月は東に日は西に - Operation Sanctuary - SS/       れっつごー修学旅行        by BLUESTAR           DAY.1 11月4日  11月4日、木曜日。文化の日の翌日。蓮美台学園の2年生は今日から三泊四日の修 学旅行である。例年、蓮美台学園の修学旅行は京都・奈良だったが、なぜか今年は名古 屋になった。  朝早く蓮美駅を出発した学生たちは、途中で新幹線に乗り換えて名古屋を目指す。 「それではみなさん、修学旅行にれっつごー、です」という結先生の声で修学旅行は始 まった。 「ねえねえ、北崎くん。あのおっきなビルってなにかなあ〜」  新幹線の中。美琴はそうたずねる。 「おそらく、JRセントラルタワーズだね。つまり名古屋駅だよ」 「うそでしょ。だってものすごく高いビルだよ。200メートルくらいはありそうな」 「タワーズの高さは245メートル。名古屋で200メートルオーバーなのはタワーズ だけ」 「蓮美市にだってそんな高いビルはなかったぞ」とつっこむ直樹。 「蓮美市は70万都市。名古屋市は220万都市。つまり三分の一だからね」  2004年に名古屋の人口は220万人を突破していた。 「名古屋って人がたくさんいてすごいんだねえ」と美琴。 「そんなこといったら東京はもっとすごいよ。特別区だけで約700万。首都圏全体 だと3000万くらいかな」 「ほえ〜。日本てそんなにたくさん人が住んでたんだ」 「今ごろ気づかないように」 「はいはい」  名古屋駅の改札を出ると、一行はスカイシャトルという名前の外が見えるエレベータ ーで、パノラマハウス(展望台)専用エレベーターの乗場へと向かった。 「はいみなさん。これから展望台へと向かいます。見終った後は各自下まで降りてくだ さいね。先程指示した場所で待ち合わせます」と結先生。 「みんなわかったかしら」と恭子先生。 「はあい」「はい」「わかった」などと答えがある。 「北崎くん。このエレベーターで51階までいくんでしょ。何分くらいかかるのかな」  12階、パノラマハウス直通専用エレベーター乗場前。美琴がたずねる。 「それではクイズにしよう。みんなも考えてみてほしいね。ふふふ」 「5分くらいかな」と美琴。 「3分」と直樹。 「1分」と保奈美。 「1分ちょっとかな」と広瀬弘司。 「2分くらい」と委員長。  北崎、美琴、直樹、保奈美、弘司、委員長が同じ2班のメンバーである。  ちなみに直樹と保奈美はカップルである。 「ええっとそれでは、ガイドさん。このエレベーターは上まで確か36秒でしたよね」  エレベーターの前にいる、パノラマハウスのガイドに問いかける。 「はい、お客様、よくご存じですね」 「北崎くん、ひどいよ〜」と美琴。 「全員はずれです。残念賞〜」  バノラマハウスからははるか遠くまで見通すことができる。  みなそれぞれに散らばって眺めているようだ。  もちろん中には店でみやげとしてコーヒーカップやお菓子を買っている人もいるよう だが。  ……それからしばらくして。名古屋駅太閤通口からバスに乗って、一行は移動を開始 した。  尾張小牧ナンバーの赤と白のバス。  バスガイドは若くてかわいらしい女性だった。背はかなり低いが結先生よりは高い。 「みなさん初めまして。セントラルジャパン木曽川観光の松林洋子(まつばやし・よう こ)です。どうぞよろしくお願いします。みなさんは蓮美市の蓮美台学園の2年生だそ うですね。名古屋は初めてというかたは手を上げてくださいね」 「は〜い」「はい」「はいはい」  北崎だけ手がを上げていない。 「おやおや、そこの君はもしかして初めてじゃないのかな」 「ええ。今年春まで岐阜県に住んでいたので」 「あらそうなの。どのあたりかしら」 「東の方ですけど」 「飛騨市、下呂市、多治見市、土岐市、瑞浪市、恵那市、のあたりかしら」 「ちょっと違います」 「もしかして、中津川市かな」 「はいそうです」  しばらくの間があった。 「……それでは、今日の予定は〜」  夕方、トヨタ博物館。  バスから降りてそれぞれに中に入っていく。 「トヨタ博物館というからにはトヨタの車ばっかりあるのかな」 「そんなことはないよ、天ヶ崎さん。私の記憶が確かならば〜〜トヨタ以外の車のほう が確か多かったようなきがするけど」 「北崎くん、もしかしてきたことがあるの」 「大昔に一度だけね。実をいうとあんまり昔すぎてよくおぼえていないんだ」 「まっ人間の記憶なんてそんなもんさ」と弘司。 「昔の車ってみんな車輪がついてるんだね」 「あの美琴の知ってる車ってもしかして……」と保奈美がささやく。 「うん。まあそういうこと。でもそれは言えないんだよね、この時代だと」 「そっか、そうよね」 「トヨタ博物館は名古屋を代表する博物館のひとつですね」と結先生。 「トヨタは世界的な企業ですものね」それに合わせる恭子先生。 「すいません、結先生。この博物館は名古屋市じゃないんですけど」 「ええっ。そんなはずはありません。データベースではちゃんと……」 「そのパンフレットの裏の住所をよく見てください」 「愛知県愛知郡長久手町(あいちけん・あいちぐん・ながくてちょう)」 「だから、名古屋市じゃありません」 「そんな、どうして……」 「結、がっくりしてるわよ。でもどうしてなのかしら。結の暗記能力からすればこの 程度間違うはずないのに」 「多分ですね。今と未来の間に市町村合併があるんでしょうね。きっと」 「しちょうそんがっぺい、ですか」 「蓮美市も隣の村と合併協議してるわけですから」 「そういえば、新聞やテレビでもなんか変わった名前の都市をみかけるわね。さいたま 市とかあきる野市とか南アルプス市とか」 「博物館ていうのは、古いものがならべてあるだけなんだよな。あんまし面白くない ってきがするぜ、そう思わないか弘司」 「じゃ直樹。どんなんだったら面白いんだ」 「車の博物館なら運転の体験コーナーくらいあってもいいのに」 「確かにな。しかし体験コーナーなんかつくったらもっとでかい建物が必要だぞ」  博物館の外。見終った直樹と保奈美と結先生と恭子先生が揃って出てきた。そこへ、 いきなり背の低い人物が突然に出現した。 「大丈夫ですか、みなさん」と謎の人物。 「その声は、もしや結先生ですよね」 「そうです」 「信じられないぜ。結先生が二人いる」 「私、とってもびっくりです」と結先生。 「私は今、五年後からタイムスリップしています。久住くんたちと会うのは久しぶりで すね」と五年後の結先生。 「五年後ですか。どうしてタイムスリップしたんです」と結先生。 「多分、時空のひずみが原因、かもしれません。まあそれはともかく時間がないので、 とっとと話を進めます」 「時間がないってどういうことですか」と保奈美。 「私の記憶によると、すぐにここからいなくなってしまうのです。多分時間の復元作用 が働いて元の時代に戻るんでしょう」 「……五年後といったわね。結、オペレーションはどうなったの」 「オペレーションは無事完了しました。めでたしめでたしです。私と恭子は五年後も 蓮美台学園の教師をやってますよ」 「そうなのね。よかった、本当によかった」 「恭子にはこれを渡しておきます。ワクチンの最終版のデータです」  そう言ってポケットから取り出したチップを渡した。 「ありがと。でも、このデータ、誰が作ったのかしら」 「もちろん、恭子が作ったものですよ」 「……私の作ったデータを参考にして私がワクチンを完成させるわけね。なんか変」 「いいじゃないですか。過程はどうあれ、ワクチンができればいいんです」 「それもそうね。ありがと、結」 「はい。それではそろそろ時間のようですね。こぎげんよう」  そして、五年後の結先生は消えた。  東名高速名古屋ICから高速道路に入ったバスは西へ向かう。  東海北陸道岐阜各務原ICを出たバスは東へ進む。 「ねえ、あの建物、なあに。野球かなにかのスタジアムかな」と美琴。 「県グリーンスタジアム。ホッケーのスタジアムだよ」と北崎。 「ホッケーていうと氷の上で打ち合うやつかな」 「それはアイスホッケー。ホッケーとは違うよ」 「ええっ。そうなの」  バスはスタジアムを過ぎるとすぐに目的地についた。  かかみがはら航空宇宙博物館である。 「ねえ北崎くん。ホッケーて確かアテネオリンピックに日本代表が出たあのホッケー のことなの」 「そうだよ。あのスタジアムは日本代表の拠点だったんだ」 「うわ。そうなんだ。でもどうしてこんなところに拠点が」 「設備は国際試合を開催できるレベルだからね。このあたりはホッケーが盛んみたいだ よね。岐阜県のなんとかって高校はホッケーの全国レベルの名門らしいし」 「へえっそうなんだ」  バスから降りた学生たちはぱらぱらと館内を見て回る。 「それにしても、どうしてひらがななのかなあこの博物館は」 「漢字だと多分正しく読めないからかもな」 「読めないって、そうなのか」 「じゃ、ミスター久住、これをよんでみて」  差し出されたメモ用紙には「各務原」とかいてある。 「かくむ、はら」 「ほら、読めないだろ」 「藤枝さん、読めますか」 「かがみはら」 「違います」 「保奈美でも読めないとは、恐ろしい地名だな」と直樹。 「結先生は、もちろん読めますよね」 「もちろんです。かかみがはら、です」 「はい正解。この博物館がなぜひらがなの名前なのかよくわかりましたか、みなさん」 「それにしても、どうしてこの博物館はここにあるのかなあ。近くに空港があるわけ でもないのに」と不思議がる美琴。 「すぐそこにある各務原飛行場は1917年にできた日本で一番歴史のある飛行場なん だけどそれだけじゃだめかな」 「ええっ。そうなんだ。2……00年近い歴史なんだすごいなあ。ところですぐそこに あるってさっきみたあのなにやらでかい敷地が飛行場なのかな」  美琴が興奮のあまり年数を勘違いしているようだ。 「その通り。ちなみにあそこは現在、航空自衛隊岐阜基地なんだけどね」 「へえ。そうなんだ。あれ……基地ってことは空港じゃないのかな」 「そう空港じゃないんだ。佐賀県にだって空港があるのに岐阜県には空港がないから愛 知県の空港とか成田とか関空とか富山とかを使ってるありさまなんだ」 「なんで富山が入ってるのよ」と委員長。 「岐阜県の北部からだと名古屋空港より富山空港のほうが近いからね。東京から高山 への最短ルートは実は富山空港経由なんだよ」  博物館の外。夕焼けの空。外に出てきた一行はバスへ戻る。 「岐阜県各務原市は、人口13万、岐阜県で3番めの都市で、飛行場があることから 航空宇宙産業にそれなりの集積がある。岐阜市や名古屋市に近くて便利といえば便利 な街だね」 「3番めっていうと、一番と二番はどこなの」と保奈美。 「一番は、県庁のある岐阜市で今のところ約40万人、06年の合併後は約44万人、 の予定なんだけどね。二番目は大垣市で今のところ約14万、05年の合併後は約30 万。……あっいけね。各務原市は今月合併したばかりだから約14万人に訂正だ」 「どこと合併したの」と美琴。 「木曽川のまん中に浮かんでいる川島町。これで各務原市の市外局番は2つになった わけさ」 「ええっ。二つって普通固定電話の市外局番は1つだよっ」 「旧・各務原市が0583で旧・川島町が0586だ」 「何よそれ、全然局番が違うじゃないっ」 「電話番号の変更はなかなか難しいんだよ。総務省は準備に2年はかかるとかいって るしねえ」  バスは西へ向かう。国道21号を進み、立体交差の岐南インター(交差点の名称)を 曲がり、国道156・国道248・国道256を北へ進む。 「うわあ。道路のまん中に線路があるよ。もしかしてこれってLRT??」  美琴は窓から外を眺める。 「美琴、LRTって何だ」 「LRTはLRTだよ、久住くん」 「……説明しよう〜。LRTというのは英語のライト・レール・トランジット(Light Rail Transit)の頭文字だよ。都市内の中規模交通のための列車のことだ。わかりやす くいうと、次世代型の路面電車だと思えばいい」 「今までの路面電車と違うのか」 「ああ。海外ではLRTが積極的に推進されてる。ただし日本じゃ路面電車は遅くて だめだし、車の邪魔という考えが一般的だからね。実はそこに走っている名鉄の路面 電車は今年度で廃止予定なんだ」 「廃止というのは寂しいよね」 「岐阜市の路面電車や近郊路線は名鉄の運営で、赤字がひどいからなあ」 「でも、北崎くん、路面電車は定時性も高いし、都市内の交通としてはもっと高く評価 されても」と保奈美。 「岐阜市の路面電車は軌道内に車が自由に侵入できます。車が渋滞すると電車も一緒に 渋滞しかねないんです」 「……自由に侵入ってそんなことがあっていいんですか」 「岐阜市のこれは、普通の路面電車じゃないってことですよ」  バスは岐阜市役所を過ぎ、長良橋を渡る。長良川の北岸。  ホテル・フェデレーション・長良川(ながらがわ)にバスは到着した。 「はい。それでは到着です。中に入ったらフロントで部屋毎にカードキーを受け取って くださいね。明日は午前9時にロビーに集合ですよ」  結先生がそう言うと、みんなが返事を返した。    ホテル・フェデレーション・長良川     岐阜県岐阜市 TEL.058-2**-**** www.hotel-federation.com/nagaragawa/       世界に展開するホテル・フェデレーション・グループの日本では12番め      のホテル。長良川を見下ろす位置にあり景色は評判が良い。国際会議場、長      良川球場などにも近い。10階建てでオフホワイトの外装である。       建設が新しいこともあり、設備面は充実している。大浴場は温泉。       強いて問題点があるとすれば、岐阜市の繁華街である柳ヶ瀬やJR岐阜駅      や名鉄新岐阜駅(05年名鉄岐阜駅に改名予定)から遠すぎることかも知れな      い。               「東海地方のホテル・アンド・テーマパーク」より抜粋  にぎやかな夕食。  地下にある温泉な大浴場。  まだまだ新しく見えるホテル。  旅先ということで学生たちは陽気に騒いでいる……  この夜、消灯時間後にこっそり部屋を抜け出した直樹と美琴が屋上でばったり遭遇 するということもあったがそれは二人だけしか知らないことである。           DAY.2 11月5日  午後。蓮美台学園の一行は、岐阜県美濃加茂市の日本昭和村にやってきた。  2003年に開園したテーマパークで、昭和30年代の里山を再現したテーマパーク である。 「ねえ、北崎くん。ここが昭和村っていうことは他にも明治村とか大正村とかあったり するのかな」と美琴が問いかける。 「そのとおおり。愛知県犬山市には昔から明治村というのがあるし、日本大正村という のは、旧・岐阜県恵那郡明智町がそうなんだよ」 「へえそうなんだ。すごいなあ。これであとは江戸村があれば勢揃いなのに」 「天ヶ崎さん、日光江戸村を知らないなんて、だめよねえ」 「えええっ。そうなんだあ。さすが委員長よく知ってるね」 「ところで北崎くん、旧ってどういうことなの」と保奈美。 「先月の合併で、岐阜県恵那郡明智町は、岐阜県恵那市明智町になったんだよ。だから 旧っていったんだけど」  字が1つ違うだけだが意味がかなり違う。 「そんなところにも合併の影響があるとはなあ」と弘司がため息。 「昭和村や明治村はテーマパークだけど、大正村はテーマパークというよりテーマタ ウンというほうが適切だと思うけどね」 「どういう意味だそりゃ」と直樹。 「大正村は明智町に大正時代の建物がたくさんあるから、大正村の看板を出せば人が 来るというのが出発点でね。明智町全体が大正村っていうコンセプトだからね」 「なんというか、それってなんか安直な発想というきがするぞ」と直樹。 「確かにね。でもそれで大量に観光客がくるようになったんだからすごいと思うよ」  木造校舎など古めかしい建物が立ち並ぶ。  レストランや、銭湯、能楽堂もある。  まさにちょっとした異世界だといえなくもない。 「それにしても、ここってどうしてこんな美濃加茂市の中心街からはずれた所にあるの かしら。近くに駅もなんにもないし、土地は安いでしょうけど、不便よね」 「ちっちっちっ。それは違うよ。委員長」 「どう違うのかしら北崎くん」 「来年開通予定の東海環状自動車道東まわりルート、美濃加茂インターチェンジのそば なので車だと便利なんですが」 「へえ。そうなんだ。って高速道路まだできてないじゃないの」 「それはいっちゃいけないよ」  平日ということもあってか昭和村の内部はあまり観光客が多くないようだ。  そんななかでも蓮美台学園の制服は目立っているようなきがしないでもない。  太陽がすっかり傾くまで、学生たちは昭和村をうろついたのであった。  夕方になるとぱらぱらと雨が降りはじめた。  国道21号の坂祝町で事故があったため通行止になっていたことから、バスは大きく 迂回して関市を通過してホテルへ向かうことになった。  というわけでホテル到着は予定よりかなり遅くなったのである。           DAY.3 11月6日  今日は班別の自由行動日である。岐阜市・名古屋市およびその周辺の観光地を事前に 立てた予定に従って見学し、午後7時までにホテルに戻ってくるというものだ。  JR岐阜駅。  バスから降り立った蓮美台学園の制服の群れは岐阜駅へと入っていく。 「なんだか走ってる連中もいるけど、いいのかのんびりしてて」 「この駅のホームは4階にあるんだけどそこまで駆け登りたいかい」 「嫌だな」と直樹。 「北崎くん、この駅のこと知ってたのね」と美琴。 「もちろん。改装して高架駅になったのはよかったが改札が3階、ホームが4階。ほと んど新幹線の駅もどきだ」 「どうしてそんな高いところにホームがあるのよ」とあきれる委員長。 「すぐ近くに名鉄の高架があってね。それより高くするとなるとホームを4階にせざる を得なかったみたいだね」 「ふーんそうなんだ」と美琴。 「次の電車までかなり待つことになりませんか」と結先生。 「名古屋へ向かう電車はたくさんあるので問題ないです。それにどうせなら特別快速 のほうが早いですから」  実はこの駅から名古屋と反対方向の大垣方面へ買むかう電車は半分しかない。 「特別快速は追加料金とかはとられませんか」  蓮美駅の路線には特別快速という電車はない。 「とられません」  約20分後、JR名古屋駅。 「もうついたんだ。名古屋と岐阜市って近いんだねえ」と美琴。 「近すぎるんだよ。まったくね」と北崎。 「それにしても、この駅でかいよね、なおくん」と保奈美。 「まあな。これだけでかいと何がなんだかよくわからん」 「地下街よりはましなんだけどね」  JR名古屋駅から外に出て、階段を下ると地下鉄東山線名古屋駅がある。  ただしそこは広大な地下街の一角にすぎないが。  名古屋のすぐ次の伏見駅で降りた一行は、名古屋市科学館へと向かった。 「翼よ、あれが名古屋市科学館だ」 「北崎くん、ここはパリじゃないよ」と委員長。 「さすが委員長。実にレベルの高いつっこみだ」 「今のってどういう意味なの」と美琴。 「翼よ、あれがパリの灯だをもじったのよ」 「ふーんそうなんだ」  というわけで館内をいろいろと見学する。  そして11時30分。一行はプラネタリウムにいた。  日本はプラネタリウム大国であり、国内に約350のプラネタリウムがある。  実は名古屋市科学館のプラネタリウムは年間見学者は日本トップクラスである。  北崎の提案したコースに名古屋市科学館が含まれていることを知った結先生がわざ わざついてきた理由が実はこれだったのである。  結先生は本物のプラネタリウムを見たことがなかった。天文部顧問になって天文につ いて知識を深めるうちにプラネタリウムにいきたいなあと思ったのである。  しかし、結先生は本業と「オペレーション」のため多忙で今日までその機会がなか ったのである……  実は蓮美市の近くにプラネタリウムがなかったことも理由ではあるのだが。  この班には、直樹、美琴、弘司、北崎と天文部のメンバーが揃っていた。  さてこれを修学旅行というか部活動というかそれは微妙なところだけど。  上映が終わる。 「すごかったですねえ」と結先生。 「プラネタリウムっていいよね。またみにいきたいな」と美琴。 「残念だけど蓮美市の近くにはプラネタリウムがないみたいだ」 「そうなのか、北崎」と直樹。 「ああ。まあね」 「それにしても、ここのプラネタリウム、ツァイス4っていうタイプなのね。こんなと ころでもあの会社が活躍してるのね」と委員長。 「そういうことだね」 「あの、ツァイスって会社の名前なの」と美琴。 「ドイツの超有名メーカーのことだけど」 「はじめて聞いたよ。へえそんなに有名なんだ」  結先生は思った。天ヶ崎さんがしらないのも無理はありませんね。なにしろあの会社 は未来ではもう…… 「美琴、むちゃくちゃ有名な会社だからタルキスタンでも有名だと思うけど」 「保奈美がそこまでいうってことはすごい会社なんだね」  一行は、地下鉄で名古屋駅まで戻ると、今度は新名古屋駅から犬山行きの電車に乗り 込んだ。行き先は、リトルワールドである。  リトルワールドはその名前の通り小さな世界であり、だからかなのか世界各地の建物 がずらずらと並んでいるというところである。  タイ、インド、タンザニア、イタリア、インドネシア……などなど様々な国の建物 がずらりと散らばっている。  その後、一行は、岐阜県可児市の花フェスタ記念公園にやってきた。  地図をみるとわかるが、実はリトルワールドは犬山市とはいっても可児市とのほぼ境 界すれすれの場所にあるのだ。だからそれほど遠いわけではない…… 「岐阜県可児市は人口約9万人。名古屋のベッドタウンとして急速に発展した街なんで すが、実は名古屋まで乗り換えなしでいけるのが高速バスだったりするんですね」  北崎がなにやら得意げに説明している。 「JRや名鉄は乗り換えないとだめなの」と美琴。 「ええ。名古屋までもっとまっすぐに走る鉄道でもあればいいんですけどね」 「ということは結構不便なのかな」 「まあ、そんなわけでつい車に乗ってしまうというのが現実なんじゃないかと」 「確かにそうかも知れませんね」と結先生が口をはさむ。 「この花フェスタ記念公園の見所は、やっぱり日本一のバラ園でしょうか。1600 もの種類があるというんでびっくりしました。バラってたくさん種類があるんだなあ とね」 「1600かあ。すごいねえ」 「ところがそれだけじゃ物足りないらしいね」 「どういうことなの」と保奈美。 「どうせなら世界一ということで目標は7000だそうです」 「世界一ってうわあ。それすごいよ」と美琴。 「そんなになったらこの公園全部バラで埋まるんじゃないのか」と直樹。 「かもしれないね」 「ねえ、なおくん。ここって橘さん連れてきたら喜ぶんじゃないかな」 「俺もそう思う。これだけ花がいっぱいあるんだからな」 「蓮美市にもこういうところってないのかな」 「帰ったら調べてくれ」 「なおくん。自分で調べなくちゃだめだよ」 「それもそうだな。すまん、保奈美」 「わかってくれればいいんだよ」  周囲には誰もいない。ラブラブな二人はゆっくりと公園を歩いていた。だが突然そこ で、直樹と保奈美は揺れを感じた。 「きゃあああっ」 「保奈美、地震みたいだ。落ち着けっ」 「うん、そうだね、なおくん」  そして揺れがおさまった。思わず目をつぶった二人が目を開けると。  そこにはなぜか、ちひろがいたのである。  ちひろは私服でスカートで、しかも帽子をかぶっていた。 「久住先輩、藤枝先輩、こんにちは」 「こんにちは、橘さん。……どうしてここにいるのかしら」 「前から一度ここに来たかったので、とうとう来てしまいました」 「この公園の事、知ってたのか」と直樹。 「はい。雑誌でみたんです。なんでもここは7000種類ものバラがある世界一のバラ 園だって」 「え……」と首をかしげる保奈美。さっきの話からすると7000はまだなのに。 「ところでどうしてお二人は制服をきてるんですか、今日はお休みなのに」 「今日は土曜日のはずよ、橘さん」 「いいえ。日曜日です」 「日曜日よ。直樹、保奈美さん」そこへ茉理がやってきた。こちらも私服で、しかも同 じ家に長年住んでいる直樹がみたこともない服装だった。 「茉理。本物の茉理か」 「もちろんよ、直樹。えっとね、ちひろ、この二人は去年の11月6日の土曜日からタ イムスリップしてきたのよ」 「茉理、どうしてお前がそれを知ってるんだ」 「修学旅行から帰ってきた直樹と保奈美さんから聞いたの」 「そうなの。それなら知ってて当然ね」と保奈美。 「ところで茉理、そうすると今は、来年のいつなんだ」  茉理は、公園の入場券を差し出した。日付が印字されていた。来年5月の日付。 「さてと。二人がここにいられるのは短時間だから、すぐに戻るはずよ」 「そうなのね。安心したわ」と保奈美。 「すぐって、どのくらいだ」 「あと数分のはずだよ」 「そうか。それにしてもタイムスリップって結構びっくりするもんだな」 「そうよね。マンガなんかではよくあるけど、まさか直樹がタイムスリップするとはね え、世も末よね」 「茉理、一言多いぞ」 「はいはい」  時計をみた茉理は、周囲を見回すと、 「もうそろそろ時間ね。直樹、ちゃんとおみやげはみそ煮込みうどんとういろうを 買って帰るのよ、いいわね」 「ああ」 「買って帰らないと歴史が変わっちゃうからね、いいわね直樹」 「わかった」  オペレーション・おみやげってわけだなと直樹は思った。  そして直樹と保奈美の目の前がいきなり真っ白になった…… 「久住くん、藤枝さん、なんだかぼーっとしてますね」 「あ、結先生」と直樹。 「なにかありましたか」 「ええ。ちょっと来年にタイムスリップしてたんです」 「二人揃ってですか」 「そうです」 「そろそろ帰らないといけません。タイムスリップのことはレポートにして後日提出 してもらえませんか」 「はい、わかりました」と答えたのは保奈美だった。  その夜は最後の夜ということで、当然学生たちは大騒ぎ。  なかには深野先生におこられた人もいたようである。           DAY.4 11月7日  最終日。低気圧によって夜半から降っていた雨はやむどころかますます激しさを増し ていた。  とはいえ、新幹線に乗ってしまえば大丈夫でしょう、と恭子先生は考えていたのだが それが甘かったことを思い知らされることになる。  予定より大幅に遅れてバスがホテル到着したのは朝11時すぎだった。  大雨のために、道路が冠水したり渋滞したり迂回したりで時間がかかったのである。  ホテルのロビーではコーヒー片手にささやかな打ち合わせが開かれていた。 「あきまへん。名古屋駅へいくのは大変なことになりまっせ」  と、セントラルジャパン木曽川観光の担当者。 「そうはいっても、帰らないわけにはいかない」と深野先生。 「新幹線も在来線もダイヤめちゃくちゃですぜ。空港も今朝からクローズしてますさか いに」 「大変なことになりましたね」と結先生。 「「……大雨のため、JR東海では新幹線岐阜羽島〜浜松間の運転を見合わせることに 決定……」」  ロビーの片隅のテレビからささやかに音がながれている。 「恭子っ。新幹線がっっ」  恭子先生はテレビの画面を見る。「新幹線 岐阜羽島〜浜松 運転見合わせ」 「まいったわねえ。とうとう新幹線とまっちゃったわよ」 「運転再開するまでここで待機したらどうでっか」  新幹線の運転再開は午後3時すぎだった。  蓮美台学園の学生たちを乗せたバスが名古屋駅についたのは午後5時すぎ。  ダイヤがめちゃくちゃなこともあり、全員分の席をまとめて確保することができな かったため、学生たちは3つのグループに分けられた。一番最後にバスが到着したB 組が第三グループとなった。  蓮美駅。  最終電車でようやくたどりついたB組の学生たちは駅前広場に集合した。 「結先生、全員揃ってます」と委員長。 「はい、みなさんご苦労さまでした。いろいろありましたけど、これで修学旅行は終 わりです。明日は振り替え休日なので明後日にお会いしましょう〜解散です」  そして学生たちはばらばらと散っていった。 「直樹。いろいろあったけど、修学旅行て楽しかったよね。また行きたいな」 「美琴、そいつは無理だ」 「どうして」 「なぜならね美琴、修学旅行というのは小学校・中学・高校で各1回しかないからよ」 「ええっ。毎年あるんじゃないの」 「確かにたいていの学校行事は毎年あるけど、修学旅行は違うからな」 「そっか。それじゃしかたないか。……でも、またみんなと一緒に旅行に行きたいな」 「そうね。機会があればね」と保奈美。 「タルキスタンじゃ地方の治安がひどくてね、旅行になんていけなかったから」 「美琴、日本ならそのてんは安心だぞ」  弱い雨が降っている。  直樹、保奈美、美琴、北崎、弘司、委員長、結先生、恭子先生が固まって歩きだす。  駅の上にある時計はすでに午前0時を回っていた……                               Fin. ------------------- 2004/6/20-2004/7/15                あとがき  修学旅行の話です。  はにはにのSSでは京都・奈良の修学旅行というのがすでにあるため、ここでは少し ひねって、名古屋・岐阜にしてみました。  ローカルネタと合併ネタが炸裂しております(苦笑)。  日付が11/4から11/7なのは、ゲーム本編まつりんルートで、11/7に今日 まで修学旅行だったというモノローグがありまして、そこから計算しました。  今回のSSはほなみんルート。北崎くんがいろいろと活躍(笑)しています。  タワーズ、トヨタ博物館、名古屋駅、新名古屋駅には実際にいったことがあるので そのときのいめーじを元に書いてあります。  作中に登場するものについては、タワーズをはじめとして多くが実在するものです。  さすがにホテルは完全に架空なんですけどね。  JRセントラルタワーズ/名古屋駅  トヨタ博物館/愛知県長久手町  かかみがはら航空宇宙博物館/岐阜県各務原市  名古屋市科学館/名古屋市  リトルワールド/愛知県犬山市  花フェスタ記念公園/岐阜県可児市  今回の話は微妙なネタもからめてある関係で実は年代をこっそりきめて書いていま す。2004年ぐらいということで。  プラネタリウムの話は、たまたま新聞でプラネタリウムの人の記事がありまして、 そこからいれてみました。  それにしても日本がプラネタリウム大国だったとは知りませんでしたね(爆)  今回のSSは時間がかかっているようにみえますが、実ははにはにDC(ドリームキャス ト)をやってたのでその間はずっとDC三昧でした。  DCはヒロインが8人になってます。委員長もヒロインです。  それにしても委員長が歴史マニアだったとは…… 「ちょっとそこっ。私はマニアなんかじゃないわよっ」ぼかっ  100年後が22世紀であることははっきりしましたしねえ・・・。  ではでは。 by BLUESTAR(2004/7/10) ※参考資料 ・「JRセントラルタワーズフロアガイド」ジェイアールセントラルビル(2004) ・「アトラスRDX東海道路地図コンパクト」アルプス社(2003) ・「週刊東洋経済臨時増刊2004/5/21日本経済をリードする最強の名古屋」   東洋経済新報社(2004) ・「この人」中日新聞2004/7/8(日本プラネタリウム協会会長の記事) ・中日新聞2004/1/1「岐阜特集」 ・「日本大正村奮戦記 じいさん・ばあさんが町をおこした」   上田昌弘著、近代文芸社(2000)