「ドクター・香里の軌跡」based on the Kanon by BLUESTAR  2009年2月1日、日曜日。  美坂香里は、自宅に戻ろうとしていた。 「あれから10年・・・はやいものね、栞」  墓地をもう一度みまわしてから香里は、振り向いて歩き出した。  途端に揺れがやってきた。そして・・・ 「・・・どうやら気絶してたみたいね。私としたことが」  周囲を見回す。特にかわったところはなさそうだ。  そして、香里は何事もなかったかのように歩いていく。  やがて立ち止まり、携帯電話をポケットから出して、ボタンをたたく。  発信音がなぜか聞こえない。 「・・・なんでつかえないのよ」  よくみると「圏外」の表示が携帯のディスプレイに出ている。 「・・・へんねえ。・・・もしかしたらさっきのでこわれたかしら」  香里はやがて妙だときづいた。  行きのときよりなぜか雪が深くなっているのだ。雪は降っていないのに。  建物やビルも行きと違っている。  喫茶店だったところはコンビニになっていたり、アパートだったところがなぜか 駐車場になっていたり。  やがて商店街のそばにたどりついた。このあたりならどこかに公衆電話ぐらいある だろう、と思い視線を動かす。 「香里・・・だよな」 「そうよ。久しぶりね」 「なんで白衣なんかきてるんだ」 「なんでって医者だからなきまってるじゃない」 「祐一。この香里、さっきの香里と少し違うよ」 「どう違うんだ、名雪」 「少し大人っぽくみえるよ」 「・・・確かに。だがそれはきのせいだろう」 「私はもう27よ。大人っぽいのは当たり前よ」  しばらく沈黙。 「香里、記憶が混乱してるのかな」 「なによ、それ」 「香里はまだ高校生で17歳なんだよ」 「えっ」 「何驚いてるんだか」 「・・・名雪。今日は・・・いつなの、何年なの」 「1月25日の月曜日。1999年だよ」 「そんなことって・・・」  その場に崩れる香里。 「わ。本物の運転免許証だよ」 「2012年まで有効ときやがったか」 「それからこのケータイ・・・アンテナがないよ、祐一」 「うそだろ。・・・本当にないな。しかも型番がなぜか4桁もある」 「それにこのお金・・・よくみたら財務省なんてかいてあるし」 「しかも2000円札なんてものまで入ってるし・・・」  立ち止まって、二人は顔を見合わせた。 「ねえ、祐一。香里はタイムスリップしてきたんだよね」 「・・・そういうことになるかな。って名雪。何あっさり認めてるんだ」 「小説や映画ではよくある話だし、ここで起こっても不思議じゃないもん」 「あのなあ」 「それにしてもあなたたち、本当に仲がいいわね」 「一応親戚だし、昔は一緒にいろいろ遊んだしな」 「まああんたたちは結婚する前からそういう感じだったもんねえ」 「・・・結婚」 「ええそうよ。大学卒業後にあなたたち結婚したのよ」 「・・・よかった。これで安心だよ」 「ちょっとマテ。何が安心だ、何が」 「私は祐一と結婚するのが夢だったんだもん」 「あ゛あ゛あ゛」  結局、香里がこのまま「自宅」に戻るのはまずいということになり、とりあえず 水瀬家に連れていくことにした。  秋子さんなら多分大丈夫だろうと、期待をして・・・ 「・・・了承」  説明の結果、香里はしばらくここに居候することになった。 「すいません」 「いいのよ。名雪の親友が行く当てがなくて困ってるんなら助けてあげないとね。 友人は大切にするものですから」 「あ・・・はい」  夕食の後。 「香里。ひとつ聞きたいことがある。栞のことだ」 「・・・本当に聞きたいの」 「ああ。香里にとっては過去のことだろうが、おれにとってはまだこれからだ」 「そこまでいうなら・・・いいわ。1月31日に栞は相沢くんとデートしてるわ。 帰ってきたのは夜中の0時すぎ。私は玄関で栞に尋ねたわ。楽しかったの、と。 栞は楽しかったです。と答えてるわ。いい顔してたわ。・・・そしてその夜に意識 不明になって栞はそのまま・・・」 「そうだったのか。いや、そうなるのかというべきかな」 「ええそうよ。栞の病気の治療法さえあればと私はおもったもの」 「大変だったんだろ」 「私も相沢くんも立ち直るのにしばらくかかったわ。相沢くんのほうは名雪がいた から私よりも立ち直りが早かったみたい」 「そうか・・・」 「私はね、相沢君。もし栞を救うチャンスがあればそうしたいって長年おもってきた わ。なんの因果か、そのチャンスだと思うの」 「わ。香里・・・歴史を変えるつもりなんだ。それって大変だよ〜」 「でしょうね。でもそれが私の最大の望みなの」 「香里・・・本気なんだね」 「もちろんよ」  そして時間が進んでいく・・・  香里は、翌日この時代の香里と栞と対面して、計画を説明する。  未来の香里が手術して栞の病気を直すということを。  成功した場合には、おそらく未来の香里はいなくなってしまうことも。  香里は、大学病院に行き、未来の香里の上司である医者を「これを学会に発表すれ ばすごいことになるわよ」とかいって計画に巻き込む。  祐一は不安な栞をなだめる。  秋子さんは電話をかけまくる居候にたいしてはなにもいわず、いつも通りに朝食に は謎のジャムを出す。  名雪は、栞に治ってほしいと思う一方で、祐一を取られるのもいやだなあと思う。  そして1月31日、日曜日。  大学病院で栞の手術が行われた。 「先生。そちらの女の人はいったい・・・」 「もちろん医者だよ。今回の患者の手術は新しく発見された方法でね。私では残念な がら困難なんだよ」 「そうですか・・・」 「もちろん彼女はちゃんと日本の医師免許を持っているから問題はない」  うそではない。ただその医師免許の発行日付が「未来」なだけである。 「でも・・・院長先生が後で文句をつけそうなきがしますね」 「責任はすべて私が取るさ。・・・医者にとって一番重要なことは何だろうね」 「患者を治療することです」 「その通り。この患者はこの手術をしない限り助かる見込みはない。だから手術する というわけだ。わかったかね」 「わかりました」 「それでは、始めよう」  手術は成功した。  手術が終わると同時に、未来の香里は消滅した。  しばらくして栞は無事退院した。  祐一と栞は仲良くデートを重ねたりしている。  現在の香里は、「私は医者になる必要はないわね」とつぶやく。  名雪は仲のよい二人をみて再度の告白をあきらめることにした。 「これは未来の私が残してくれた未来の記憶よ。これを読んでもらえる」  美坂家にて。祐一と栞と名雪はそれを読んだ。 「・・・未来の日本てかなりひどいな」と祐一。 「なんかすっごく大変なことになってるよ〜」と名雪。 「未来って大変なんですねえ」と栞。 「私としては、この通りの未来なんて遠慮したいわ。だから・・・歴史を変えましょ う」 「香里・・・それって危険だよ〜」と名雪。 「かもしれないわね。でも私には、未来の美坂香里がどんな思いでこれを書いたのか よくわかるのよ。だから・・・変えるわ」  かくして、のちに日本の政治史に美坂香里の名前がきざまれることになる。  ・・・改革者として。  そして春。今日は始業式。 「香里。進級おめでとう」と祐一。 「ありがとう。相沢君は留年おめでとうというところかしら」 「あう。そりゃないよ」 「私はうれしいです」と栞。 「・・・栞も留年だったな」 「私の場合はたんに出席日数が足りないだけです。学年末試験の再々試験でも不合格 だった祐一さんとは違います」                             2001/5/25-2001/6/6