夜明け前より瑠璃色なSS/       「満弦ヶ崎ドキュメンタリーアワー」by BLUESTAR 「それなら月博物館はどうでしょう」  遠山翠はそう提案した。 「なるほど。確かにいいかもしれんな、遠山」  日本州満弦ヶ崎中央連絡港市、満弦ヶ崎テレビ(MTV)本社ビル。  会議室のテーブルの反対側にすわる中年男性がそういった。 「ディレクターさんにそういってもらえるとなによりです」 「俺もこの業界長いが、月博物館の番組はみた記憶がないしな」 「えっ。そうなんですか」 「まあな。まあ無理もないが。なにしろ月と地球の関係は昔より改善されたとはいえ 今でも微妙だからな。下手な番組を作ると国際問題になりかねん」 「それは確かにいえてますねえ」 「ところで遠山、月博物館の取材はどこに申し込めばいいのかわかるか」 「・・・そうですねえ。おそらく大使館かなあとは思いますけど」 「大使館か。それでは申し込みは遠山、やっといてくれ」 「いいんですかディレクターさん」 「俺もプロデューサーも忙しいからな。できることはなるべく遠山がやってくれ」 「わかりました。それじゃそういうことでどんどんいきますよ」  その後、次回の会議開催日を決めて会議は終了した。  満弦ヶ崎テレビの特別番組「満弦ヶ崎ドキュメンタリーアワー」第一回は、司会 担当の遠山翠の提案により、月博物館を取材することになったのだ。  会議後。さっそく翠は大使館に電話した。電話に出たのはカレン・グラヴィウス公使 兼駐在武官。カレンは博物館の取材申し込みなら博物館に直接申し込んでかまわない といった。というわけで。 「はい。お電話変わりました。博物館館長代理の穂積さやかです」 「満弦ヶ崎テレビの遠山です。取材を申し込みたいのですが」 「・・・本当ですか。ありがとうございます。それでは具体的にはどのような番組を」 「実のところ細かいことはきまっていません。ドキュメンタリーで、来月1日放映予定、 1時間番組ということになります」 「ということは取材は今月中ですよね」 「はいそうなります」  ・・・かくして電話でしばらく打ち合わせを行ったのであった。 「・・・というわけで、明後日に番組の取材があるの」とさやか。  夜21時過ぎ。トラットリア左門の閉店後の賄い。 「へえすごいんだ。しかも遠山先輩が司会なんだよね」と麻衣。 「ええそうよ。麻衣ちゃんも見にこない」 「ごめん。明後日は予定が入ってる。朝から遠くにでかけるからいないの」 「あらあら。それじゃしょうがないわね。達哉くんはどうかしら」 「俺はいくよ。実はさっき、遠山からメールが届いてさ。親友の晴れ舞台なんだから 見に来なさいってかいてあったから」 「達哉くん。そういえば遠山さんとはどのくらいなかよしなのかな」と仁。 「親友というのはあながち間違ってませんしね」 「それだけかな。若手の人気アナウンサー遠山翠との関係は」 「ええ。そもそも俺にはエステルさんがいるんですから」 「・・・そうだったね。よしそれなら僕がねらうとしようかね」  取材の日。  満弦ヶ崎テレビのロゴが入った複数の車が月博物館の駐車場に入っていた。  今日の博物館は開館日だが、今の時期は客が少ないので静かなものである。 「こんにちは遠山さん。テレビでよくみてるわよ」 「ええっそうなんですか」 「なにしろ達哉くんも麻衣ちゃんも遠山さんの番組はしっかり見入ってるしね」 「ははは。そういうことですか」 「ええ」 「なんだ、遠山。知り合いなのか」 「ええまあ。学院時代からの友人の姉・・・でいいんでしたっけ」 「正確には私は達哉くんの従姉妹なんだけど、達哉くんは姉さんと呼ぶから、まあ 間違いではないわね」 「それでは紹介します。こちらが、月王立博物館館長代理の穂積さやかさん。希少な 月留学経験者で、月王室・連邦大統領府両方から信頼されているという珍しい人物 です。みてわかると思いますけど、日本州人です」 「月の博物館なのに地球人が館長代理とはすごいですな」とディレクター。 「月と地球の両方から信頼というのはすごいですな」とプロデューサー。 「こちらが、この番組のプロデューサーである秋田とディレクターの春田です」  秋田と春田がお辞儀をした。さやかもそれに返す。  そこへノックの音。 「どうぞ」とさやか。 「失礼する。遅れて申しわけない」  そこへ二人の女性が入ってきた。 「それでは次にゲストのご紹介です。こちらが、月スフィア王国公使兼駐在武官のカレン ・グラヴィウスさんです。今回の取材における月王室の代理人といった立場です」  カレンが深くお辞儀をする。 「こちらは番組のゲストとしてお招きしました、月の教団、満弦ヶ崎礼拝堂の司祭、エ ステル・フリージアさんです」  エステルが軽く頭を下げる。 「遠山。こちらの司祭さんは・・・本物かね」 「もちろん本物です。地球の宗教では若くて美しい美女司祭なんてまずいませんからそう いう疑問を抱くのはわかりますけどね。エステルさんは本物の司祭です。年齢は私のひと つ上ですけど、若くて聡明でしかも画面映えがしますしね」 「ひとつ上・・・ほほう。確かに若いが。・・・待て遠山、なぜそこまで知っている」 「まあ長いつきあいですから」 「・・・確かにそうですわね」 「それじゃ、ディレクターさん。最終打ち合わせを始めましょう」  やがて番組の収録が始まった。  司会の遠山翠が、博物館の入り口から、20年以上前に建設された博物館誕生について 語る。  中に入ると、館長代理の穂積さやかが登場。  以後、翠がさやかと話しながら館内の展示を見ていく。  グレゴリオ暦1969年のアポロ11号の月面着陸についての展示。  当時の大国だった旧アメリカと旧ソビエトの宇宙開発競争について語られる。  アポロ11号の着陸シーンについては当時のオリジナルの映像がオイディプス戦争に よって失われているため、コンピューター・グラフィックスによる再現映像である。  月スフィア王国の建国と発展の歴史も淡々と紹介される。  教団について言及したところでタイミングよく、エステルが登場して教団の歴史につ いて説明される。  月と地球の全面戦争、オイディプス戦争についての展示。  展示コーナーが巨大なわりに展示物がほとんどない。当時の貴重な映像、武器の模型、 通信機などなど。  戦争によって文明が崩壊したために当時のものがほとんど残っていないのだ。  戦時から伝承とされるいくつかの話を紹介。その中にはフィアッカ・マルグリットと いう人物についての伝承もある。  博物館の出口。  翠は、かつて学院時代の礼拝堂見学について語る。  そして、最後に翠がさやかに礼をのべて博物館を後にする。  収録終了。  朝から始まった収録が終わったときには夕方になっていた。 「今日はありがとうございました」と翠が頭をさげる。 「これだけ長い時間収録して、オンエアは1時間ということはかなり編集でカットす るのね」とさやか。 「私はこういうのまだまだ経験があれなので。先輩のアナウンサーだったらもっと てきぱき収録できるでしょうし。まだまだ私も精進しないとだめですね」 「さすが遠山は向上心があるな」と達哉。 「この業界、惰性で流されるとあっというまに転落するからねえ。にはは」  番組はじっくりと編集されて完成された。  完成版を納めた業務用ディスクは月博物館に持ち込まれて、カレンが最終チェックを 行った。  特に問題はないとされた業務用ディスクが大使館で満弦ヶ崎テレビのスタッフに手渡 されたのは放映の前日だった。  そして番組放映の日。  夜23時30分からのローカル番組として「満弦ヶ崎ドキュメンタリーアワー」が 始まった。  番組のオープニングテーマは静かな落ち着いた雰囲気のインストゥルメンタルで「 満弦ヶ崎の海風」。作曲は世界的音楽家である翠の両親である。 「・・・さて、本日は月王立博物館に来ています。地元に住んでいても来たことがない 人が多いらしいのよね。私はここには何度かきていますけどね」 「穂積さん。当時のアメリカというのはどんな国だったんでしょう」 「当時は、第2次地球大戦の後ね。アメリカは自由主義陣営の盟主で軍事的にも経済的 にもすごかったの。ただし、宇宙開発だけはソ連に負けていたのよね」 「そこでソ連に勝つために宇宙開発に力を入れたわけですね」 「ええそういうこと。なんといっても月にかんしてはケネディ大統領の影響が大きいわね」 「60年代のうちに、という目標を掲げたわけですね」 「ええそう。目標通りに60年代のうちに月面到達は果たしたけど一番喜ぶべきケネディ 大統領はすでに暗殺されていたのよね」 「それはまた悲しい話ですね」 「ええ。当時のニューヨークの空港のうち1つがその後ケネディ空港に改名されて、そ の後オイディプス戦争の時代までずっと運用されていたそうよ。それだけ旧アメリカの 人にとって忘れがたい大統領だったんでしょうね」 「アメリカの国旗は時代ごとにデザインがかわってますけど、1969年の国旗は、ど ういうものでしょうか」 「中世の2045年まではアメリカは50州でした。ですからこの、星が50個ついた ものがそうですね」 「・・・うわあ。なんというか複雑な国旗ですね」 「このあともっと複雑になりますけどね。結局地球連邦発足時にはアメリカの国旗の星 の数は105もありましたからね」 「・・・ということは教団というのは月の社会にとって非常に重要なわけですね、フリ ージア司祭」 「ええその通りです。私は教団の仕事に誇りを持っています」 「自分の仕事に誇りを持てるのはすばらしいと思いますよ」 「・・・私はかつて学院時代にクラスメートと共に、満弦ヶ崎礼拝堂の見学をしました。 礼拝堂は静かで荘厳な建物でした。しかしなんといっても印象深かったのは、案内をし てくれた司祭さんでした。その司祭さんというのはエステルさんだったわけですが。  月と地球の間にはまだまだ心理的に大きな距離があるんだなと私は思いました。 ・・・さて当時のクラスメートだった朝霧くん、エステルさんは当時はどんな風だったか 覚えているかしら」 「よく覚えています。見学会の打ち合わせではよく議論したものです。当時はとげとげし かったですからね。今はだいぶ・・・まるくなったように思います」 「同じくクラスメートだった鷹見沢菜月さん、いかがですか」 「確かにその通りですね。しかも昔より美しくなったようにみえます」  画面下にスタッフ・クレジットのテロップが流れている・・・  コマーシャルが終わる。 「それではそろそろお別れの時間です。みなさんも月博物館に是非どうぞ。・・・それ で、博物館館長である、フィーナ・ファム・アーシュライト王女からのメッセージをど うぞ」 「博物館館長、フィーナ・ファム・アーシュライトです。館長といっても名前ばかりで 実際の博物館の運営は館長代理の穂積さやかに任せっきりです。博物館にはいろんなも のがあります。月と地球の両方の教科書では、歴史認識も食い違っています。  月と地球のあの戦争から約700年、両者の関係はまだまだ疎遠です。ひとりでも多 くの人が博物館にくることを願っています。月と地球の関係のさらなる発展を願います。 もちろん願うだけではだめですね。さしあたっては、私ももっと地球へ訪問したいと 考えています。地球の政府ももっと月人を招いてくださればよいのですが。それでは 月王立博物館をよろしくお願いします」  最後のフィーナからのメッセージについては、さやかをはじめとして出演者には知ら されていなかったため放映を自宅でみた、さやかたちは驚嘆した。  さて。この番組は、好評であったため、その後再放映された。  2ヶ月後には日本州全体ネットで放映されて、高い視聴率を獲得。  放映から3ヶ月後には、ディスクで販売されてまたたくまに10万枚を売り上げる。  そしてアメリカ州のテレビネットワークが放映権を購入して、全米ネットで放映された。  このテレビネットワークは、有名動画サイトに専用チャネルを持っており、そこにも アップロードされた、・・・つまり全地球で番組が視聴可能となったのである。  中でも注目されたのが、エステル・フリージア司祭だった。  実は地球のメディアに月の教団の司祭が出演するのはなんと10年ぶりだったのである。  そして月博物館の入場者と礼拝堂見学者は急増した。  礼拝堂にいるのは基本的にはエステルひとりである。リースはふらりと出かけていな いことが多いので、礼拝堂の仕事は基本的にエステルひとりのものなのである。もちろん 恋人である達哉は手伝っているが、それでもなお大変なのであった。  地球のメディアや雑誌などからの取材の申し込みもまいこんだが、それらを受けられ る状態ではなかった。そもそも満弦ヶ崎礼拝堂にはあまりお金がない。なにしろエアコン すらないのだ。10月でもかなり暑い満弦ヶ崎中央連絡港市ではこれはきつい。  礼拝堂には月と直接交信可能な通信機が1台あるがこれとてかなり旧式のものだ。  多忙なエステルをみかねたカレンが、エステルへの取材申し込みの窓口を大使館にする ことを公表したためその後は申し込みは減少したようだが。 「久しぶりね、遠山さん」  放映から1年が過ぎた。礼拝堂に翠がやってきた。 「そういえばエステルさん、すっかり有名になっちゃったね」 「あの番組に出た結果がいまの状況です。後悔しています」 「まあ人生なんてそんなもんだよ。私なんかよく後悔して始末書書いてるしね」 「いいんですか、そんなことで」 「あんましよくないかな。でもエステルさんが有名になったことで教団の信者がかなり 増えたわけだし」 「それはそうですが。今じゃ地球支部には10万人もいます」 「それはいいことよね」 「さあどうでしょうか」 「・・・それでね今日きた要件なんだけど、ドキュメンタリーアワーで礼拝堂を取材する ことにしたから。もちろんエステルさんが全編出ずっぱりになるから」 「・・・本気なんですか」 「もちろん。・・・いやあ実をいうと局に礼拝堂を取材してくれって、手紙やメールで リクエストがかなりたくさんきててさ。まあそういうこと」 「そういうことならしかたありませんね」 ------------------------------ 2009/3/12-3/13            あとがき  「夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle」は、アフターストーリー集でしたねえ。  しかもなぜか新キャラがいたりしてねえ。  さて。この話はテレビ番組という形で博物館を紹介する内容です。  翠が活躍してますけど実はエステルルートです(爆)  「夜明けなMC」では「MTV」と言う単語がちゃんと画面にあるので、普通に考えれば これは満弦ヶ崎テレビの略だろうと判断しました。なにしろ遠い未来なので、ミュージッ ク・テレビジョンでも三重テレビでもないだろうと思いまして。  アメリカの国旗の星の数については特に設定とかはないですね。  一応遠い未来なので増やしてあります。  新スタートレックでは確か星が52個という話があったような・・・。  有名動画サイト。まあインターネットの掲示版とかブログとかはあるので動画サイトも あるだろうと。「夜明けな」は21世紀じゃないので「星虫年代記」のように某ユーチ ューブとか固有名詞をかくわけにもいかず・・・^^;  「夜明けな」は年代がかなり遠未来なのですが、文化レベルは21世紀とあんまりか わらないというのもなんだかなぁというきもしますけど。  ではでは。 by BLUESTAR 2009/3/13