ラブひなデイズ DAYS.2 ひかげ荘へようこそ   by BLUESTAR 「景太郎さん、もう大丈夫なの」  景太郎がふとんから起き上がると、成瀬川なるがそう言った。 「ああ、大丈夫」  景太郎はなにか違和感があったような気がした。はてさて。 「それならいいわ。それにしてもあなたもドジよねえ、電球を変えようとしてはしごで 足をすべらせて気絶するなんて」 「・・・確かにね」 「そろそろ夕食の時間だと思うけど・・・」 『しのぶよりみんなへ、ご飯ですよ〜』  部屋の入り口にある小さな箱からなぜかしのぶの声が聞こえてきた。 「さあとっとと行くわよ」 「・・・なあ成瀬川。あれは何だい」と箱へ指を差す。 「スゥちゃんの作った特製インターカムよ」  ひなた荘にインターカムなんてあったかなあ、と不思議に思う景太郎である。  夕食。ここに住んでいるみんなが揃った。  片隅に14インチくらいの古いテレビがある。今朝までここにはテレビなんてなか ったはずなのでヘンに思う景太郎である。 『・・・いよいよ春ですねえ。それでは最前線レポート、シャンハイからです』  とテレビから声が聞こえる。 『こちらはシャンハイです。シャンハイ政府のウォン市長、戦況はどうですか』 『ナンキン政府の連中との話し会いはさっぱりさっぱりですね。困ったものです』  ・・・なんなんだこのニュースは・・・とあきれる景太郎。 「大陸の内戦はあいかわらずやな、けーたろー」と、きつね。 「・・・ええ・・・」 「まあ日本には関係ないから別にいいけどね」と、なる。  夕食は進む・・・テレビはやがて天気の時間になる。 『天気情報の時間です。気象予報士のエイプリル・西本さん、どうぞ』  青い髪の女性が天気の説明を始める。 『・・・というわけで要するにあしたもお天気です。アラスカ県はまだまだ寒いです し、北海道・樺太もまだまだ寒いですねえ。それから台湾自治領や琉球自治領はちょ っと熱いので注意してくださいね。今夜の内之浦宇宙センターからのミュー−6ロケ ットの打ち上げは天候については問題ありません。以上です』  ・・・いつからアラスカや台湾が日本になったんだろう??・・・呆然とする景太郎 であった。  部屋に戻ると、机のそばに帝国新聞が置いてあった。ぱらぱらとめくって見る。  日付は帝国暦2660年(平制12年・西暦2000年)3月25日。今日の日付 らしい。帝国暦って何だろう、と考える景太郎である。  1面「大陸内戦、和平への道は遠し」。  シャンハイでの会談の模様らしい。  3面「ミュー−6ロケット3月25日深夜打ち上げ」。  前回失敗しているので今回は入念にチェックしたとか。  11面は「魅惑の観光ツアー/台湾・香港」  全面広告。関東ジパングツーリスト主催。5泊6日。799円50銭/850北 アメリカダラー/880ドイツマルク。  21面「世界の大学紹介/東京帝国大学」  7つのキャンパスと10万人の学生。東京帝国大学内之浦宇宙センターの紹介。 岐阜県飛騨市にあるニュートリノ観測施設ハイパーカミオカンデの紹介。  ・・・岐阜県に飛騨市なんてあったかなあ??、と考える景太郎。  最終面のテレビ欄まで見終えて、景太郎は溜め息をついた。  ・・・気絶している間に違う世界にでも迷いこんだみたいだなあ。 「景太郎さん。お茶持ってきたわよ」 「ああ」  なるが中に入ってきて、コップに入った冷たいお茶を机に置く。 「なあ、成瀬川。この帝国暦っていったいなんなんだ」 「・・・さっきので頭でもぶつけたのかしら」 「答えてほしい」 「はいはい。そんなこと忘れるようじゃこの先大変よ。二人ともやっとこさ東大に入 学するっていうのに」 「そうだな」 「帝国暦は初代天皇の即位である紀元前660年から始まるの。帝国憲法151条」  要するに皇紀のことか、とさすがに景太郎も気がついた。  それにしても帝国憲法は78条までしかなかったはずである。 「・・・スゥちゃん、スキャナー持って景太郎の部屋に来て」  なるはインターカムを叩く。 『了解や』 「スキャナーって何」 「それは秘密です。とりあえず、おとなしくしてなさい」  部屋の入り口に立つなるであった。 「検査結果や。こいつは・・・ニセモンや」とスゥ。  一瞬の間。そして、なるは景太郎を投げてふとんにたたきつけた。  インターカムを聞いてかけつけた、他の住人たちが全員ハイパー・スタンガンを構 える。 「いくら外見がそっくりでもDNAが違うんや」 「・・・それじゃみんな。これからこいつを尋問するわよ」 「イエッサー」「よっしゃあ」「わかりました」  かくして尋問が行われた。景太郎は正直に自分がこことは違う世界の人間だと、 日本国神奈川県ひなた市のひなた荘の管理人だと、その他いろいろ話したのである。 「ひなた荘、ねえ」ときつね。 「・・・ここはひかげ荘よ。名前が全然違うわよっっっ」となる。 「そういや、ばあさんが前にいうとったわ。ひなた旅館をひなた荘にしたら安易すぎ るさかいに、ひかげ荘って名前にしたってな」 「そうすると、きつね。私たちの愛する景太郎さんはどこに行ったのかしら」 「そうやなあ。多分、入れ代わったんないかな」 「そうすると景太郎さまはひなた荘とかいうところにいるってことかな」としのぶ。 「ひなた荘のメンバーはどんなやつらじゃ、ニセ浦島」 「・・・姿形はみなさんとそっくり。ただし性格がかなり違うみたいだけどね」 「ほっほお。それじゃひなた荘の連中はどんな性格なんや」 「成瀬川は僕にさんづけなんかしないし、ぼくを空の彼方にぶん投げる。きつねさん はだいたい一緒かなあ。しのぶちゃんはもっと大人そうだし、スゥちゃんはなんかい つもへんな発明してるし、素子ちゃんは持ってるのが剣なんだ」 「しのぶもここに来た頃はおとなしかったけど、だいぶいい性格になったさかいな。 スゥの発明をヘンいうのはやめてほしいで、これでもマサチューセッツ工大の博士号 持っとるんやさかい。時には結構な発明もするんやで。この間の新型ラムジェットみ たいに。それからこっちの素子は剣は時代遅れやいうて今や銃の達人や。レーザーガ ン射撃でシドニーオリンピックの銅メダリストやさかいな」 「・・・なんかみんなすごいですねえ」 「いっちゃんすごいのは、このひかげ荘の住人をスゥ以外攻略した・・・本物の景太 郎や」 「攻略・・・てゲームとかでよくいう、攻略のことかな」 「そや。最初はみんなして追い出そうとしてたのに、今じゃみんなあいつのもんや。 とはいってもさすがに重婚は犯罪やからなあ」 「・・・みんなできれば結婚するつもりなんだ」 「これまでのところ、あいつはどうもなるをひいきしとる。おそらくなるが1号になる やろうな。そやからうちは2号狙いや」 「・・・スゥちゃんはどうして攻略されなかったのかな」 「うちは某国の重大関係者やさかい。攻略したら国際問題になるさかいな。日本帝国と 母国の間にトラブルは起こしたくないさかい」とスゥ。  ・・・それから、ひかげ荘では深夜まで延々と話が続くのであった。  お茶やジュースを飲みながら・・・           ☆  日本世界(ひなた荘)と帝国世界(ひかげ荘)の歴史の分岐点は、第1次世界大戦のあた りだったようだ。  帝国世界の第1次大戦は西暦1914〜18年なので日本世界と同じだ。  途中で発生したロシア革命の結果、新ロシア帝国(ハバロフスク政府)とソビエト連邦 が成立した。ここで既に違っている。  戦後国際連盟が誕生して、日本帝国は常任理事国となったのである。  南洋の信託統治領についてはまるごとイギリスに譲渡した。日本は元々島だらけの国 であるためもう島はいらないというわけである。  新ロシア帝国は日本に援助を要請。日本は見返りとして領土を要求し、アラスカと樺 太を手に入れた。直後に石油などがたくさん発見され、アラスカは重要になったのであ る。  新ロシア帝国と日本は条約を結ぶ。新ロシアは陸軍中心、日本は海軍中心、両方合わ せれば軍は強力になるという計算である。  1938年、ドイツのフランス侵攻。ここに第2次世界大戦が開始された。  ドイツは直前に独・ソ・ロ・英不可侵条約を締結。ドイツは国際連盟を脱退して、 西へ進軍した。1939年、フランス降伏。フランスは南北に分割された。降伏文書に は、南部を南フランス共和国としての独立の承認。北部のドイツ帝国フランス自治領の 設立と、ドイツ軍の英仏海峡永代通行許可が書かれていた。  フランスに選択の余地はなかった。かくしてドイツは英仏海峡を手に入れた。  日本帝国は、1910年に朝鮮半島を併合しようとしたが、現地民の反発で取りやめ た。やがて中華民国が建国されたものの、各地で軍閥が暗躍して大陸は内戦状態となっ た。日本としては強大な統一中国というのはみたくないので、放っておくことにした。 実は当時の日本政府の財政がかなり悪化していたので戦費が調達しづらいというのが真 相だ。  アラスカ、樺太から石油などがどんどん出るようになり、日本は急速に豊かになって いく。満州への移民にも拒否反応が続出したため、結局取りやめた。  満州国が建国されかけたが皇帝の事故死にともないこれも取りやめた。  以後日本は大陸を離れてアラスカ・樺太の開発に全力を注いだ。  アメリカにとってアジアに進出するには発展する日本は邪魔だった。  日本と闘うことにした。まず、日本からの移民禁止、日本への石油禁輸、資産差し押 さえなどなど。日本は移民禁止についてはしかたないとあきらめた。石油については、 アメリカから輸入していた40パーセントを全部アラスカからに切り替えた。しかもそ の頃、大慶油田が発見されたのでますますアメリカからの輸入はいらなくなった。  資産差し押さえについては、対抗して国内のアメリカ資産を差し押さえる。  そして1939年、フランス降伏後。ついに最後通牒であるハル・ノートが日本に提 示された。日本世界のハル・ノートよりも内容は過激だった。一言でまとめるとこうな る。「日本は天皇制を廃止して、アメリカに領土の半分を割譲せよ」  無茶苦茶である。こんなものが呑めるはずがない。  日本帝国は、単独ではアメリカには勝てないと判断した。なにしろ日本の10倍の国 力があるのだ。そして国際連盟軍が設立された。国際連盟軍は国際連盟加盟国を守るた めの軍である。  当時理事国のうち、イギリスの国内はアイルランドをめぐり内戦状態であった。  南フランス軍はドイツとの戦いでもはやぼろぼろになっていた。  ドイツは脱退。ソ連は病死したスターリンの後継をめぐって内戦中。  というわけで国際連盟軍は唯一健在な日本軍を中心にして編成することになる。  1939年12月、国際連盟軍はアメリカにたいしてハル・ノートの取り下げを要求 したが拒否された。国際連盟安全保証理事会決議1に対する違反として国際連盟軍は、 アメリカ合衆国に宣戦布告。戦いが始まった。日英同盟も復活した。  ハワイは連盟軍があっさり占領して独立を宣言した上に国際連盟に加盟させた。  アメリカ軍太平洋艦隊は西海岸まで後退する。  アメリカはドイツと不可侵条約を結ぶことにした。両面戦争を回避するのだ。  ドイツはフロリダ州の30年間の割譲を要求した。アメリカは受け入れた。  ヒットラー総統は刑務所で凍死しかけた経験から寒いところが大嫌いなので、暖かい フロリダが欲しかったのだ。  南部の住民たちが立ち上がった。内戦、つまり第2次市民戦争の始まりである。  新アメリカ南部連邦は独立を宣言し、国際連盟加盟希望をラジオで放送した。  国際連盟は翌日加盟を承認した。  西海岸に逃げてきたアメリカ太平洋艦隊では、戦艦や空母や基地の中で戦いが始まっ てしまった。たとえばある戦艦では艦長・副長共に南部人であったから、まだ合衆国の カリフォルニア州に向けていきなり攻撃を始めた。他にもまねする艦艇が続出した。  3日後。国際連盟軍がサンディエゴにきたときアメリカ太平洋艦隊にはもはや戦艦・ 空母は残っていなかった。  アメリカの内戦はどんどん激化した。  カナダに逃げる人が続出した。カナダのケベック州では独立をめざす住民投票が行わ れて、50・01パーセントで独立が決定した。翌日独立宣言と国際連盟加盟希望が放 送された。2日後、ケベック共和国加盟が決定した。  そのころイギリスは内戦の中止を決定、英連邦加盟国にたいして国際連盟加盟を要請 したのである。1940年11月、カナダも国際連盟に加盟した。  アメリカは包囲されていた。フロリダ州も南部連邦の実行支配下にある。  ルーズベルトはドイツに救援を求めた。ルーズベルトはベルリンに向かい、そして ドイツ軍につかまった。  ヒットラーは条件を出した。アメリカとドイツの合併である。  ルーズベルトに選択の余地はなかった。ルーズベルトが書類にサインすると、アメリ カ大使がにこやかにルーズベルトに手錠をかけた。国家反逆罪で逮捕されたルーズベル トは本国に送還された。  残りのアメリカ合衆国各州は知事の判断によってすべて独立した。  1940年12月1日。アメリカ合衆国は消滅した。  ドイツは消滅した以上合併は無効になったと宣言。フロリダから兵力を引き上げ。  かくして第2次世界大戦は国際連盟軍の勝利で終わったのである。  1945年、独ソ戦争が始まった。1年にわたる戦いで両国は荒廃した。  ドイツではロンメル元帥がヒットラー総統の死後クーデターで政権を握る。  国際連盟軍は、弱り切ったドイツとソ連に侵攻した。ドイツは4つの国に分割され、 ソ連は8つの国に分割された。  その後、ちいさな戦争はいくつかあったものの、1946年に成立した新国際連盟は 健在である。日本を始めとする10の常任理事国と240の加盟国がある。  日本帝国は帝国とはいえ、政治・軍の最高責任者は首相である。超大国日本帝国の首 相は激務であり、任期は2年になっている。だが途中で倒れる首相は多い。  西暦2000年現在の新日本帝国。人口/約1億5000万人。  領土/アラスカ県、北海道、樺太県、本州、四国、九州、琉球自治領、台湾自治領。  首都/東京市           ☆  帝国暦2660年3月29日。 「・・・そうすると、あいつはそんなにエロエロだったんだね」と景太郎。 「まあそういうことね。最初はちょっと嫌だったけど・・・今では慣れたわ」となる。  事情がわかってからは、景太郎はのんびりと過ごしていた。  こちらのなると「仲良く」しゃべっているようだ。  早く帰りたいのは山々だがそもそもかえる方法がわからない。  とはいえ何もしないのも申し訳ないのでひかげ荘の仕事を手伝っていた。  幸いなことにひなた荘とひかげ荘は名前以外はほぼそっくりである。 「また、電球が切れてるなあ」 「ここって変えたばかりなのに・・・なんでかしら」  二人は電球とはしごを持ってきて作業を始めた。  そして景太郎は再びはしごから・・・           ☆ 「景太郎。もう大丈夫なの」と、なる。 「ああ・・・ここはどこだ」 「あんたの部屋」 「どっちの世界の」 「日本国。神奈川県ひなた市、ひなた荘」 「・・・ただいま」 「おかえりなさい。・・・ひかげ荘はどうだったかしら」 「何というか・・・ひなた荘と似ていたな」 「ふうん。そうなんだ」 「まあね」 「むこうの世界の話、聞きたいな」 「長いぞ」 「かまわないわ。ところでむこうの住人たちとは・・・エロエロな事はしたのかしら」 「・・・ノーコメント」 「・・・したのね、したんでしょ」 「・・・ノーコメントだってば」  景太郎は立ち上がって部屋から出て、走り出す。 「待ちなさい。このエロエロ管理人〜」 「勝手にきめるな〜」 「あいつがエロエロだったからあんたもきっとエロエロに決まってるわ〜」 「決めないでくれ〜」  いつものように走り回る二人であった。 「あの二人、もしかしたら一生ああかもしれへんな〜」と、きつね。 「そうでしょうか」と、しのぶ。 「それにしても、ひかげ荘か・・・一度いってみたいわ」 「行ってどうするんです」 「こっちにはないうまい酒があるかも知れんな。向こうで宴会ゆうのも楽しそうや」           ☆  ひかげ荘。 「スキャナーの計測やとこのあたりに空間のひずみがあるみたいや」と、スゥ。 「ちょうど空中ね」と、なる。 「この通路、封鎖やな」 「封鎖してどうするの」 「使いみちは封鎖してからゆっくり考えるで」 「使いみちっていうと・・・」 「そやな。たとえばうちらがみんなしてひなた荘におしかけるとか」 「押しかけて何するのよ」 「宴会でもするいうのはどうや」 「・・・きつねみたいなこというんじゃないわよ」           ☆  西暦2000年4月1日。景太郎はようやく東京大学に入学した。 -------------------- 2004/2/18-2004/2/19