「Difference」Story.1 春の少女     by BLUESTAR  2001年4月。  JR名古屋駅から中央線の快速列車で一時間ほどのところにそれはあった。  それは中央線美乃坂本(みのさかもと)駅という。  線路に挟まれたプラットホームに降りた男は、大きなカバンをもって跨線橋を渡り そして改札を抜けると待合室に座り込む。時計は一時を回っている。 「遅れちまったな・・・」  駅には小さな窓口と、切符の販売機が1台。壁には時刻表と窓。外には緑色公衆電 話がある。 「・・・列車が30分に1本とは思わなかったしなあ」  音楽が鳴った。西野浩一(にしの・こういち)は携帯電話を取り出す。どうやら今の は着メロだったようだ。 「はい」 「・・・鮎奈(あゆな)だよ」 「やあ」 「今どこにいるの」 「美乃坂本駅」 「ごめん、浩一。もう少し待っててね」 「了解。・・・遅いぞ鮎奈」 「・・・だからごめん」  岐阜県中津川市にはJRの駅が3つある。  一番西にあるのが、美乃坂本駅である。その次が中津川駅で、ここが中津川市の中 心部である。  中津川市はかつて中山道の宿場町としてさかえた町であり、古くからの建物もそれ なりに残っている。  中津川市の人口は約5万で、それほど多いとはいえない。県都・岐阜市が約40 万、大垣市が約14万、そし東濃地方(とうのうちほう・岐阜県美濃地方の東部)の中 心都市である多治見市が約10万である。  そしてこの街はそれほど都会とはいえなかった。  数年前までマクレナード(ハンバーガー)がなかったとか、ラーソン(コンビニ)は いまだに近くにないとか、映画館ももちろんない上に、@nistyやBIGLOAD(プロバイダ) のAPすらないのだった。  周囲は山に囲まれた盆地で高度は約300メートル。国道19号が街を横切り、中央自 動車道のICがあり、そして大学がひとつある。  中津川大学(Nakatsugawa College)には経済学部がある。学科は2つ。経済学部経済 学科と経済学部情報学科。  美濃坂本駅のある坂本地区は市の西部に位置する。第2次大戦後に中津川市に合併さ れた。地区の人口は約1万。田畑が広がる静かな所である。美濃坂本駅は特急はすべて 通過するからそれほど大きな駅とはいえない。 「・・・ごめん。それから久しぶり」  九条鮎奈(くじょう・あゆな)が現れたのはそれから30分もあとだった。 「・・・遅いぞ」 「うん。今後はきをつけるから」 「・・・わかった。それじゃ行くぞ」 「うん」 「ここだよ」  駅から歩いて10分ほど。県道のそばにそれはあった。 「ここがメゾン・ブルーベリーか。・・・でっかいなあの看板」 「みんなそういうね。でも分かり易くていいでしょ」 「まあな」  2階建。ぱっと見たところ新しいようだ。ドアは8つ。2*8で16室ということ になる。 「久しぶりです秋奈さん」 「はい久しぶりです。まさか本当にここにくるとは思わなかったわ」  九条秋奈(くじょう・あきな)は、このアパートの大家兼管理人で鮎奈の母親である。 「・・・いろいろとありましてね」 「ねえさんから聞いたわよ。美濃中津しか受からなかったんですってね」 「あうあう。・・・それをいったらみもふたもないです。でもまあクラスメートの中 には予備校行きのやつも結構いますから・・・」 「それよりはましというところかしらね」 「ええまあ」  102。  浩一の部屋は101の隣である。つまり、隣には鮎奈がいるというわけだ。  中に入ると大垣から宅配便で送った浩一の荷物がどさっと山になっていた。  "岐阜県中津川市茄子川10777 メゾン・ブルーベリー102"という宛て先の書 かれたダンボール箱やらなにやらがたくさん山積みだ。 「ああ面倒くさいなあ。・・・とっとと片づけるか」 「わわ。いっぱい」 「おういっぱいさ。鮎奈、手伝うかい」 「や」 「・・・期待したおれが馬鹿だったな」 「テレビがうつらないんです」 「あのお浩一。チャンネル設定の変更は」 「変更しないとだめか」 「うんだめ。ここは4・6・8・10・12・26・28だよ」  JBA総合4、テレビ名古屋6、CBA8、海東10、JBA教育12、中部26、 ラジオ岐阜テレビ28。と、説明する鮎奈。 「ほえ。全然違うじゃん」 「ここは田舎だもん」 「あれ・・・テレビ愛都は?」 「うつらないよ」 「ラジオがかなり雑音はいるんだけど・・・」 「海東801、JBA1161、岐阜1485、CBA1557だよ」 「ほええ。ラジオまで全部違うのかここは」 「だって田舎だもん。名古屋からは遠すぎるもの」 「まさかFMも全部違うのか? 「JBA85.8、Radio-GOが78.3」 「AFMとかZAP-FMとかFM津は?」 「その3つは雑音だらけだよ」 「ががーん」 「・・・なあ鮎奈。@nistyのAPってまさかこの街にはないんじゃあ・・・」  @nistyは大手のインターネット・プロバイダである。 「ないよ」 「そこまで田舎なのかここは」 「一番近いのは飯田だよ」 「飯田って・・・長野県じゃねえか」 「でも隣接区域だよ」 「・・・あうあう」  翌日。浩一は鮎奈と一緒に買い物に出かけた。 「へえ・・・ひと駅違うと全然違うんだな」  二人は中津川駅にやってきた。美乃坂本駅からはJRで6分である。 「そうだね」 「ところであの白いへんな建物はなんだい」 「・・・あれはダイビー中津川店の残骸だよ」 「ダイビーってあのプロ野球チームも持ってるダイビーか」  パシフィック・リーグの福岡ダイビーオークスのことである。 「そう」 「・・・なんでつぶれたんだ。あそこなら駅前から1分もかからないぜ」 「ここは田舎だからかな」  駅前にはおっきなロータリー。そしてはるか先まで4車線道路がまっすぐのびてい るようだ。ビルが立ち並んでいるが・・・それほど高いものはない。  5分ほど歩く。 「・・・すごいぞ、ラピュタはほんとにあったんだ」 「浩一ならいうとおもった。でもここはラピッタだからね」 「ラピッタっていうと確かユニーク系のスーパー・・・だっけ」  ユニークは名古屋周辺に展開するスーパーのチェーンである。  名古屋からこのあたりにかけてはユニークのスーパーが多い。 「そだよ。以前は道の反対側にユニークがあったけどそれが移転したのがこれなの」 「へえ。おっきいなあ」 「これねおっきくみえるけど実は2階建だから」 「・・・どうみても4階建に見えるぞ」 「それは目の錯覚よ。その証拠に3階から上は全部駐車場だよ」 「それじゃあ・・・店の面積より駐車場のほうが・・・おっきくねえか」 「多分ね。そのおかげで田舎なのに1350台もすぺーすあるんだから」 「おっ、マクレナードがあるんだな」 「数年前までなかったけどね。今じゃ中津川にはマクレナードが2つもあるんだよ」 「・・・このぶんだと、コンビニとかもあんましないんじゃあ」 「コンビニならスクエアLとエンドランとフレッシュマートがあるよ」  スクエアL(本社・稲沢)はユニーク系、丸にLが目印。ちび介のおでんで知られる。  エンドラン(本社・高山)は黄色いコンビニで岐阜県内にたくさんあるローカルなコン ビニである。  フレッシュマートはスクエアLやドコストアと違いエフ・ポートという端末がある。 「あれ・・・ラーソンがないようなきが・・・」  ラーソンはダイビー系のコンビニである。ちなみに一番近いラーソンは隣の隣の瑞浪 市だ。 「ははは。ばれちゃしょうがないね」  買い物終了。 「本屋はまあまあのレベルかな。もっとおっきな本屋ってないかなあ」 「それだったら二様堂だね。あそこはおっきいよ。ここからまっすぐ登ったところだ けど」  坂道の向こうに信号がある。信号からさらに登り・・・ 「どのくらいかかるかな」 「ここから歩いて10分くらいかな」 「駅からはえんえん登り坂だよな」 「そうだよ」 「・・・またにしよう」  かくして、山に囲まれた田舎町で新しい生活が始まった・・・  4月4日。 「入学式、やっと終わったね」と鮎奈。 「ああ。なんでこう話が長いんだか」と浩一。  中津川大学の入学式は中津川文化会館で行われた。  約900人が収容できる建物である。空はとってもいい天気であった。 「それにしても・・・ふつう、入学式ていうのはキャンパスでやるんじゃないのか」 「多分何か複雑な事情があるんだよ」  中津川文化会館は、中津川市役所の隣にあり、中津川駅からかなり離れていた。  ところがそれ以上に、大学からも遠く離れていたのである。 「何かって・・・うーん・・・何だよ」 「実はキャンパスにおっきな建物がないとか」 「体育館くらいはあるだろう」 「うう・・・」  スクールバスで中津川駅に到着した二人だが、列車の時間にはまだ間がある。  駅の待合室で並んで椅子に座る。 「それにしても・・・少ないなあ」と浩一。 「列車の本数のことかな」と鮎奈。 「ああ。30分に1本だろ。電光表示板なんか無駄な気がするぞ」 「うう・・・。言われてみれば確かにそうかも。特急含めても1時間に3本だもんね」  しばらく沈黙する二人。外から車の音が聞こえたりしている。 「・・・こんにちは、九条先輩」  二人の前にやってきた女の子が軽く頭を下げた。 「こんにちは、梓ちゃん。・・・ほら浩一もあいさつあいさつ」 「えーと・・・こんにちは」 「あの九条先輩、こちらの方はどなたですか」 「西野浩一。102の新しい住人だよ。春から私と同じく大学生。でもって私のいと こだから」 「始めまして。黒川梓(くろかわ・あずさ)です。201号室です」 「あ・・・どうも」 「梓ちゃんは、春から高校3年生なの」 「じゃ1つ違いだな」 「うんそうだよ。梓ちゃんはお母さんと二人暮らしだから襲ったりしないように」 「こらこら。なんてこというんだ」  その夜。モスト中津川店で歓迎会が開かれた。  ここのモストは24時間営業のファミリーレストランである。中津川駅からずっと 南に下った国道19号バイパス沿いにある。駅から遠く、バス停すらないため、管理 人の秋奈と大学生の宮本卓二とで参加者を送る羽目になった。 「それでは、新しい住人の西野浩一さんの歓迎会・・・という名前の宴会を始めます」 「あ、あ、秋奈さん。そりゃみもふたもないって」と浩一。 「人生はみもふたもないものですわ、浩一さん」 「・・・なんとなく説得力があるなあ」  乾杯の音頭は浩一が取った。参加者のグラスにはウーロン茶やコーラやオレンジなど が入っている。 「浩一、まだ、知らない人いる?」 「黒川さんの隣にいるピンクの髪の女の子をお願いしたいな」 「というわけだからもものちゃん、自己紹介してちょうだいだよ」 「はぁい。瀬田ももの(せた・ももの)っていいます。108号室です。パパと二人暮 らしなんですけど、仕事が忙しくてたまにしか帰ってきません。ははは。・・・でも メゾン・ブルーベリーは結構にぎやかだし楽しいから退屈しないです」 「瀬田さんは、学生の人ですか」と浩一。 「はい。春から高校3年です。大学受験するわけじゃないので、梓ちゃんよりは気楽で すけどね」 「私、もものちゃんはいつでも気楽だと思うよ」 「鮎奈さん。・・・いきなり私のいめーじをぶちこわさないでください」  とかなんとか。 「それじゃ次は、その隣の人を」 「マリーナさん、どうぞだよ」 「始めましてですね。マリーナっていいます。日本文化の研究のためにきています。一 応管理人さんのゲストということになっていたりします。208号室です。どうぞよろ しくお願いします」  そういって深々と頭を下げた。  その後、北山、吉原、安川の3人が自己紹介をした。 「ミスター西野、君も自己紹介をしてくれないかな」と宮本。 「西野、浩一です。102号室です。今日から美濃中津大の大学生になりました。趣 味はパソコンと映画。まあいたってふつ〜の好青年です。どうぞよろしく」  宮本、鮎奈、秋奈、梓、もものが拍手をした。 「普通、自分で好青年とはいわんぞ」 「そこはギャグということで」      ☆  浩一と鮎奈は、元々仲がよかったのだが、同じ建物に住んで、同じ学校に通い、 そうやって時を重ねるうちに二人の「距離」は接近していった。  ゴールデン・ウィークには二人で映画を見に名駅まで出かけた。  名駅というのは名古屋駅のことであり、名古屋駅の周辺のことでもある。  名古屋駅の正式な住所は名古屋市中村区名駅である。  混雑がひどかったので浩一は鮎奈に文句をいったのだが、鮎奈はこの映画は中部 地方ではこの劇場だけでしかやらないんだよといったものだった。関鉄のアーバン ライナーで大阪まで行くよりは交通費が安いのは確かである。  梅雨から秋にかけては頻繁に雷が発生した。山に囲まれたこのあたりは雷の多発地 帯でもある。そんなわけで時々、停電が発生する。浩一のビデオデッキはずいぶん古い ものでそのたびに時計がリセットされて12:00になってしまうのだった。  前期試験が終わり、8月・9月の2ヶ月間は夏休みである。  浩一は特に予定はないといっていたら、秋奈がそれなら自動車学校に通ったらどう ですか、と言われてしまった。中津川はなにしろ田舎なので車がないと結構不便なの だという。浩一もそれは納得できたのでさっそく通うことにした。鮎奈も通うことに なった。  メゾン・ブルーベリーから徒歩20分のところに県恵中自動車学校というのがあって そこに通ったのだった。浩一は8月の終わりに免許が取れたが、鮎奈は自他共に認める 鈍さもあって9月半ばまでかかってしまったのであった。  秋が過ぎて、冬が始まり、クリスマスは仲良くデートして、バレンタインは鮎奈が チョコレートを渡し、そしてまた春がめぐってきた・・・     ☆ 「あたしはテレパスだけど、それでも私のこと、愛してくれる?」  と、鮎奈はたずねた。 「テレパスっていうと、人の心が読めたりするっていう・・・」 「そだよ。もっともあたしの場合は大雑把な感情がかろうしでわかる程度だから、細か いところはさっぱりさっぱりなんだけどね」 「でも普通の人にはない特技なわけだ」 「まあ・・・ね。それで、そうだとわかっても愛してくれるかしら、浩一」  浩一はしばらく鮎奈を見つめた。 「・・・ああ」 「本当にこんなあたしなんかでいいの、浩一」 「・・・たまたま愛した女がテレパスだっただけさ」 「・・・そういってくれてうれしいよっ」  そういって鮎奈は抱きついた。 「あたしね。ソースコニー・バルドリアみたいになれると・・・いいなあっておもって るの」 「どういう人なんだい。日本人じゃなさそうだけど」 「キャサリン・アサロの宇宙冒険もののキャラクターなんだけど、スコーリア王圏の女 王様でね、軍人で一爵・・・中将といったところかな。高位の軍人さんで、王位継承者 でいろいろすごい人なんだけど・・・敵の王子さまといきなり駆け落ちしちゃうの。そ のあと結婚して・・・ところが王子さまが母国に連れ戻されたっていうんで、わざわざ 奪い返しにいくわけ。愛する人のためだったらまっしぐらっていう・・・そういう人な のよね」 「うーん・・・なんていうか、そりゃすごい人だな」 「うんまあね。あたしもそんな風にまっすぐに生きられたらって思うから」 「なるほど、なるほど」 「あと・・・彼女は強力なエンパスなのよね」 「強力な特殊能力を持っているからこそあこがれてるってことかな」 「それは否定できないわね」  この会話の後、浩一はキャサリン・アサロの小説をまとめて貸しつけられることに なったのであった。 ---------------------------------------------- VER.1:2000/7/18-2001/3/20,2001/6/24-2001/11/20 VER.2:2003/11/12