「おむすびクリスマス」 <1989/12/24> 上中でも,その日の夕方から雪になった。  町はクリスマス・カラーとなっている。いいものだ。  昼過ぎに起きた僕は,夕方までデスクに向かっていた。PC−8801MHで,「大戦略U」をやっていたからだ。  18:00ごろ,洋子から電話があった。そこで,僕は,雪の中を歩くことになる。  我が家から歩いて30分,「ヒュ−ベリオン」という喫茶店があるわけだ。中に入ると,マスターの森屋氏が迎えてくれた。今日は,貸しきりである。中には,15名ほどがいて,パーティをしている。  「雪はどう?」と,洋子。  「いまはまだ,降ってないね」  人々−大半が高校生だった−は,陽気にたのしんでいく。  ・・・ 僕は,宮島平治(ミヤジマ ヘイジ)。陵風高校の3年だ。上中市北部の月見台に住んでいる。ルックスは2・5流,成績は中の上。いたって普通の青年だと思っている。  洋子−福地洋子(フクチ ヨウコ)は,クラスメイト。 71.11.15生まれ。  洋子はきれいではなく,かわいいタイプだった。  偶然に,二人ともSFファンだった事が知り合うきっかけだった。  彼女は,ハインライン,ヴァ−リイ,ル・グィン,ティプトリー, などの大ファンだった。  二人の精神的波長は,合うらしく,すぐに仲良くなった。あれから,早くも9カ月,今ではFRIENDでなく,恋人といえるだろう・・・  パーティが終る頃には,雪は本格的になった。  洋子を,送っていくついでに,彼女の家に少し寄った。  「はい,どうぞ」といって,僕に差し出した。それは,おむすびだった。「・・・ ありがとう」そのおむすびは,どことなく,しょっぱかったと思えた。彼女は,どことなく,幸せそうにおむすびを食べる僕を見つめていた。  おもえば,そのころは,HAPPYだったかもしれない・・・・・・   <1998/12/23>    東京駅で,出張する同僚の鎌田を見送ると,ため息をつく。明日は,クリスマス・イブ。街は華やいでいる。東京は,96年の東京湾中部地震から立ち直っていた。  書店で,「ワンダー・コンピュータ」誌を買って,外に出る。  「洋子,洋子??」思わず呼びかける。違うかな。  「・・・・・・はい? ・・・・・・え,平治じゃない!!」  久々の再会というわけだ。別れて5年になる。  近くの喫茶店で話をすることにした。  近況や,国際情勢や,TVの話なんぞをした。  二人で名刺を交換してもいた。  <石山貿易(株) 福地洋子><自宅 〒B3600 横浜市金沢区XX町XX5−1−17 里見アパート602 TEL 245-555-8985>  へぇー,横浜にいたのか。そう思った。  「なるほどね。あなたが千葉,わたしが横浜,今まで会わないはずよね。ま,元気そうね」  「まあね。しかし,まだ独身だとは思わなかったよ。洋子」  「あなただって,まだ独身よね。きっと」  「あいかわらず,口がわるいな。おまえは」  「今に始まったことじゃないわ」  「・・・・・・あのねー,それじゃ結婚できないよ」  「それがどうしたのよ」  こんな調子だと,互いに疲れる。  一体,なにしてるんだか。  ともかく,再会を約してその日は別れた。    アパートにたどりつく。TVが,明日は今日以上に寒くなるでしょうと言っている。やれやれ。  そして,回想にふける。あの頃は,いい日々だったな,と。  どうして,どうして,別れてしまったのか? 大した理由じゃなかったはずだ。いまにしておもえば。  そういえば,明日はクリスマス・イブ。  ふと,50年のクリスマス・イブならぬ,89年のクリスマス・イブを思い出してしまった。そういや,あの日は,おむすびなんぞ食ったっけなあ。  あの頃は,あのころは,そういう日々だった。  そして,明日は,おむすびを食おうなどと考えた。  なんとなく・・・・・・   <2006/12/24> 1カ月の出張が終り,僕は帰ってきた。  新名古屋空港の到着ロビーは騒がしかった。  「よく帰ってこれたわね」  「何だ,来てたのか」 「昨日の電話じゃ,確か,シドニー発新名古屋行,イースト・イーグル825便,到着は19:10とか言ってたくせに」  「秋子,文句はEEAに言ってくれ。これでも,たいへんだったんだ  から。HSTじゃなく,ジェットだったんだ」 駐車場で,カローラに乗り込む。妻は夜の道を飛ばす。  「・・・・・・今年はあったかいと,きいたが,どうだ?」  「そうね。今年はまだ,雪が降ってないもの」  「麻美と新治は,元気かな?」  「子供達は,実に,元気よ」  やがて,アパートにたどり着く。時計は23:10。  僕は,秋子におむすびを作らせる。秋子は不思議そうに僕を見つめるのだった。 今にして,思う・・・・・・あの頃が,多分,幸せだったと。  「どうして,おむすびなの?」と,秋子。  「単なる思い出さ。大昔の」  テーブルの上の郵便物の中にクリスマス・カードをみつけた。  差出人は洋子。住所はヒューストン。今では人妻だ。    今にして,思う・・・・・・あの頃が,多分,幸せだったと。 そういうことだ。 <FIN> 1990.2.27