「Difference」Story.2 スクリーンの向こう側     by BLUESTAR 「昼間のことだけど、あれはどうやってやったんだい」  2001年5月。よく晴れた日の夕方。  岐阜県中津川市、メゾン・ブルーベリー208号室。西野浩一はマリーナに向かっ てたずねた。  車にひかれそうになっていた子供を素早い動きでさらって、マリーナは移動した。 そのため子供は助かった。だが、その動きはあまりにも素早すぎたのである。  おとなっぽい、若くてすらっとした女性がそんなことができるとは普通思えない ものである。 「どうやってといわれましても・・・」 「普通の人間は子供を抱えてあんなに素早く動けないと思うけど」 「・・・気づいてしまったものはしかたないですね」 「いや、その・・・単に知りたいってだけだからさ」 「好奇心が命取りになることもありますから程々に」 「・・・あの・・・」 「ええ。私は確かに人間じゃないんです」 「うそっ」 「本当です。ほら・・・」  そう言ってマリーナは左手で右手の皮膚のバネルをポンと外した。そこには機械や 回路やらなにやら詰まっていた。 「・・・マリーナさんてロボットの人だったのか」 「ええ。納得していただけましたか」 「・・・ああ。それにしても、この世界の技術じゃまだマリーナさんみたいなのを完 成するのは無理だと思うんだけど・・・どっかのマッドサイエンティストにでも開発 されたんですか」 「ノー。私はれっきとしたメーカー品です。アキツシマ・インダストリー製マリーナ 89型。認識番号はマリーナ89XIV1701。製造年月日パフォナイテス暦2989年1月21日。 ・・・まあ最新とは言えないけど結構新しいです」 「アキツシマ。2989年。・・・訳がわからないよ」 「説明してもいいけど、聞きたいかしら」 「聞きたいね」 「その前に・・・秋奈さん入ってきて」  ドアを開けて管理人の秋奈が入ってきた。  そして説明があった。  マリーナは、異世界マゼルシアの出身。ウィリアム・レッカートン教授という考古 学者の助手用ロボットとして開発された。ボディはレディメイドだがそのプログラム は考古学の知識が中心にインストールされている。  ある日、遺跡から転落して次元の狭間をさまよっていたマリーナを秋奈が発見した。  マゼルシアのそばには次元嵐があるため、マリーナは戻ることができず、かといっ て他にいくあてもないので途方に暮れた。そんなマリーナによかったらうちにこない かと誘ったのは秋奈だったのである。  というわけでマリーナは次元嵐が収まるのを待ちながら、秋奈の手伝いをしながら メゾン・ブルーベリーに住んでいる、というわけである。  ちなみに秋奈の正体はというと、WDO(世界次元機構)のエージェントである。  メゾン・ブルーベリーの経営は実は副業だったりするのである。  そしてこの世界でマリーナの正体を知っているのは、秋奈と浩一だけである。  秋奈がエージェントだということは、娘の鮎奈も知らないことである。 「そういうわけですから、よろしくお願いします。それから私と秋奈のことはどうか 秘密にしてくださいね」とマリーナ。 「浩一さん、私からもお願いするわ。・・・まあ本当のこと話しても多分みんな信じ ないとは思うけどね。へんなのに目つけられたら困るから」 「へんなのって・・・なんです」 「Z−ファイルとかCIAとかないじょうとか」 「・・・わかりました」  マリーナにとってここは一時的にいる場所ということで、マリーナはなるべく他人 と関係を持たないようにしていたという。  こののち、そんなマリーナは浩一とよく話をするようになった。  マリーナは教授の影響を受けて、映画をみるのが趣味だと話したりした。  平面映画はホロ映画とは違った味わいがあるわね、とか。  そんなわけで、浩一は一緒に映画を見に行きませんかとマリーナに誘われたのは 9月のことだった。 「映画を見に行くんですか・・・それってなんだかデートみたいですね」と秋奈。 「デート・・・ってそうなのか」と浩一。 「マリーナとデートするの、嫌ですか」 「嫌ってことはないな」 「それならデートでいいのでは」 「・・・そうだな。ところで秋奈さん、この街の映画館ってどこです。みかけないん ですけど」 「こんな田舎に映画館なんてありません」 「・・・一番近い映画館はじゃどこになるんだ」 「多治見か飯田です。車なら小牧のクロナワールドかしら」  多治見は中津川市の隣の隣の隣の隣の市で約40キロある。  飯田に至っては県が違う。高速道路で隣の隣のインターチェンジで約30キロであ るが、途中に山をくりぬいた8キロもの長いトンネルがある。 「多治見よりこっちにはないのか」 「ありません。そういえば、何の映画を見るんですか」 「インターナルっていうファンタジーものらしい」  日曜日。名古屋市、名駅(めいえき)。  「インターナル」の一番近い上映館は名駅のそばのグレートだった。  だから二人はJRに一時間も乗ってはるばる名古屋駅までやってきた。 「・・・ここまでくるはめになるとはな」 「中津川ってやっぱり田舎なんですねえ」とマリーナ。 「それをいったらみもふたもないよ」 「あれがセンターツインタワーですね。なかなかいいデザインです。ただ他のビルが ちょっと低すぎますね。バランスが悪いです」  センターツインタワーは、名古屋駅ビルのことである。200メートルを越える 高層ツインビルで、ギネスブックにも世界最大の駅ビルとして載っている。 「マリーナさんが前住んでたとこって、高いビルばっかりだったのかい」 「ええ。ニューヨコハマは本当にビルばっかりでしたから」  マリーナが住んでいたのは、ニューヨコハマという人口500万の巨大都市だ。  位置的には、この世界でいうと川崎から鎌倉にかけての地域とのこと。 「へえそうなんだあ」 「ええ。特にオーシャンマークタワーなんか高さ500メートルもあって、すごく眺 めがいいんですよ」  二人はやがて映画館に入っていく・・・  2003年。  次元嵐がようやく弱まった。  マリーナは、マゼルシアへの帰還を決意した。8年ぶりの帰還。  マリーナと浩一はすっかり恋人になっていた。メゾン・ブルーベリーのみんなから も時々ツッコミを入れられたりしている。  ベタベタというのではなくてなんというかあっさりしたという淡々としたというか そんな二人であった。  浩一はマリーナの帰還を認めた。マリーナは教授との間に労働契約というものがあ る わけだしそれを無視するつもりはなかったから。  どんな契約だろうと契約だから。  それに8年もの間待ちつづけていたのだから。  かくしてマリーナはマゼルシアに帰還するのである。 「・・・もしかしたらこれでお別れかもしれないわね」とマリーナ。 「そうじゃないといいんだけどね」と浩一。  それが出発前の最後の会話だった。  2004年にマゼルシアに戻ったマリーナは教授と再会できなかった。  なぜなら教授はその前年にシャトル事故で亡くなっていたためである。  教授の墓はニューヨコハマの南部、カマクラ区にあった。  マリーナは墓参りをして、涙を流す。  教授の職場だったニューヨコハマ大学からマリーナに連絡があった。  教授の遺言があるというのだ。マリーナは市のメッセージセンターに出向き、そし て遺言と対面することになった。遺言はホロ映像だった。  教授のささやかな遺産はマリーナにすべて譲るというものだった。  教授は天涯孤独なのはマリーナは知っていたので、それほど驚かなかった。  別の意味では驚いた。マリーナは教授が遺言を作成していたことを知らなかったか ら。  教授の遺産は金額的にはささやかなものだったのは予想通りだった。発掘作業とい うのはお金がどこまでもいるものだし、マリーナの維持費だって結構かかるのだ。  そしてマリーナは今後どうするかしばらく考えて、結論を出した。  ・・・一番目に大切な人にできることはもうない。  だから二番目に大切な人のところに行こう・・・  かくしてマリーナは再び、メゾン・ブルーベリーの住人となり、生計を立てるため に正式にWDOの職員となった。WDO、なかでも辺境世界は慢性的に人手不足なのであっ さり認められた。メゾン・ブルーベリーのある世界ではマリーナのメンテナンスはま だ無理なので、メンテナンスだけはマゼルシアに戻る必要があり、そのためには平行 世界を時々行き来する必要があったのだ。 「私は人間じゃありません。そんな私でもいいとあなたはおっしゃるんですね?」  浩一のプロポーズに対するマリーナの答えがこれだった。 「もちろん」  と、浩一は答えた。  2007年。  二人が最初にデートした映画館のあるビルは新しいビルに生まれ変わっていた。  トヨハタ・毎朝ビルは高い建物と低い建物の2つの建物が並んでいる。  高さ245メートルはセンターツインタワーと同じ高さである。  245メートルの建物の前にもうひとつ245メートルの建物をつくるというのは ・・・名古屋とはどうやら奇妙な都市のようである。  低い建物のほうに、映画館グレート改めシネマコンプレックス・ニューグレートが ある。  日本では近年、シネマコンプレックスが流行していた。その影でシネマコンプレッ クスではない昔ながらの映画館はどんどんつぶれていた。  二人の住む岐阜県では、岐阜市、本巣(もとす)市、関市、東濃(とうのう)市、高山 市にしか映画館/シネマコンプレックスがない。大垣市の映画館はすべてつぶれてし まったほどである。 「晴れときどきくもり所によりわくわく、の突然インタビューで〜す」  マイクを持った男が二人の前にいた。後ろにはテレビカメラが見える。  ちなみにこの番組は天気予報ではなく、れっきとしたローカル情報生超ロングワイ ドバラエティー番組である。 「・・・びっくりしましたよ」と浩一。 「そうっすか。すいませんねえ。ところでどちらからお越しですか」 「岐阜県の中津川です」と浩一。 「ああ、あ・の・中津川ね。ところでお二人は恋人だったりするのかな」 「実は・・・夫婦なんです」とマリーナ。 「あっちゃあ〜。これはしまった。お邪魔だったかなあ〜」 「ええまあ」と浩一。 「今日はどのような御用事ですか」 「映画を見にきました」とマリーナ。 「インターナル2、それともサマー・ラヴィングかな」 「両方です」と浩一。 「そうですか。いいですなあ。・・・それじゃありがとございました〜」  マイクをもった男とカメラマンは去っていった。 「・・・今の人、あの中津川ってどういう意味なのかしら」 「・・・そうだなあ多分・・・紛争地帯のという意味かも知れないね」 「・・・はぁ」 「そろそろ入ろうか、マリーナ」 「ええ」  そして二人は、ニューグレートへ入っていった。 -------------------- VER.1:2002/5/28-2002/12/5 VER.2:2003/12/3