギーがいるわね」 「それでどうなったんだ」 「とりあえず、ミッドウェー作戦は撤回。あれが帝国海軍のケチのつきはじめだし」 「そうか」  …こうして時は流れていく。 「ここのカフェテリアはすごいですね、長官」と山口多聞少将。 「だから早く来いとあれほどいっただろう」 「確かに。でもこちらも暇ではないですから」 「それもそうだな」 「それにしても、未来はインフレーションがすごいですね。コーヒー1杯で350円も するとは。給料はどのくらいなんでしょう」 「先ほど結先生にきいてみたら月給は20万円くらいらしい」 「桁が多くてややこしそうですね」 「そうでもない。未来の最低貨幣は1円、最高は1万円札で福沢諭吉だそうだ」 「最低が1円ですか。銭はつかわれてないんですね。なんというかすごいですねえ」 「そうでもない。実は未来の1ドルが110円くらいだとさ」 「それって円の価値が下がってませんか」 「そうだな。開戦前は1ドル=ほぼ1円だったからな」 「お待たせしました。コーヒー2つとカレーライスです」  茉理がテーブルにコーヒーカップとカレーライスと伝票を置いた。  カフェテリアは時間帯が食事時をはずれていたため半分くらいしか埋まっていない。  二人は会話をしながらコーヒーとカレーを片づける。 「すまんがね、カレーを作った人を呼んでもらえるかな」  しばらくして、厨房から茉理に連れられて保奈美が出てきた。 「とてもおいしかったよ。僕もいろんなカレーを食べてきたがああいう味は初めてだ」 「ありがとうございます、長官。今日はかわったスパイスを使ってみたんです」 「ふむなるほど。ところで名前をきかせてもらえるかね」 「藤枝保奈美です。まだまだキッチンにはなれてないんですけど」 「なれていないというと臨時ということかね」 「実はわたし、学生なんです。タイムスリップ後は授業もありませんし、ここで働いて いるんですよ」 「こりゃ驚いた。まだ学生だったとはな。とてもそうはみえんよ」  OSSのダレスは、日本帝国の最近の動きが妙なことに気づいた。  唐突にミッドウェー作戦を中止したあたりから動きがおとなしくなっている。  日本とアメリカの国力を考えれば、これまで勝ちまくっている帝国軍はどんどん進撃 をすすめねばならないはずなのに、なぜぱたりと動かなくなっているんだろう。  蓮美台学園の出現により、帝国軍は少しずつかわっていった。  暗号は飛躍的に強化されたためアメリカは解読に苦労している。  南方からも大陸からも少しずつ兵を撤退させている。  突如導入された工業規格。日本各地でどかどか始まった飛行場の新設。  それまでソ連政府経由だった講和交渉がスイス政府経由に。  そして、昭和17年10月。  日本帝国は、三国同盟終了を発表。同時に大陸からの全面撤退と国民党軍を中国唯一 の政権と発表した。  昭和18年1月。日本はイギリスと停戦。香港、満州、南洋諸島をイギリスに譲渡。 これには国内から反発も大きかった。  昭和18年3月。日本はラジオ放送で、アメリカの原爆開発計画、マンハッタン計画 を完全暴露。アメリカは悪魔の国家であると明言。  …そしてマリアナの戦いが発生したのである。  最高機密を暴露されたアメリカ政府は太平洋艦隊にマリアナの奪取を命じた。  太平洋艦隊はあっさりマリアナを制圧した。というのも日本の連合艦隊はとっとと逃 げてしまったので戦いにならなかったのである。  もっと日本本土に近いところで決戦するつもりなのだろうと思われた。  マリアナの島々に太平洋艦隊は上陸したのだが、彼らは病に倒れることとなる。  実は日本軍は撤退に際して、未来のウイルスをばらまいていったのだ。  軍医たちも原因がウイルスであることはわかったものの、ワクチンをどうつつくれば いいのか見当もつかなかった。  こうして戦いは続き…  昭和18年4月。時空転移装置の改造が完了した。 「長かったです。やっと終わりました」 「ご苦労さま、結」  恭子先生が声をかける。 「やっと終わりましたね。成功の確率は」と理事長。 「あまり高くはありません。55パーセントくらいですね。この時代だとエネルギー の集約が困難ですし」 「未来だったら核融合炉とかいろいろあるけどねえ」 「それはないものねだりですよ、恭子」  そして、時空転移装置が久しぶりに動いた。  学園は光輝き、そして1943年から消えた。  出発時 1943/04/10 15:00  目的時 20××/11/15 15:00 「あっという間の1年だったね、今にして思えば」 「そうだな、美琴」と直樹が答える。いつものようにカフェテリア。 「わたしたちの正体ばれちゃったからもう開き直っていくしかないよねえ」 「それにしても美琴もフカセンもちひろちゃんも結先生も恭子先生も…俺のまわりには 未来人がいっぱいだぜ」 「そうだね」 「フカセンの奥さんも未来人なのか」 「現代人だよ」 「フカセン、歴史ねじまげてやがるな、いいのか」 「くーずみー、愛はすべてを超えるのよ。それともあんた馬に蹴られたいの」  恭子先生がつっこみを入れる。 「いいんですか、時代を超えた結婚なんて」 「…いいじゃない。そういう人生もあるの」                                -------------------- 2004/12/3-2004/12/6           あとがき  タイムスリップ架空戦記もどきな「はにはに」です。  題名は「青き波濤」のもじりですが、学園がタイムスリップするあたりは「天軍戦国 志」みたいなかんじですね。  というわけでそれっぽくかいてみたんですが。うーん難しいですねえ。  委員長は歴史学者志望ということで自国の歴史には当然精通しているだろうと思い ますので、山本長官と討論させてみました^^;  コーラが特別メニューなのは戦前の日本では未発売らしいので。  そういえばボールペンも戦前の日本にはなかったようで、某架空戦記では戦闘機の パイロットが折れやすい国産鉛筆をつかっているなんて描写もあるですね。  ないものといえば戦前の日本には工業規格がなかったとか。だから飛行機のねじとか も微妙にずれるのがふつうだったというのは…すこすぎます。  この話では学園のタイムスリップで、みんなの正体がばれます。  直樹のまわりは未来人だらけだよねえ(笑)  ではでは。 by BLUESTAR(2004/12/6)