「パラレル・ハート」Parallel Heart     Based on To Heart for Windows      Written by BLUESTAR      World 1  目が覚めた。水曜日。朝7時30分。オレはなんとか起きた。ねむいけど。 「ふぁーあ」とあくび。オレは自分の部屋から下へと降りていった。 「おはよ、ひろ」 「・・・ああおはよ」  オレの家の台所でなぜ長岡志保が目玉焼きをやいてるんだろ・・・えーとあっそうか 。そうだったよな。はは。 「どうしたの。ねむそうね」 「まあねえ」 「はいできたからとっとと食べなさいな」  オレは藤田浩之。高校2年。魔法使いとか超能力者とかでないごく普通の高校生。  志保がなぜここにいるかというと・・・志保はオレの恋人・・・だったよな。  うちは両親は仕事の都合等ではっきりいってたまにしかかえってこない。  そんなわけでオレはこのおっきな家で半ば一人暮らしモードというわけだ。女の子を 連れ込むのにまったく支障はない。でもって昨夜はというと、確か志保と一緒にテレビ をみてその後・・・うわあああ。はあはあはあ。  ああそうか、オレって志保とそういう関係だったんだよな。  あれでもなんかへんだな。どうも記憶が2つあるっていうか・・・。    1.志保はオレの恋人である    2.志保はただのクラスメートである  ・・・はてどっちだろ。 「あれ・・・あかりは」 「なにいってんのよ、ひろ。あかりなら2年前に福岡に引っ越したでしょ」 「ああ・・・そうだったな」 「まだ若いのにもう健忘症なのかしら。困ったもんねえ」  そういいつつも口調は柔らかい。愛情がこもってるっつうか。  オレは志保と一緒に登校した。  そう。確かにあかりのうち、神岸家は2年前に福岡に引っ越したんだよな。 「いつみてもうらやましいねえ、浩之」  休み時間。友人でクラスメートで幼なじみの佐藤雅史がいった。 「そういうなら雅史、おまえもとっとと恋人つくったらどうだ」 「・・・なかなかうまくいかなくってね」 「大変なんだな、お前も」 「それにしても今日のひろ、なんかヘンだよ。いつもよりぼーっとしてない」  と志保。 「大丈夫だって。ほんとに」 「藤田、よく寝てたな」  ・・・げっやばい。今は授業中だってのに。 「よおし。アメリカの南北戦争は何年から何年だ」  と先生が詰め寄った。 「・・・1861年から64年」 「違うぞ。1859年から1870年だろうが。藤田、明日までに南北戦争のレポート を書いてこい。4000字以上だぞわかったな」 「・・・はい」  ・・・へんだなあ。この間よんだ本にかいてあった通りなのに・・・なんで。 「あんたも大変ねえ」  放課後。かえり道。 「笑いごとじゃないぜ志保。今日はかえってすぐレポートを書かないとな」 「それにしても・・・1861から64年っていったいどこからでてきたのよ」 「さあね。どういうわけかそれが正しいと思ったんだからしかたないだろ」 「はいはい。じゃ私、これから打ち合わせだからこれでおわかれね」  ここは駅前だ。 「・・・なんの打ち合わせだっけ」 「雑誌の連載の打ち合わせよ。私がヤンググルメにエッセイ連載してるの忘れたなんて いったらなぐるわよ」  志保はそういいつつ顔は笑っていた。志保のやつは学生兼フリーライターなのだ。 「ああわーったよ。じゃまたな」 「まったねー」  そういって志保はオレの唇にキスして去っていった。  レポートと宿題をなんとか書きおわってオレはコーヒーを入れた。といってもインス タントだけど。  オレの頭はどうかしてしまったのだろうか。  どうも記憶が2種類あって混乱しているようだ。  1.志保は恋人  2.志保はクラスメート  ・・・どっちなのかどうもはっきりしない。あかりとはしばらくあっていない気もす るし、毎朝起こされているような気もする。  ・・・今日の日中の志保の態度からすると・・・2が正解のはずなんだが。  あああどうなってるんだ、いったい。  メールチェックをすると、あかりからEメールがきていた。  あかりが福岡に越して2年になるけど、今でも週1くらいはメールが届く。  もっともオレは面倒なんでたまにしか返信しないが。  それにときどき電話もしてるからなあ。  メールの文面はごく短くて最後にこうかいてあった。  "志保さんとうまくいってますか。浩之ちゃんってヘンなところでヘンだから 気をつけてくださいね。"  ・・・なんだかなあ。  そのあとテレビをぼーっとみていたけどつかれたんでそれで眠ることにした。      World 2 「ねみーよーっ」  もちろんひとりごとである。もちろん家には誰もいない。  土曜日。朝7時10分。昨日は水曜日だったのになぜか今日は土曜日だった。  ・・・なんかへんだけど・・・まいっか。  カバンに教科書やノートをつめるために、机の横にはってある時間割表を見る。 ・・・あれ。土曜日がないぞ。月曜から金曜まではちゃんとあるのに。  へんだなあ〜。日本はまだ土曜は月2回しか休みにならないはず・・・。  ・・・いや土曜は全部休み・・・だったよな  あれれ。またどっちなのかよくわかんないや。なんだかなあ。  下に降りてコーヒーをのむ。テレビをつける。  JHKに合わせたはずがなぜかアメリカのNBSになっていた。  しかも全部英語だ。なんだなんだあ。  てきとうにチャンネルを押してみたけど、どこも英語ばかりだった。  いつのまに日本はアメリカみたいになっちまったんだか。  しかも不思議なことにその英語がなぜかオレには理解できるのだ。  オレって英語は得意じゃなかったはず・・・へんだな。 「ハロー」 「ハロー、ヒロ。私よ」 「レミィ。どうしたんだい」 「今日のデート覚えてるわよね」 「もちろん。9時ジャストに駅前だろ」 「そうよ。じゃあとでね。マイ・ダーリン」  オレ、レミィとデートの約束なんて・・・した・・・のか。  ・・・したんだろうな。でなきゃ今の会話は意味不明なはず。  今度は記憶が3つあるようなきがしてきた。  1.恋人はいない  2.志保が恋人  3.レミィが恋人  ・・・3つとも正しいような・・・違うような・・・ 「ハロー、レミィ」 「ハイ、ヒロ」  8時59分。駅前。レミィがとってもかわいくみえた。 「かわいいよ、レミィ」 「サンクス・ラヴァー。でどのくらいかしら」 「きのうよりずっとってとこかな」 「さて今日はどこにいこうか」 「ディスティニーランドよ。ちょっと遠いけど」 「・・・ああそうだったな」  いつもと同じ街・・・にしては何かヘンだった。  飛び交う英語。街の中でみかける標識は、英語と日本語で・・・英語のほうが大きく 書いてある。車のナンバープレートはまるでアメリカみたい・・・  まるで日本がアメリカに・・・。 「なあレミィ。日本ていつからアメリカに吸収されたんだ」 「ノーノー。それをいうなら併合ね、1952年よ。ついでにいうと80年に合衆国51番めの 州になったのよ、まさか忘れたわけじゃないでしょ」  ・・・つまりアメリカ合衆国日本州・・・でもそれってなにかが違うような・・・ 「面白かったでしょ、ヒロ」 「ああまあな」  一日たっぷり遊んだけど、はっきりいってオレは何かがおかしいとずっとおもってた ので実は全然楽しめなかった。 「それにしても、いちゃつくカップルが多いあるね」 「そういえばそうだなあ」 「ねえ、ヒロ。私たちもその・・・いちゃつかない?」  さすがにオレは首を振った。  道端でキスするくらいならともかく、そこから先に進んでいるカップルもいるみたい だ。なんだかなあ。 「そうよね。ヒロはあんまりベタベタするのきらいだもんね」 「ああ」 「今日のヒロ、なんかヘン」  とレミィ。  帰り道。外はすっかり暗くなっている。 「ヘンてなにがだよ」 「いつもと別人ていうか人がかわったっていうか」 「おいおい」 「・・・ヘンなこといってごめん。まあたまには気分が乗らないこともあるよね」 「・・・まあな」 「いつもだったら私を自宅にそのまま連れ込むのに」  ・・・おいおい。それってつまり・・・ 「ヒロ、今日は調子でも悪いの」 「ああ。実をいうとカゼぎみでね」  とでたらめをいう。 「そっかそれならしかたないあるね。・・・でもヒロのカゼならうつされてもいいかな あ」  うーん・・・それにしてもレミィってこんなにかわいかったっけ? 「じゃまたね」 「ああ」  家にかえってから教科書やら新聞やらをひっくりかえし・・・現実把握に努めた。  ここは北アメリカ連合日本州(Japan,United North America)とかいうらしい。  1952年に併合、80年に州に昇格した。面積はカリフォルニアより小さいものの人口が 約1億ということもあって、今では大統領選挙でも最大の票田らしい。  地図をみると北アメリカ連合は、旧アメリカ合衆国、旧カナダ、旧日本、旧ロシア領 アラスカが1つに合体したものらしい。首都はニュー・ワシントン。  もうひとつの大国はヨーロッパ連盟という。もともと経済共同機構が発展してできた ものだ。旧英国、旧フランス、旧ドイツなど28の国・地域が加盟している。首都はノ イエ・ベルリン。  なんだかとんでもないところにきてしまったような・・・  少なくとも2日前の世界はこんなんじやなかったぞ。まるで別の世界にきてしまった みたい・・・いや本当にそうなのかも知れない。どうやったら元の世界に戻れるんだろ うか・・・とほほ。  めがさめたら元の世界に戻れるといいのになあ・・・      World 3 「浩之さん、朝ですよ」 「ああ・・・おはよう、琴音ちゃん」 「おはようはともかく・・・机で寝ちゃだめですよ」 「ああわかったよ。今後気を付けるからさ」  どこかの事務所らしい。机とコンピュータが並んでいる。  日付つきの大きなデジタル壁時計がみえる。月曜日、朝11時30分。 「今日はとってもいい天気ですよ。こんな日は仕事なんかせずにピクニックに行きたい ですねえ」 「・・・そんなにいい天気なのかい」 「ええ」  ここはどこだっけ・・・ああそうか。市警察特殊調査課、略称ERS(City Police Especial Reseaerch Section)の本部だ。  ERSは普通警察では手に負えない事件を手がけるところである。  おれ藤田浩之はここの課長で・・・  でもって琴音ちゃん、姫川琴音はおれの部下で付き合って3年になる恋人・・・とい うことになる。でもって琴音ちゃんはPK(サイコキネシス)をつかいこなす超能力者で その力を仕事に生かしているのだった。  って・・・おいおい。琴音ちゃんが超能力者ってそういう世界もあるんだなあ。  ・・・まさかおれの住んでた世界の琴音ちゃんも・・・まさか。 「おはよう浩之」 「おはよう綾香。重役出勤だな」  ERSのメンバー、来栖川綾香がやってきた。 「昨夜のパーティで飲み過ぎて2日酔い、なの」 「おいおい、大丈夫かい」 「一応ね。ここんとこ忙しくてこっちの仕事があんまりできてないのは気づいてるでし ょ」 「ああ。そろそろ限界じゃないか。来栖川グループのブレーンの仕事1本に絞るほうが いいんじゃないかな」 「・・・やっぱそう思うか。私はここの仕事も好きなんだけどね」 「そうは言っても市警のスポンサー、来栖川セキュリティ・インダストリーがつぶれ たら困るんだけどね」 「・・・わかったわよ。あなたがそういうってことはもう限界なのよね」 「その通り。スポンサー会社の社長の正体もここらでばっとあかしてもらいたいね」  その正体というのはは綾香なんだけどね。 「考えとくわ」  その日は出動もなく、デスクワークをしているうちに夕方になったので、市警00分 署を琴音ちゃんと一緒にあとにした。ちなみに00分署にはERSしかない。以前は他の 課がいたようだが・・・。どうも2人一緒にかえるのが日常みたいだな。 「浩之さん、今日はなんかヘンでしたね」 「ヘンってなにがだい」 「・・・なんかいつもと違って別人みたいでしたね」 「じゃあいつもはどんなんだい」 「いつもなら私のことを琴音って呼びますし、リカード艦長みたいにホット・アールグ レイを飲みまくるし、それにコンピュータの操作がもっと上手ですわ」 「だからって証拠はあるのかい」 「・・・先月、ポートタワーで私とデートした時、私がグラスをプレゼントしたの覚え てますか」  そんなん・・・覚えてないぞ。うーん・・・ 「・・・ああ、あのグラスね」 「やっぱりニセモノね。おとなしくしなさい」 「うああ。ちょっと待てえええ」  逃げようにもまったく動けない。多分これは・・・琴音ちゃんの力だな。 「私の愛する浩之さんに化けるとは不届き千万。この私が成敗してくれるわっ」 「だあああ。なんでニセモノだっていえるんだ」 「先月はポートタワーになんか一度もいってないわよ。ほっほっほ」 「・・・というわけなんだ」  ERSに連行されたおれはここ数日の異様な出来事をすなおに話した。 「・・・ウソ発見器も反応なしね。どうやら本当の事を言ってるみたいね」 「でも・・・なかなか信じがたい話ですけど、綾香さん」 「琴音さん、あなたの力だってなかなか信じがたいとんでもない話でしょ」 「それはそうですけど・・・」 「それにこのニセモノはまっすぐな瞳をしてるわ。信用してもいいかしらね」 「私はいやです。よりによって"私の浩之"のニセモノなんですから」 「並行世界を転々としているとはね・・・とんでもないわね」 「そうですね。そのせいで浩之ちゃんがこんなことになるなんて」  とあかりがいった。あかりもERSのメンバーだった。  幼なじみで浩之ちゃんとよぶというところはこの世界でも同じらしい。 「落ち込まないで、あかりさん」 「そうですよ。それに並行世界のどこかにはあかりと浩之さんが結ばれてる世界もきっ とあると思いますから」 「そんな世界が・・・本当にあるのかしら」 「まあともかく、あなたも被害者みたいだし、とりあえず縄をほどくわ」  そこでいろいろと話ながら食事をしたのだが・・・すっかり疲れて眠くなっていた らしい。  食べおわってしばらくするとおれは眠ってしまった。    World 4  火曜日の朝。ふああ。今度は元の世界だといいなあ。  ・・・でもなんか違うような・・・きがする。きのせいだといいなあ。 「おはよう浩之」  家を出た途端、いきなり綾香がいた。 「おはよう。・・・なんでおまえがいるんだ」 「迎えにきたのよ。昔と違ってあんたVIPだもんね。まさか忘れたとか」 「忘れた」 「しょうがないわねえ。まっいいわ。とにかくのりなさい」  リムジンに2人で乗った。運転手は中年で眼鏡をかけていた。セバスチャンじゃない ことは明白だな。 「教会へ」 「教会ってどこの」 「来栖川魔法教会にきまってるじゃない」  その教会とやらについた。中に入っていくと、白いローブをきた女性がいた。  とっても美しくてきれいで荘厳で・・・ 「おはようございます」  と芹香先輩がいった。普通の大きさの声で。  ・・・こりゃまた別の世界だな、どう考えても。 「ああおはよう」 「久しぶりに今日デートしませんか」 「ああいいぜ」 「21時にいつもの場所で」 「わかった」 「それじゃ、いってらっしゃい」 「・・・綾香。どうも記憶がぼけてるんで、質問に答えてくれるか」 「いいわよ」 「芹香先輩とおれはいったいどういう関係なんだ」 「・・・さっきみたいに人目はばからずいちゃついて、キスするような関係よ、つまり 恋人ってとこかしらね」 「・・・やっぱそうか」 「あんた、なんか悪いもんでも食ったの」 「今朝の納豆がまずかったかなあ・・・」 「おはよう、ヒロ。グランドマスターの様子はどうだった」  教室に入ると、報道部の腕章をまいた志保が聞いてきた。 「グランドマスターってだれのことだ」 「あんたの恋人にして、来栖川魔法教グランドマスターのサー・セリカ・エカテリーナ ・アゼルトン・クルスガワのことにきまってんじゃない」  いまの長い名前はいったいなんなんだ。それにサーってまるで貴族みたいだな。 「元気そうだったよ。ローブもよく似合ってたし」 「わかったわ。じゃあね」  そろそろ授業が始まるので自分のクラスに戻ったらしい。  この世界のおれは高校3年だった。元の世界のおれは高校2年だからはっきりいって 授業はさっぱりわかんない。そして授業は終わり、おれは下校した。 「まさかと思うけど毎日一緒に登下校してんのか」 「そうよ。姉さんからの頼みってこともあるしね」 「なんでだ」 「姉さんは今や日本どころか世界に対して影響があるの。暗黙の世界の軍勢と戦ったり するだけでなく、各国の指導者の相談まで受けてるのよ。そして姉さんにとって一番大 切なのはあなたなの。周囲に人がいないようにみえるけど、実はうちのセキュリティが たくさんひそんでいるらしいわ」 「芹香先輩はおれになにかあったら困るったことか」 「そうよ。でももちろんそれだけじゃないわよ」 「え・・・どういうことだい」  ・・・あっ。 「・・・こういうことよ。私もあなたが大好きなの」  ああっいきなりキスされてしまった・・・。 「同じ人すきになるのって悲しいね・・・」  綾香は小声でつぶやいた。  20時40分。いつもの場所、学校の裏門前にいた。 「グッドイブニン、浩之」 「綾香・・・なにしにきた」 「まだ時間あるでしょ、ちょっと付き合って。すぐすむから」 「わーった」  近くのウイークリー・マンションに連れていかれた。下はコンビニだ。  201に入った。明かりはついていて、誰もいない。 「誰もいないな」 「そうみたいね。えーっと・・・これかな」  突然綾香の手に持ったスプレーから霧がおれにむかって発射された。いまのはいっ た・・・い 「浩之さん、起きて」 「・・・ああおは・・・」  おれは目にうつるものが信じられなかった。だって・・・ 「・・・綾香にも困ったもんね。あんなことするなんて」 「あんなことっておれを眠らせたことか」 「それだけじゃないわよ。私が来るのが遅かったら今ごろ・・・」  なにがなんだか・・・ 「今ごろ・・・っていったいなにがあったんだ」 「あとでおしえてあげます。ただその前に私を・・・抱いてもらえますか」  おれを眠らせた綾香は携帯電話で芹香をあのマンションに呼び出した。  そして部屋に入って仲良く寝ている2人をみつけた。 「2人ともなにやってんの」 「きたわね。浩之は私のものよ」 「綾香。それは違うわ。浩之はこの私のものよ」 「どうかしらね。仕事が忙しいって全然さっぱりあわないくせに」 「そんなことない、ない、ない」 「まだキスしかしてないくせに」 「まだってどういうこと」 「図星みたいね。私ならもっとたくさん愛してあげられるわ」 「いや」 「もっとちゃんと説明して」 「いや、いや、いや。出てって」 「・・・あああ泣き出しちゃったわね。わかったわ出て行くわよ」  芹香の携帯電話が鳴った。 「はい」 「ごめんなさい。私は姉さんの本音が聞きたくて一芝居しただけなの。まさかあそこま で姉さんが壊れるとは思わなかったわ。本当にごめんなさい」 「・・・わかったわ。芝居だったというのね。おかげで泣き顔見られちゃったわよ、ど うしてくれるのよ」 「ごめんなさい。・・・でも姉さんが本当に浩之のこと愛してるってわかったから」 「そうよ。私の浩之に今度こういうことしたら私の魔法で存分に・・・」 「いやあああああ。それだけはやめて。頼むからやめて」 「わかればいいの。それじゃ」  家に帰り着いた直後におれの携帯電話が鳴った。 「ほいほい」 「私よ綾香。あなたはもう家に着いたかしら」 「ああ」 「今日はちょっとやりすぎたみたいね。姉さんとってもごきげんななめよ」 「それくらいですんでよかったよ。へたしたらそのまま亜空間送りになっても不思議 じゃないんだぜ」 「そうよね。姉さんならそのくらいやりかねないもんね。本当にごめんなさい」 「なんであんなことをした」 「2人をみてるとじれったくってね。それでちょっと首をつっこんでみたわけ」 「馬にけられないように注意しろよ」 「はあい」 「ところで今日の行動はどこまで芝居なんだ、綾香」 「半分くらいかな。厄介なことに私もあなたのこと好きだしねえ」 「その半分ていうのはなんだよ」 「微妙な乙女心なのよ、わかってもらえる」 「・・・あのなあ」 「それから最後におめでと。ちょぴしくやしいけどね」 「・・・みてたのか」 「うちの保安局から報告を受けただけよ」 「直接みてはいないんだな」 「まあね。それじゃおやすみなさい」  時計はすでに23時58分。ふぁぁあ。ねみー・・・    World 5 「浩之ちゃん、早く起きないと遅刻するわよ〜」 「耳元でさけばないでくれ、あかり」 「おはよっ。やっぱり遅刻っていうと反応するのねえ」  おれは机に寝ていたようだ。目の前にいるあかりは白衣である。おれも白衣。 「おまえな〜、耳元だとうっさいだろう」 「遅刻といえば高校の頃がなつかしいわね。今じゃ学校にいくことなんてまずないし」 「まあそうだな」 「とりあえず、せっかくだし、カフェテリアでめざめのコーヒーでも」 「ああそうだな」  おれとあかりは部屋の外に出た。あかりはすいすい歩いていく。  ・・・ところでここはどこだっけ。・・・ああそうか。来栖川電工中央研究所だっ け。大学卒業後、おれとあかりは二人とも来栖川電工に入ったんだよな。  いまラボ(研究所)ではメイドロボHMシリーズの最新型の製作の追い込みだ。  HMX-14、エルザ。低価格で人気になったHMX-12マルチとほぼ同じ価格でなおかつより 上の性能を狙っている。まあなかなか難しいものがあるけど。 「主任、申請書です」  9:40。おれは課の主任にそれを提出した。 「・・・なんの申請かしら・・・ふーん・・・なるほど」 「いいですか」 「エルザのほうはどうなってるのかしら、浩之」 「昨日、サブ・プログラムのバグがあって、滝沢のところでフルチェックしてる。やつ の話じゃ明日までかかるっていってる。それがどうにかならないと先に進めないんです よ」 「またなのね。それじゃしょうがないわね。申請は許可するわ。ただしあんまり遅くな らないようにね」 「了解しました」 「それから浩之、私のことはいつも通り綾香でいいのよ。こういうときだけ主任ていわ れてもね〜ぴんとこないわよ。長年の友人でしょ」 「はいはい」 「おはようございます」 「おはよう、マルチ」  マルチのプロトタイプだ。はじめてあったのは7年前だったなあ。  今ではラボのマスコット的存在となっている。  ときどきドジなのはあいかわらずだ。 「ようマルチ、これからドライブだけど、いいかな」 「わあいわあい・・・でもでも主任の許可は取ったんですか」 「もちろんさ。勝手にお前を連れ出したら給料減らされるしな」  俺の車は、南崎のスターボウという4ドアセダンだ。色は黒。はっきりいってたまに しか乗らないので運転はちっとも上達しないし、走行距離もたいして増えてない。 「今日はどうだった」 「・・・はい。楽しかったです。私ってたまにしか外にでないから何みても珍しくっ て、わくわくしました」 「そうか」 「はい」 「・・・さてここが俺の家だ。久しぶりだろ」 「はい。昔とあんまり変わってないですね」 「ただいま・・・といっても誰もいないけどね」  俺は家のカギをあけて中に入る。電気をつける。 「静かですね」 「うるさかったら不法侵入者がいるってことだぜ」 「あは・・・それもそうですね」 「マルチ、7年前のあの日のことは覚えてるか」  この世界の「俺」が、何を計画しているかはわかっていた。ただなかなか実行にうつ せなかったようだ。そこで俺はおせっかいにも助力することにした。「俺」はいやがっ たが、なんとか納得させた。短時間でドライブの計画を立てて、そして・・・ 「はい・・・よく覚えています」 「あ、あの日みたいにマルチを愛したいんだけどいいかな」  この世界の「俺」が好きなのはマルチだったのだ。まあ確かにマルチはかわいいし、 どうみても女の子にしか見えないけど・・・でも人間じゃないんだぞ。  "それがどうした。じゃそういうお前は誰がすきなんだ"  俺はあかりが好きなんだよ。  "あかりか。そうか、お前にとっての1番はあかりなんだな"  ああ。 「遅かったわね」 「やあ綾香。いま戻ったよ」 「あんたたち何してたのよ」 「いや、あちこちみてたらおそくなってね。なにしろ次に連れ出せるのはいつになるか さっぱりさっぱり、だしな」  夜のラボのパーキング。22:55。 「マルチ、楽しかったかしら」 「はい、とっても」 「ちょっと話があるんだけど」 「マルチ、先いってろ」 「はい、浩之さん」  そしてマルチはラボの建物の中へ。 「浩之、あんたマルチになにしたのよ」 「おいおいなにがいいたいんだい」 「あんな風になったマルチなんて私はじめてみたわよ」 「へえそうかい」 「ええ。本当に故障とかじゃないわよね」 「ああもちろんさ。それじゃもういくぜ。外は寒いしな」  オレは歩き出す。 「・・・もしかしてあなたマルチと結ばれたのね」  うわああああ。 「なんでわかったんだ」 「あんな様子のマルチ、はじめてみたわよ」 「まあわかっちまったもんはしょうがないな」 「あかりさんにこのこといっちゃだめよ」 「どうしてさ」 「・・・ものすごいショックを受けるからよ。あの娘、あなたが好きなのよ」 「わーった。綾香もいうなよ」 「もちろん。・・・それにしてもマルチとねえ〜あんたって人は」 「無理矢理じゃないぞ。いっとくけど」 「はいはい。まあ部下のプライベートには口をはさむのもほどほどにしないとね」  風が冷たい。綾香はため息をつく。 「浩之、あんたってまさかひんぱんにこういうことしてるわけ」 「ひんぱんにってわけじゃないよ。きょうが2度めだし」 「2度めですって・・・最初はいつなのよ」 「7年前。マルチが学校に来たときの最後の夜」 「秘めた思いってわけか。なるほどね」 「そんなかっこいいもんじゃないよ」 「それじゃおやすみなさい、浩之」 「おやすみ」    World 14  そしてオレの主観では世界漂流するようになってから14日めの朝がきた。  格闘甲子園に出る葵ちゃんと恋人の世界。  愛しの委員長とギャグをかけあう世界。  飛び級してオレとクラスメートになった綾香と初デートにいく世界。  オレがプレイボーイで7人の女の子と付き合っている世界。  理緒といっしょに映画をみにいく世界。  宇宙貿易商としてあかりやマルチや志保と一緒の船に乗っている世界・・・  まだあるけど、それはさておいて。  どうしてオレがこうなったのかについてそろそろ誰か説明してほしいなあ〜 「やっと捕まえたわ」 「あかりじゃないか」 「でもあなたの知ってるあかりじゃないわよ」  公園のベンチにオレは寝ていた。あかりが同じベンチにいる。 「それよりここはどこなんだ」 「RY-1557、ラレンティア。西日本共和国、西東京市、国防省・・・」 「そのラレンティアっていったいなんだ」 「国防省の次元物理学研究所、ホストコンピューター、EKL80000の電脳空間の中」 「・・・つまりここはサイバースペースの中ってことか」 「そうよ。私は感覚を全部変換してここにきてるの。本体はぐーぐーねてるわ」 「ぐーぐーね」 「自己紹介するわ。藤田・キャロル・あかりっていうの。キャロルって呼んで」 「藤田・・・オレと同じ漢字だったりするのかな」 「多分ね。・・・まず最初にごめんなさい」  あかり、いやキャロルはいきなり土下座した。 「なにがどういうことなんだかわかんないぞ」 「私が試運転していた新型のディメンション・トランスポーターが暴走したの。そのせ いで10人ほどの人間があなたのように次元漂流するはめになったの」 「そうだったのか・・・」 「ええ。9人はなんとかそれぞれのホームワールドに戻したわ。あとはあなただけ」 「すべておまえのせいだったのか、あか・・・キャロル」 「そうよ。あなたをみつけるのが一番大変だったわ。なにしろ一日ごとに別の世界に転 移しちゃうんだもの、苦労したわよ」 「じゃあこれで元の世界に戻れるんだな」 「あなたをなつかしのホームワールドに戻せるわ」 「よかった・・・やっと帰れるんだ」  はっきりいってほっとした。このまま永遠に戻れないかと思いはじめていたから。 「座れよ」  キャロルは再びベンチに座って説明を始めた。  さて、キャロルの説明を要約するとこんなところだ。。  ディメンション・トランスポーターというのは並行世界を移動する装置だ。どうやら タイムマシンや転送装置のようなものらしい。  それが暴走して、近くの世界の10人が巻き込まれてろ、次元漂流するはめになった。  キャロルはWDO(Worlds Dimention Organization;世界次元機構)と協力して、被害者た ちをどうにか探し出していき、元の世界に戻したのだ。  オレを探すのに手間取ったのは、オレを取り巻く次元の歪みのせいで、どんどん違う 世界へ転移していたことが原因らしい。  まあなんにせよ。これでやっと戻れる。 「それで浩之ちゃんのホームワールドはどこなの」 「・・・その呼び方までオレの知ってるあかりとそっくりだぞ」 「ふーんそうなんだ。で・・・どこなの」 「どこなのっていわれてもわかんないんだけど」 「WDOの座標かニックネームでいいのよ。さっきいったRY-1557が座標、ラレンティア がニックネーム」 「・・・そもそも今までWDOなんて聞いたことないんだよ、オレは」 「えっっっ。もしかしてWDOのこと知らなかったわけ」 「もちろん」 「まいったわねえ。そうすると浩之ちゃんは未開世界の出身なんだねきっと」 「未開世界ってなんなんだよ」 「WDOに未加盟の世界のことよ。だとすると・・・大変よこれって」 「まさかオレのホームワールドが簡単にはわからないってことか」 「そういうことね」  ががーん。  7日後。 「いよいよお別れね。元気でね、浩之ちゃん」  とあかり、いやキャロルがいった。 「ああ。これでやっと帰れるよ」 「あなたとあえてよかったわ」 「ひとつ聞きたいんだが、この世界のオレとキャロルはどういう関係なんだい。幼なじ みだったりするのかい」 「それ以上よ。一番重要な人なの」 「重要ってどんな具合に」 「私の藤田っていうファミリーネームは浩之ちゃんと結婚したからよ」 「・・・あああっ。そうだったのか。道理でね」 「でも待てよ。それじゃどうしてオレはここの浩之の中でなく、電脳空間に・・・」 「私の浩之ちゃんはね、半年前に事故で・・・天界に召されたの」  なんてこった。 「つまり、キャロルは亡くなった旦那をおれに投影していたんだな」 「ええそうよ。だから私ずっと電脳空間にいつづけたのもそういうことなのよね」 「あかり・・・おまえ」 「多分これであってると思うけど・・・もし間違ってたら大変だから、後で会いに行く わ」 「いいのか」 「ええ。それじゃさ・・・じゃなくて、また会いましょう」 「ああ」 「RY-2027に転送します。エネルギー・オン」    World 0  目が覚めるとそこは病院だった。3週間の間オレは意識不明だったそうだ。  ここはどうやら元の世界のようだ。よかったよかった。  もちろん本当のことを話すわけにもいかないから階段でころんで頭を打ったことに しておいた。  それにキャロルが指摘したように本当の事を言ったところで誰も信じてはくれないだ ろうから。  体験したオレでさえ信じられないところもあるのだし。 「浩之ちゃん本当はどうだったのか、そろそろ教えてくれるかしら」  戻ってきてから1ヶ月が過ぎた。オレの家にきたあかりは突然そういった。 「なにいってんだよ、あかり」 「他の人はごまかせても私はごまかせないわよ。長年のつきあいだし。何か隠してるみ たいね」 「あのなあ。オレはずっと病院にいたんだろう。どこかにいってたわけでもなんでもな いぜ」 「なるほどね。それじゃ本当はいったいどこにいってきたのかなあ」  しまった・・・ 「やっぱりね。そんなこったろうと思ったわよ。さあ話してちょうだい」  あかりがオレをじっとみつめた・・・ 「というわけなんだ」  かなり大雑把な上にかなり省略したけどなんとか話しおえた。 「・・・めちゃくちゃな話ねえ。まるで三流SFみたいね」 「ああ。めちゃくちゃだろ。こんなこと信じてもらえないと思ったからさ」 「それじゃあ浩之ちゃんがうそついたのはやむを得ないわねえ」 「そうだろ」 「せめて証拠品でもあればねえ」 「そりゃ無理だよ。体ごと転移したわけじゃなくて、精神だけだからなあ。証拠といえ るのはオレの記憶だけさ」 「大変だったのね。・・・でも話からするといろんな女の子と仲がよかったみたいだけ ど」 「・・・それはオレのせいじゃないぜ。別の藤田浩之のことだからさ」 「でも浩之ちゃんは、いつでもこの世界に戻ることにこだわってたのね。ホームシック かしら」  ・・・言うべきだな、今こそ。 「いや。・・・それだけじゃないよ。実は。・・・あちこち漂流してわかったんだ。オ レが一番好きなのは結局あかりなんだって」 「・・・ほんとなの」 「ああほんとだ。・・・だからあかり・・・オレの恋人になってくれ」 「えええええええっ」 「いいよな、あかり」 「・・・うんいいよ」  ぴんぽーん。玄関のチャイムが鳴った。 「はあい」  とオレは玄関に向かった。 「こんにちは」 「・・・あかり、ってそんなはずは・・」  ドアを開けると目の前にもあかりがいた。でもこっちのあかりはなぜか白衣。 「・・・もしかして、キャロルか」 「ぴんぽーん。約束通りアフターケアにきたわよ。上がっていい」 「ああ・・・いやだめだ」 「なんでだめ・・・あ、お客さんきてるのか」  キャロルは下を見ながら言った。 「それじゃ、出直して・・・」 「浩之ちゃん、呼んだ」  そういって階段をあかりが降りてきた。 「・・・私そっくり・・・。誰なのこの人」 「さっきの話の一番最後に出てきた、藤田・キャロル・あかりだよ」 「始めまして。私が16歳の時はこんな風だったのねえ」  ばたっ。あかりが倒れそうになったのでオレは支えた。 「・・・夢じゃなくてやっぱり現実だったのね」  1時間後にようやくめざめたあかりがいった。 「びっくりしたみたいね。まあ無理もないけど」とキャロル。 「そうだよなあ。普通びっくりするわな。自分そっくりなんだし」 「ディメンション・スキャナーでのチェックはOKだったから、私の任務はこれでおしま いね。間違いなくここはあなたのホームワールドよ」 「やっぱりそうか。安心したよ。専門家の言葉だしね」 「このRY-2027はなにしろ未開世界だもんね。その手の専門家なんていないしね」 「浩之ちゃんから話は聞いたわ。これから二人で新しいステップに踏み出すところみた いね」 「あ・・・はい」 「ひとつ言っとくけど、私みたいな孤独な未亡人にならないように、とっとと子供作っ ちゃいなさい」 「キャロル。いきなりなんてこと言うんだよ」 「私ね。結婚したころは忙しくってねえ。やっと仕事が一段落して子供をつくろうと したら、旦那はいきなり天界にいっちゃって・・・だからもう・・・」 「要するに後悔しないように、出来るうちに出来ることをやっておけってことか」 「そういうこと。あなたたちには私みたいになって欲しくないの」 「キャロルさん・・・ありがと。そこまでいってくれて」 「いいの。あかり、さん、あなたみてるとね、なんか他人って気がしなくってね」 「さてと、それじゃ私そろそろ帰りますから。ずいぶん長居しちゃったわ」 「そうか。元気でな」 「うん」 「私も大人になったらキャロルさんみたいになれるのかなあ。私と似ているのにすっご く大人っぽいんだもん」 「なれるわよ、多分、きっと」 「そうだといいな」 「もう会うこともないでしょう。二人とも元気でね・・・それからお幸せに」 「おいおい」  最後にキャロルが手を振った。そしてキャロルは去っていった。 「浩之ちゃん、本当によかったの」 「なにが」 「キャロルさんのこと」 「気にならないといえばうそになる。でもオレにはあかりがいるからね」 「ほんと?」 「ああ。パラレルワールドはもうこりごりだよ。オレは満足してるよ。大好きなあかり のいるこの世界に」                               Fin ------------------ 1999/1/7-1999/2/24