月は東に日は西に - Operation Sanctuary - SS/       「踊る国連総会」by BLUESTAR    「どうやら私の命もあんまり長くなさそうね。もしも、人類がマルバスを克服    することができたら、国際連合を存続させてちょうだい。国連は地球のほとん    どの国家が加盟している組織なんだから。そして、二度とウイルスによって人    類のほとんどが死ぬような事態を防ぐために全加盟国、いいえ全人類がひとつ    にまとまることを希望します。そのために国連は役に立つかもしれません。     ……みんな、国連を頼んだわよ」     マルバス襲来時の国連事務総長、ウォン・メイリンがネットにアップロード    した最後のメッセージ。後の調査でこのメッセージをアップロードした1時間    後に彼女が死亡したことが判明した。     グレーター・ニューヨークを含むアメリカ東部は甲種マルバスによってあっけ    なく壊滅していた。  蓮美台学園理事長室。理事長、恭子先生、結先生がそこにいた。 「みなさん、なんかぼーっとしてますね」 「こんにちは、藤枝。その通りよ」と恭子先生。 「何かあったんですか」と直樹。 「明日、国連総会なのよ。私と結も出席するから。それでね」 「国連総会ですか。すごいですね」と保奈美。 「いくらすごくてもああいうとこは私好きじゃないのよねえ」 「それは私だってそうですよ」と結先生。 「でも。出ないわけにいかないのよねえ。だからぼーっとね」 「そうそう。私なんてただの技術者なんですよ。時空転移装置の理論についてはかなり あいまいな部分もあるので何話したらいいのか」 「私は、マルバスのワクチンの開発過程をざっと報告するつもり。橘からは名前を出さ ないでくれって頼まれてるのよね。あの子目立ちたくないのよね」 「私だって目立ちたくないですよ。そもそも時空転移装置は日本政府の極秘研究だから 一応国家機密なんですよ。そんなものどう報告しろというんですかっ」 「結先生。適当に話してごまかすというのは」と直樹。 「やっぱそれしかないですよねえ。はぁぁ」  翌日。恭子先生と結先生は時空転移装置で100年後へ移動した。  21××年。日本国蓮美市、蓮美国際センター。  蓮美港のそばに位置するこのセンターは2085年に改築されたものである。  マルバス後初の国連総会は、ここで開かれる。  この時代でも国連本部はニューヨークだし、ヨーロッパ本部はジュネーヴである。  それにもかかわらず開催地が蓮美市になったのはもちろんマルバスが原因だった。  マルバスによって地球のかなりの地域で人類の90パーセント以上の死者が出た。  あまりにも数が多すぎたこと、残された人々は生きるのに精一杯。  そんなわけで地球上の大都市はほとんどが放置というか放棄。  いまとなっては、都市機能を維持している都市はごくわずかである。  ニューヨークもジュネーヴも甲種マルバスの直撃を受けていた。どちらの都市も放棄 都市であるからそんなところでは開けない。結局、人類を救ったオペレーション・サン クチュアリの本部がある蓮美市に決まったのである。 「事務総長を決めるだけでまる一日かかったわね」  国際センターそばのホテル内の喫茶店。恭子先生はコーヒー片手にあきれていた。 「そうですねえ。まあしかたないですよ。なにしろマルバスで政府はみんな消滅してま すから。今回の参加国はどこもみんな臨時政府なわけですし」  プリンを食べながら答える結先生。 「マルバス以前の国連加盟国は245。今回の参加国がたったの32とはねえ」 「無人になってしまった国も多いですからね」 「日本はたくさん人が残ってるほうなのよねえ」  資料の数字を携帯端末で確かめる恭子先生。  21世紀と違って資料はほとんどが電子化されているのだ。 「そうはいっても、生き残った人類が推定1億以下とは……ひどいものです」 「後進国や宇宙には連絡うまくとれてないからねえ」  二日目。  マルバスによって国連は長期間にわたって機能停止状態にあった。  そのために、非常任理事国の任期がとっくに切れていたままだったため、新しい非常 任理事国を選ぶことになった。  ちなみに常任理事国は5カ国だが非常任理事国は2070年に10から15に増加し ている。それが決まるころには夕方になっていた。  三日目。  最新情勢のレポート。ということでマルバスについての報告と、世界各国の現状が報 告された。  そして三日目の夕方。オペレーション・サンクチュアリを代表して、結先生と恭子先 生の講演が行われた。 「……というわけで、不完全ながらも時空転移装置は稼働しつづけました。転移につ いては、座標がずれることもありましたし、先ほど説明したように100年前の現地人 を行方不明になってしまいました。もし、時空転移装置がなかったら……人類の未来は おそらくなかったでしょう。今頃は私も恭子もマルバスに感染して人類の最期を直視す ることになったかもしれません。そうならなくて幸いでした」  結先生の講演はすべて英語で行われた。元々頭も良く記憶力もよい結先生は英語の読 み書きは得意なのである。ただし聞き取りはさすがに苦手なのだが。 「……いろいろあったものの、ワクチンを開発できてほっとしました。嫌な宿題をやっ と片づけることができた、そんな気分です。ところで実は日本の医師法では、医師免許 を持たないものが医療行為を行うことは違法です。私のしたことはやはり違法だと思い ます。だから覚悟はしていたんです。でも日本臨時政府は、私のワクチン開発について は、超法規的処置で罪を不問にすると通達してきました。正直いってほっとしまし た。正直にいって私はウイルスの研究はもうこりごりです。そう思います」  恭子先生の講演は日本語で行われたが会場ではもちろん英語などに翻訳されていた。 「今日のお二人の講演はなかなかのものでしたよ」  講演の後、山崎日本臨時政府代表が二人に話しかけた。中年の小太りな男性だ。 「そうですか、ありがとうございます」と結先生が答えた。 「ありがとう。あんなに外国人の前で講演なんて始めてだから緊張したわ」  ほっとした表情の恭子先生である。 「ところで、もうお帰りになられると聞きましたが」 「まさか3日めになるとは思わなかったから、今頃100年前で理事長が心配してます よねえ、恭子」 「そうね結。100年前に映話やメールを送ることもできないしねえ」 「……お二人はすっかり向こうの時代の人間になりつつありますな」 「そうかもしれませんね。100年前は原始的で野蛮ですけど、でも、人がたくさん いて、おいしいものがあって、いいところですよ」  とにっこり笑う結先生。 「100年前というと、世界人口は約60億。日本がまだ1億人以上でしたか。あの ころは日本にとってまさに黄金時代ですね」 「そうね。平和で豊かで、あの時代ならまだ地球温暖化や酸性雨もそれほどひどくな いから。まあ政治的にはちょっとあれだけどね」  ほほえみを返す恭子先生。 「100年前ならまだ蓮美海岸の大堤防はまだ建設前。さぞかしいい眺めでしょう」 「ええ。それはもうとってもすばらしいものです」と結。  地球温暖化による海面上昇に伴い標高の低かった島国は水没したところもあった。  そして地球の海岸の多くは今や堤防だらけだった。経済的に余裕のなかった小さな国 では堤防のを建設を断念し、海岸地域を放棄した国もあった。 「それではお元気で」  そして、二人は21世紀の蓮美台学園に「戻ってきた」ようだ。  いつものように理事長室でコーヒーを飲んでいる。 「あの、国連総会の結果について聞いてもいいですか」 「なあに藤枝。そんなに未来のことを聞きたいわけ」  新しいコーヒーをカップに注ぐ恭子先生。 「100年後ですから今とは色々違うんですよね」 「そうでもありません。いざという時にはあんまり役に立たないところはこの時代と一 緒です。それに大国の論理がまかり通りますしね」  プリンを食べている結先生だ。 「結果については、結、説明して〜」 「はいはい。えっと、国連は今後、人類復興のためにより協力しあう必要があるという 結論にいたりました。人類の絶対数が大幅に減少した今、人類はひとつになるべきだと いうことになりました。将来的には国際連合を改組して地球連邦の設立をめざすことに なります。とりあえず、マルバスによって旧来の秩序が崩壊したこともあり、新国際 連合つまりニュー・ユナイテッド・ネイションズとしては、国連憲章の大幅改正を行う ことになりました。人類はマルバスに対して滅亡はしなかったものの敗北したと判断し それゆえに、過去にこだわりすぎるべきではないと結論しました。それゆえ旧敵国条項 は削除されました。常任理事国の拒否権も廃止されました」 「……敵国条項がやっと削除されたんですか。よく削除できましたね」  保奈美は驚いた。 「やっと。確かにその通りです。第2次世界大戦から1世紀半。長かったです。最後 まで反対していた中華連邦が拒否権を発動しなかったんです」 「中華連邦って今の中国ですか」 「中華連邦は、この時代でいいますと、EUの中国版、のようなものです。実際はいろ いろともうちょっと複雑なんですけどね」  3年後。  久々に学園を訪れた直樹と保奈美は理事長室を訪ねた。 「こんにちは」と保奈美が声をかけた。 「あらいらっしゃい。久住夫妻」 「元気そうですね、恭子先生は」 「まあねえ。マルバスのワクチン作りで苦闘していた日々はいまや追憶の彼方よ」 「ところで結先生は」と直樹。 「装置を改良してるわよ。あれじゃ教師というよりマッド・サイエンティストね」 「結先生なら、プリン・サイエンティストとよぶべきではないでしょうか」 「いうようになったわねえ、藤枝・・・じゃないんだっけ。なんてよべばいいかしら」 「保奈美とよんでくださればいいですよ」 「了解っと」  そこへ結先生が部屋の奥の扉から現れる。 「いらっしゃいです。二人とも仲良くやってますか」 「はい」と保奈美。 「いいですねえ。私も結婚してみたいですねえ」 「あてはあるんですか」 「のーこめんと、です」 「なおくん、これ以上つっこんじゃだめよ」 「わかったよ。ところで、その手に持ってる書類は何ですか」 「久住夫妻ならみせてもいいですね。はいどうぞ」  国連時空局、局員募集と見出しがあり、その下に小さな字で応募要項がつづってあ った。 「国連時空局、ってそんなのあるんですか」と直樹がつっこむ。 「これからつくるんです。実は国連安保理で時空転移装置は今後国連管理になったん です。そこで国連時空局という組織を設置するそうです」 「ちなみに初代局長は結よ。どう、二人も局員にならない」 「俺たちが局員ですか。いいのかなあ」 「国連時空局の本部は22世紀の蓮美市におきます。久住夫妻には21世紀支部に所属 してもらうことになりますけど」 「わたしたちなんかでいいんですか、結先生」 「かまいませんよ。どうでしょうか。給料もはずみますよ〜」 「どのくらいでしょうか」 「そのあたりはこれからきめる予定です」 「あの、結先生。国連の局員ということは国際公務員ですよね」と保奈美。 「もちろんです」  ……結局、二人は局員になることを承諾した。  こののち、時空転移装置を使って22世紀から21世紀へ逃亡しようとした犯罪者 を捕まえたり、29世紀からの侵略者たちと闘ったり、19世紀からタイムスリップ したきた軍人を元の時代に送り返したり、国連時空局はいろいろと事件に直面するこ とになるのだった。 --------------------- 2004/11/11--2004/11/30           あとがき  今回は国連の話です。  世界を救ったオペレーション・サンクチュアリのスタッフなら講演とかもあるか なっと。  ウォン事務総長は一応中国系カナダ人という設定です。(ここにかいてどーする^^;)  未来ということで、国連加盟国が増えています。  ちなみに現実の国連加盟国は191です。  国が分裂したりとか独立したりとかいろいろあったということで。  携帯端末については、パームワン社他の出してるハンドヘルドのパームみたいなもの だとおもってください。  そういうのは現代日本ではPDAといういいかたするみたいだけど、国際的にはハン ドヘルドといういいかただったりしますし・・・むう。  旧敵国条項が100年後でも残っていたというのはちょっとあれかなというきもする けど、実際よほどのことがないと旧敵国条項の削除はむりっぽいし。  100年後ということでそれっぽい設定をならべてみました。  海面上昇で大堤防というのは、「星のパイロット」シリーズに出てくるカリフォニア の海岸の堤防をイメージしてみました。  未来の国連が今とあんましかわってないやんかという話もありますけど、 「スターシップ・オペレーターズ」に出てくる国連なんか西暦2300年なのに 20世紀当時とあんましかわってないという・・・  まあ現実の国連=連合国が未来にちゃんとあるかどうかはなんとも予想しがたい ものがあるですね。 by BLUESTAR(2004/12/2)