月は東に日は西にSS/結先生のまるぴんライフ      by BLUESTAR  4月。今日はとってもいい天気である。  蓮美台学園の近くにある中古車販売店は、常時1000台展示が売り物だ。 「結、あなた本当に地上車運転できるの」 「恭子。くどいですよ。それからその地上車といういいかたは禁止です」 「……習慣ていうのはなかなか治らないわね」 「私たちのほんとうの正体がばれたら……」 「はいはい。でもねえ結が車を運転するっていうのがどうも信じられないのよね」 「大丈夫です。ちゃんと免許証も持ってきましたから」 「確認するわ。みせてちょうだい」 「しょうがないですねえ」  野乃原結は、免許証を取り出して友人の仁科恭子に渡す。  氏名、住所、本籍、写真などざっと確認する。  この時代でも未来でも運転免許証が重要なIDカードであることは同じである。 「あれ、結。これって本籍が違ってるんじゃないの」 「それでいいですよ。この時代の住所だとそうなります。これから2回ほど市町村 合併がありますから」と小さな声で。  日本では明治以来大規模な市町村合併が何度も行われている。  ちなみに「今」の日本の市町村は約3000である。 「そっか。そこまで気を配る必要があるのね」  広い野外の展示場を半周ほどした頃、結はようやく気に入った車をみつけた。  それでも念の為にと残りの半周もちゃんと見て回る。 「結。全部見ちゃったわよ」 「決めました。あの車にします」  結はすたすたと奥へ向かう。 「あなたが車を買われるんですか」  若い男の店員は結に向かってたずねる。どうみても子供にしか見えないからだ。 「そうですよ」にこにことしている結。 「ちゃんと免許をお持ちですか」 「もちろんです」結は免許証を渡す。 「……はいわかりました。それではさっそく契約とまいりましょう」  そういって店員は書類をテーブルに広げた。 「店員さん、質問です」 「はいどうぞ」 「この勤務先なんですけど、今月から勤めるところをかけばいいんでしょうか」 「なんだか妙な質問ですねえ。まあそれでいいですよ」 「わかりました。それでは」  結は勤務先の欄を埋めていく。 「蓮美台学園というと……もしかして教師なんですか」 「はいそうですよ」 「科目は何ですか」 「古典です」 「なんかイメージがしっくりこないような」 「私もそう思うわ」と恭子。 「恭子っ。あなたというひとは……」 「それにしても今の学生どもはいいなあ」 「何がいいのかしら」と恭子。 「俺の高校時代にはこんなかわいい先生いませんでしたから」  支払いは長期の分割払い。車はまるくてまるまるとした車だった。  車検はまだ切れておらず、蓮美ナンバーのナンバープレートもついていた。  ただ、長期間展示されていたためかかなり車体が汚れているようだ。  結はさっそく乗って帰ることにした。 「それではこの車を、……まるぴんと命名しますっ」 「結、あんたね。なんでも名前をつけるその癖、やめなさいって」 「これは私の車です。恭子の車ではありません」  恭子は溜め息をついた。確かにその通りだからだ。 「さあそれでは出発です〜ていきんぐおふ、です」  テイキングオフは自動車にたいして使うには不適切な単語なのはわかっているが、 今日の気分にはぴったりである、と結は判断した。  数日後の夜。学園の時計塔にある秘密の時空転移装置室。いつものごとく野乃原結 「先生」と仁科恭子「先生」はコーヒーブレイクをしていた。  野乃原結先生は、蓮美台学園の新任の古典の教師である。そして2年B組の担任、 天文部の顧問となった。  仁科恭子先生は、昨年から学園の養護教諭、つまり保健室の先生にして、園芸部の 顧問。 「未来では地上車なんてマニアしか使ってなかったからねえ」  煎餅を食べながら恭子先生は言う。 「そうですね。未来では確かにエアカーが主流でしたから」  プリンをまたひとつ空にした結先生が答える。 「私は父さんが地上車持ってたから時々乗ってたのよ」 「そうなんですか」 「まさかそれが過去で役に立つとはね」 「でも地上車だけだと不便だったのでは」 「結。うちは結構金持ちだったから車たくさんあったのよ」 「それは初めて聞きました」 「考えてみれば私たち友人なのに意外とお互いのこと知らないのよね」 「そういえばそうかもですね」  オペレーション・サンクチュアリが始まって以来、実に長い年月が経っている。  二人はメンバーの中では年齢が近いこともあってすぐ仲良くなっていた。 「この時代だとまだガソリンスタンドの時代なのよね」 「そうですね。この間もうっかりエネルギースタンドっていいそうになりましたし」  未来では自動車は電気、水素、メタノールで動くものが多い。そのため車の燃料補給 場所については、国内ではエネルギースタンドとかエネスタとか呼ばれていた。 「私しかいなかったからよかったけど。気をつけてね結、先生」 「はい。それにしても日本ではまだセルフスタンドが普及していないんですね」  この時代でも欧米ではセルフスタンドは普及しているが、日本では本格的に普及する のは、もう少し後の時代である。 「蓮美市だと学園の近くにはないもんねえ」 「早く普及して欲しいですね。セルフのほうが料金は安いですから」  放課後のカフェテリア。  いわゆる天文席では天文部の3人がいつものように雑談していた。 「こんにちは」 「結先生、久しぶりですね〜」と美琴。 「毎日会ってるじゃないですか」  結先生は天文部の3人のクラス担任でもある。当然毎日出欠を取る。 「美琴がいいたいのは、部活に来るのが久しぶりってことだろ」と久住。 「大当たり〜」 「本当にすいません。なにしろ会議とかでいろいろ忙しくて」  つい頭を下げてしまう結先生である。 「本当、先生って大変な仕事みたいですね。保奈美のやつ本当にこんな大変な仕事する つもりなのかな」 「藤枝さん、教師志望なんですか」 「ええ。おれとしては料理人のほうがいいと思うけどなあ」 「同感だね、久住くん。藤枝さんの料理って本当においしいもの」  力を込めて美琴が言う。 「すっかり餌づけされてないか」 「それをいうなら久住くんと部長さんはとっくに餌づけされてませんか」 「否定できないな」と広瀬部長。 「否定できない自分が悲しいな」と久住。  雑談なので話はとりとめもなく続く。しばらくして、 「そういえば結先生の車ってまるぴんって名前なんですね」と久住。 「ええそうですよ」 「なぜまるぴんなんですか」 「ええと……まるぴんだからまるぴんなんですよ」 「結先生、それじゃ意味不明です」と美琴。 「だからなんでも名前をつけるのはやめなさいって言ったのに」  と口をはさむ恭子先生。 「名前をつけるのはとてもいいことですよ」 「久住。野乃原先生ったらこういう調子でなんでも名前をつけるの。反論してやって」 「仁科先生。おれは自分の自転車に世界タービン号て名前をつけてますが」  首を振りつつ答える直樹。 「く〜ずみ〜、この裏切り者っ」 「まあまあ。そういえば仁科先生もよかったら車を買われたらいかがですか。まるぴん を使ったりしないで」 「仁科先生も車の免許持ってるんですか」とたずねる美琴。 「そりゃもちろん。そもそも車の免許は大人ならたいていみんな持ってるわよ」 「いいなあ。私も免許取ろうかなあ」と美琴。 「18歳にならないとだめですよ、天ヶ崎先輩」と通りがかった茉理が言う。 「なんでなの」 「法律でそう決まってますから」 「わたしまだ16歳だよ〜」  美琴の誕生日は来月でそれでもまだ17歳である。厳密に計算すると実はマイナスに なってしまうのだが。実は美琴の「本当の生年月日」は未来の日付だから。 「そもそも蓮華寮から学園は近いから車なんていらないでしょう」と茉理。  徒歩10分もかからないのだから確かにいらないだろう。 「……すいません」 「どうして結先生がそこで謝るの」 「茉理、結先生は蓮華寮に住んでいてしかも時々車通勤してるんだ」と久住。 「あの、結先生。今の台詞は聞かなかったことにしてくださいませんか」 「し・ぶ・が・き・さん」 「ご、ごめんなさい結先生」と頭を下げる茉理。 「わかればいいんですよ」  結先生の愛車がまるぴんという名前がつけられていることは、既に全校的に知られて いた。実は車に名前をつけるというのはそれほど珍しい行為ではない。  例えば、白いMR2に「ミスター」という名前をつけた女の子が主役のマンガもある し、黄色いMR2に「パトリック」という名前をつけた眼鏡をかけた女子大生が主役の マンガもある。  21年後。 「それじゃドライブに行ってきます」  150センチくらいの若い少女がまるぴんの運転席からそう言う。  まるぴんは、前に向かって進んでいき、やがて見えなくなった。 「いいのか、結」  腕を組んだまま久住直樹は確認する。 「免許を取ったらまるぴんを使ってもいいというのは娘との以前からの約束です」 「そうか。それなら仕方ないな」 「まるぴんを買ってからもうずいぶんになります。時の流れは早いものです」 「ああそうだな」 「最近はさすがにくたびれてきたみたいですけどまだまだ大丈夫ですよね」 「この間も修理してたよな。工場の人が部品が取り寄せだってぼやいてたぞ」 「いいじゃないですか。それに直樹さんはまるぴん、嫌いですか」 「嫌いなわけないだろ」 「そうですよね。いろいろありましたけど、わたしやっぱり幸せだと思いますよ。愛す る直樹さんと一緒で、娘とまるぴんがいて」 「それをいうならおれも幸せだな。愛する結と娘とまるぴんと宇宙タービン号がいて」  宇宙タービン号というのは直樹の愛車で、軽自動車である。  直樹は車にはあまり興味はないので安いのでいいやと買ったらしい。二人の勤務先の 方向がまるで違うのでどうしても車は2台必要だった。 「さてと、結、今日の予定は」 「特にありませんよ」 「では、宇宙タービン号でデートに行くか」 「はいっ」 「何か食べたいものは……ってやっぱりプリンかな」 「もちろんです」                               Fin. -------------------- 2004/4/11-4/13                あとがき  結先生の愛車まるぴんの話です。  はにはにSSをネットでいろいろ読みましたけど、まるぴんな話はみかけなかった しねえ^^;。  免許証については、住所とかも出すべきか迷いましたが、はにはに自体細かい地名 がほとんど出てこない上に、年代が相対指定なので伏せ字だらけにせざるを得ない のでやめました。  住所は「○○県蓮美市蓮美台○○○○」  生年月日は「昭和○○年1月4日」  有効期限は「平成○○年2月4日まで有効」  ・・・これじゃあねえ(笑)  まるぴんの画像についてはゲーム本編ではカットインCGしかないようで、どんな 車なのかさっぱりさっぱりわかりません。結先生でも足が届くから多分コンパクトカ ーか軽自動車だろうと推測してみました。  後部座席があるからMR2でないことだけは確実ですけど(爆)。  エネルギースタンドは筆者の造語です。ガソリン以外のものがあるのにガソリンス タンドというのも変だしねえ。  一応未来の車については、昔読んだ「SUPER NOVA」シリーズ(ハヤカワ文庫Hi!)みた いなかんじでイメージしてみました。つまり、水素自動車が普通で、電気自動車やガ ソリン車は時代遅れということになります。  セルフスタンドについては、筆者の家の近くにも2つくらいありますけど行くのが ちょっと面倒な所ので使ってません。欧米ではわりと普通にあるんですけどねえ。  「ミスター」は「オーバーレブ」というマンガの主人公の車です。  「パトリック」は「ブルヴァール」というマンガの主人公の車です。  私の知人には「ブルヴァール」にはまって実際にMR2を買ってしまった人が約2 名います。  宇宙タービン号については、これは安直に「世界」の次ならやっぱ宇宙だろうと いう安直なねーみんぐですね(笑)  ラスト。結先生ならずっとずっとまるぴんに乗っていそうなきがします。  ということでああいうラストになりました。  私自身は自分の車(トヨタのプラッツ、青)には「シュナーナ」と名づけています。  車をお持ちのかた、名前をつけてみませんか??(爆)  ではでは〜 by BLUESTAR(A.D.2004/4/13)