ラブひなデイズ DAYS.1 突然の別府旅行   by BLUESTAR 「じゃんけん、ぽんやっ」と、きつねは言った。 「あかんがな。うちの負けやわ。まあしゃあないな、二人でいってきいや」 「決まりだな」とはるか。 「ええっ。そんなああ。また、けーたろーと二人旅しろっていうの」となる。 「しかたないだろ。ホテルの無料宿泊券はペア・チケットなんだから」とはるか。 「まあけーたろーとは前にも一緒にいったし、きっと多分おそらく大丈夫よね」 「ははあん。なる〜、もしかしてこわいんか」 「何いってんのよ。浪人で馬鹿で馬鹿で馬鹿なけーたろーなんてこわくないわよ」 「馬鹿馬鹿馬鹿・・・」落ち込んで呆然とする浦島景太郎であった。。 「ところでどこのホテルなの」 「私の悪友が勤めているホテルで、ホテル・フェデレーション・別府ベイという」  宿泊券をみせながら言うはるか。 「別府っていうと・・・温泉で有名なとこやな」 「大分県だ。それから有効期限は今月いっぱいだからな」とはるか。 「・・・今月ってあさってでおしまいじゃない」 「そういうわけで、さっそく明日行ってこい」  博多行きの新幹線はぼぼいっぱいだったが、景太郎となるは座ることができた。 「あの・・・ここいいですか」 「ええどうぞ」  若いOLのひとり旅かしら、となるは思う。またすぐ横の景太郎と話し始める。 「そうすると、景太郎も別府に行ったことはないのね」 「ああ。この間の沖縄大移動の時も宮崎しか通ってないからね」 「・・・誰かガイドでもいるといいのにね」 「おいおい成瀬川。二人ともほとんどお金がぎりぎりだろうが」 「それもそうね」 「あの・・・私でよければガイドしましょうか。コーヒー1杯で」  と二人の隣に座っているさっきの女性がいきなり話しかけてきた。 「本当にいいんですか」 「ええ。こんな旅も悪くないですし。こういうのは一期一会っていうんでしょうし」 「・・・僕はいいですよ」 「・・・それじゃお願いするわ」 「じゃ決まり。私は佐伯鈴香(さいき・すずか)です。横浜の普通のOLです」 「成瀬川なる、神奈川県ひなた市の浪人生です」 「浦島景太郎、ひなた市の浪人生です」 「それにしても二人とも仲がよさそうですけど・・・恋人かしら」 「いいええ。違います。こんな馬鹿恋人じゃないです」 「成瀬川・・・大声は押さえて押さえて」 「あっごめん」  その後二人が同じアパートに住んでいることから始まって延々とおしゃべり・・・ 「成瀬川さん、起きてください」 「・・・わっ外が真っ暗。もう夜かしら」 「いいえ。ここ関門トンネルの中ですから」 「あっそっか。で・・・なにか用なの」 「浦島さんをすぐにたたき起こしてください」 「なんで。博多まで寝かせとけばいいじゃない」 「・・・小倉で乗り換えですから。博多までいく必要はありませんよ」 「えっそうなの」 「ええ。そうなんです。関門トンネルを抜けたらすぐ小倉駅ですから・・・」 「了解。・・・けーたろー、とっとと起きなさい」  ゆらしてみたが起きない。 「・・・必殺なるパ〜ンチ」  景太郎は天井にぶつかった。目がさめたようだ。 「いたいよ〜成瀬川」 「ごめんなさい。・・・もうすぐ降りるわよ、いいわね」  小倉駅になんとか降り立つ3人。そこからはるか下にある改札に向かう途中で景太 郎は転んだ。小倉駅の山陽新幹線ホームは地上からかなり高いところにあり、新幹線 改札口はほぼ地面である。景太郎はあちこちすり傷ができた程度ですんだようだ。 「大丈夫ですか」と鈴香。 「ええ。成瀬川にふっ飛ばされるのにくらべたらたいしたことないですよ」 「・・・あなた、相当変わった青春を送ってるのね」 「かもしれませんね」 「妙なこといわないでよ」 「ところでお二人は、特急の切符は買ってありますか」 「買ってないわよ。小倉乗り換えだなんてしらなかったもの」 「それじゃ3人まとめて買いましょうか。次は・・・ソニックですね」 「ソニックって名前からすると音速で走るのかな」 「景太郎の馬鹿。音速って何キロだとおもってるの」 「えーと・・・500キロくらいかな」 「やっぱり馬鹿。1000キロくらいよ。そんな速度で走るのは飛行機くらいよ」  やがて3人は特急ソニックに乗った。 「すごい色づかいね、この特急」 「確かに派手だなあ」 「驚いたでしょ。これはこういう特急なのよ」  赤・緑・青などがざくざくとつかわれている。座席の形もメカメカしてというか やっぱり変わっている。やがて動きだす。 「あれ・・・この特急、きた方向に動いてるけど逆じゃないの」 「ああ。それはそれでいいの。ここでスイッチバックしているようなもんだから」 「変な特急ですねえ」  別府駅は高架の上に線路とプラットホームがある。下に降りるとそこが駅舎だ。  外への出口は2つあって、北口と南口である。南口が中心街に通じている。  別府は、県都大分市の隣にある人口約11万の観光都市である。 「別府へようこそ・・・ってところかな」 「温泉街のわりにはなんて言うか風情が・・・」となる。 「それはそうね。由布院駅みたいにわざわざ木造で作らないと風情っていうのはだし にくいかもね」 「湯布院てここから近いんですか」 「ちょっと遠いのよね。確かJRで1時間くらいかな。日本では珍しく改札がないと いう変わった駅なの」 「へえ。確かに変わってるわね」  3人が次に行ったところには山の中で、猿がたくさんいるところだった。 「・・・なによここ猿ばっかり」となる。 「驚いたようね」と鈴香。 「そりゃあね」 「高崎山は観光の定番なの。ベタすぎるかなってきもするけど・・・いきなり地獄っ ていうのも驚くのはいっしょだし」 「地獄・・・ってあの・・・」 「別府観光の定番、地獄めぐり・・・といっても要は温泉めぐりなんだけど」 「地獄ってなんかすごいネーミングだなあ」と景太郎。 「でもインパクトはあるでしょ」 「そうね」  高崎山から降りてきた3人は国道10号線を渡る巨大な陸橋を越えると、そこには なぜか水族館マリーナパレスがあった。 「・・・猿山と水族館というのは変わった組み合わせだなあ」と景太郎。 「そうねえ。動物園とかだったらぴったりなのに」となる。 「それじゃ意外性に欠けると思いますです」と鈴香。  その後3人は地獄めぐりを始めた。別府は街が温泉の上に建っているような街であ り、温泉だらけである。地獄めぐりは別府にある様々な温泉をめぐることである。 「わっ。青くてきれいねえ、あの温泉」となる。 「確かにきれいよね。でもあれに入ったら死ぬわよ」と鈴香。 「えええっ」 「ほんと。確かあれって98度くらいあるのよね」 「華氏98度かい」と景太郎。 「違うわ。もちろん摂氏98度よ」 「うそぉ」などなど・・・。  別府湾をのぞむホテル・フェデレーション・別府ベイは観光都市別府の中でもトッ プクラスのホテルであった。ロビーからして豪華絢爛というか風格が違うというか、 とにかくまあそんなホテルである。別府で一番高い35階建てのホテルでありその眺 めは格別だ。ただし別府は海面から斜めにのぼっていくような地形になっているので、 海と反対側の眺めはいまいちであるといえる。 「・・・すっごいホテルね〜」となる。 「すごすぎるよ」と応じる景太郎。  地上から6階までは吹き抜けになっている。なんというか実に広大な空間だ。  二人にはカードキーが渡された。両方とも1515号室のものだった。  実は宿泊券の裏側に小さな文字で、「二人で一室のご提供とさせていただきます」 とかいてあったのであった。  もちろんいいあいになったが、京都の時といっしょなんだから大丈夫よね、となる にいわれては景太郎はうなずくしかなかったのであった。 「ルームサービスでございます」といきなり1515号室のドアが開いた。  ホテルの制服をきた背の高い女の人だった。 「頼んでません、頼んでません」と閉めようとする驚いたなる。 「ちっ、なあんだ。はるかじゃないのか」 「あの・・・知り合いなんですか」 「人がせっかくチケット送ったのに、他人に譲るだなんて、さてはあの馬鹿まだ一人 ぽっちなのかしら」  ドア越しになると景太郎との3人で話が進む・・・ 「・・・ありがと話してくれて。どうやらはるかの結婚はまだまだ先になりそうね」 「ははは・・・まあそんなところです」と景太郎。 「戻ったら、よろしくいっといてね」  地下1階にある温泉はとても広大だった。このホテルの売り物の1つはこのやたら と広大な温泉である。なるは温泉に入りはしたのだが、ひなた荘と違ってあまりにも 静かだったので、なんとはなしにさみしくなってしまい、早々と出てきたのだった。  そのまま戻るのもなんなのでホテルの中や中庭をうろついたりした。  そして、なるが部屋に戻ると暗かった。証明が弱くしてあって、片方のベッドに景 太郎が眠っていた。・・・すっかり眠ってるみたいだし、これなら大丈夫ね。  そうはおもったが、物足りなさも感じた。・・・あああ私ってば何考えてんのよ。 ねよねよっと。そんなわけでなるももう片方のベッドに入った。 「おはよう、成瀬川」 「おはよう。ひとりだけ先に食事とはいい度胸ねえ」  ホテル7階。朝食はバイキングである。このフロアには和風と洋風の2つのレスト ランがあったのだが、二人は洋風の方のレストランで顔をばったりあわせた。 「眠ってるのをたたき起こすのもなんだしさ」 「まっ、それもそうね」  ホテルのロビー。空はどんよりと曇っているようだ。 「おはよう。夕べはよく眠れたかしら」と鈴香。 「ええまあ」と景太郎。 「よく眠れたと思います」となる。 「それはよかったわね。さてっと、どっか行きたいとこあるかしら」 「あの湯布院てここから近いんでしょうか」となる。 「遠くはないけど・・・ちょっと時間かかるわよ」 「かまいません」 「浦島さんはどこか行きたいかしら」 「僕は特には」 「じゃ、湯布院行き決定。それはそうと・・・その前に私につきあってもらえるかな」 「いいですけど・・・どこに」となる。 「当てられたらコーヒーでもおごるから。ヒントは石と花」  JR別府駅で3人は切符を買う。日豊本線は別府からさらに延々と南に伸びている。  タウンシャトルという文字のヘッドマークが入った白い普通列車に乗る。  東別府、西大分、大分。大分で乗り換え。牧、高城(たかじょう)、鶴崎(つるさき)、 大在(おおざい)、そして坂ノ市(さかのいち)。  プラットホームと駅舎の派手な色の跨線橋があるが、それには屋根がない。 「屋根は吹き飛ばされたのかしら」となる。 「多分、最初からなかったんじゃないかなあ」と鈴香。 「なんで」 「なんでっていわれても。実際私、これに屋根のついてるのみたことないしね」 「なによそれ」  駅舎を出る。周辺には人影もまばらなようだ。 「クイズは締め切りね。さしずめ残念賞というところかしら」 「石と花じゃ漠然としすぎてます」となる。 「正解はね、墓地よ」  タクシーでしばらくいったところが鈴香の目的地だった。  そこは墓地だった。なぜか同じ大きさの墓がずらっとたくさん並んでいる。 「よかったら、一緒にどうかしら」  というわけで、3人で向かった。  墓は鈴香の仲のよかった親類であることを二人は聞くことになる・・・。 「ここって本当に大分市なんですか。ずいぶん遠く感じましたけど」と景太郎。 「ここは大分市の一番東の地区よ。大分市は横に細長いからねえ。  やがて、タクシーは坂ノ市駅についた。  坂ノ市駅から大分へ。大分で久大本線に乗り換えて、由布院駅に3人が降り立った のは11時過ぎだった。由布院駅は日本でも数少ない改札の存在しない駅であり、ホ ームと駅舎の間には巨大なガラスの戸があるのみである。  駅舎は一見古めかしく見えるが、実は新築されてからまだ時間がそれほどたってい ない。由布院駅は観光地・湯布院の玄関口である。町の名前と駅名が食い違っている が書き間違いではない。合併によって町の名前のほうが変わってしまっただけのこと である。湯平村と由布院町が合併したから「湯布院町」などとつけるからこんなこと になるのだ。だからといって「さいたま市」のようにひらがなというのも安易だ。 「・・・なんでコンビニがあるのよ」となる。 「今の日本はどこにでもコンビニがありますから」と鈴香。  そう由布院駅のそばにはなぜかコンビニがあるのだ。駅舎とのバランスが・・・。  そして3人は湯布院の町を短い時間でてきぱきと見て回った。  山に囲まれた盆地であり、しかも結構標高が高い。別府は海辺である。ところが湯 布院は約700メートルである。当然その間の道路や鉄道は急な坂にならざるを得な いのである。  そして3人は、湯布院を後にした。  大分から特急ソニックに乗り換えたところで、雨が降り始めた。  小倉駅で新幹線のぞみに乗り換えるころには雨脚がかなり激しくなっていた。 「いいわねえ。若いって」  景太郎がトイレに行くと、鈴香がそういった。 「いきなり何ですか、鈴香さん」となる。 「私の青春時代って男っ気なかったのよね〜」 「うらやましいっていいたいんですか」 「そうよ。あんたたち浪人生なのに二人して旅行して。うらやましいわ」 「それって嫌みですか」 「もちろん。せっかくつかまえた男なんだから手放しちゃだめよ」 「景太郎とはそういう関係じゃありませんっっっ」 「・・・ま、そういうことにしときましょうか」  三河安城〜豊橋の雨量規制値が越えたため、3人の乗る新幹線は、名古屋駅でしば らく止まることになった。 「今日中に帰れるかしら」となる。 「これ以上ひどくならなければね」 「まあ最悪の場合、名古屋のホテルに飛び込むという手もあるけど」と鈴香。 「・・・僕は無理ですね。お金がほとんどない」と景太郎。 「こっちもないわ」となる。 「・・・あんたたちもうちょっとお金持ってきなさいよ」  1時間半ほどしてようやく新幹線は動きだした。  予定よりかなり遅れたものの、日付がかわらないうちに3人は無事に帰り着けた のであった。  鈴香さんとはもう二度と会うことはないだろう、となるは思う。  詳しい住所や電話番号とかは特に聞かなかったからである。  ・・・それは間違っていた。 「こんにちは」  半月後、鈴香がいきなりひなた荘にやってきた。 「こんにちは・・・ってよくここがわかりましたね」 「おみやげ、宅配便で送るときに住所書いてたでしょ」 「・・・なるほどね。それで・・・」 「そういうこと。それにしてもここって・・・なんか一寸館みたいね」 「一寸館って何」となる。 「一寸館は、めぞん一寸いう昔のマンガに出てくる木造のアパートや。アパートに 住む浪人青年と管理人さんとカッコイイサッカーコーチの三角関係のラブコメや」 「久しぶりね、きつね」 「ほんま久しぶりやわ、鈴香はん。なるから話聞いてもしやとおもったが、やっぱ りあんたやったんか」 「知り合いなの?」 「数年前に3ヶ月だけ同じバイトしとった。まさか再会するとは思わなんだわ」 「それはこっちのせりふよ、きつね。また飲み比べしない」 「ひー。それだけは堪忍な。鈴香はんにはかないませんよって」  かくしてひなた荘のロビーでなる、きつね、鈴香の間でいろいろな話が飛び交った。 「ねえきつね。さっきのめぞん一寸て最後はどうなったの」  鈴香が帰ると、なるはたずねた。 「青年は管理人さんと結婚したで。住人と管理人さんが結婚というわけや」 「ふーん、そうなんだ」 「まあ今のひなた荘でキャスティングしたら、なると景太郎やろな」 「どーしてそうなるのよ」 「1.管理人は景太郎。2.浪人はなる 3.ひなた荘は古い木造アパート。ほれ ちゃんと条件合っとるやろ。以上証明終わりっ」  走って逃げるきつね。 「そんな証明認めないわよっ」  追いかけるなる。  ひなた荘は今日もにぎやかだった。                                -------------------- 2000/10/26-2002/4/1