月は東に日は西に - Operation Sanctuary - SS/       「指定都市をめざして ver.2」by BLUESTAR     「指定都市」は、日本国における大都市特有の制度で地方自治法によって定め    られている。条文には人口50万以上の市とされていたが、当初は100万以上    の市がその対象だったのである。時代が過ぎるにつれて、方針がたびたび変更さ    れている。2000年代に行われた「平成の大合併」の時には、「静岡市」の合    併に併せて合併後70万以上に方針が変更された。         静岡市は、旧・静岡市と旧・清水市が合併し、さらに他の自治体が合併したも    のである。ちょうど70万を超えたのである。サッカーの清水エスパルスが静岡    市にあるのになぜ清水かというと、エスパルスができた時は清水市だったからで    ある。時代劇で有名な「清水の次郎長」が決して「静岡の次郎長」と呼ばないの    もそういうことである。     そして、蓮美市である。ここは堺市と同様、合併前にすでに70万を超えてい    たため、指定都市になるために合併するという道を選んだのである。                   松本朝次郎著「指定都市と地方自治」(2015年)    ・指定都市一覧     札幌市(北海道州)     仙台市(南東北州)     千葉市(南関東州)     さいたま市(北関東州)     新潟市(北陸州)     川崎市(南関東州)     横浜市(南関東州)     相模原市(南関東州)     静岡市(東海州)     浜松市(東海州)     名古屋市(東海州)     蓮美市(海山州)     京都市(関西州)     大阪市(関西州)     堺市(関西州)     神戸市(関西州)     岡山倉敷市(中国州)     広島市(中国州)     北九州市(北九州州)     福岡市(北九州州)     熊本市(南九州州)                         「日本自治体ガイド」(2020年)  10月、放課後のカフェテリア。いつもどおりの天文部。 「たまには北崎くんがネタ出してよ」と美琴。 「ネタって。……そりゃいいけどまにあっくな話題でもいいかな」 「いいぜ」と直樹。 「蓮見市がとうとう合併協議会を設置したのは知ってるね」 「確か、先日の新聞に載ってましたねえ」とプリンを食べながら答える結先生。 「蓮美市と蓮田村(はすだむら)の合併。合併後は約71万人」  蓮田村は蓮美市の隣にある小さな村である。 「今の蓮美市って何人だっけ」と美琴がたずねる。 「70万7500人ですね。この間市役所のサイトみたらのってましたよ」 「さすが結先生」と感嘆する北崎。 「たいしたことじゃないです」 「とまあそういうわけで、いよいよ合併をめざすんだけど、うまくいけば蓮美市が中 核市から指定都市に昇格することになりそうだね」 「中核市とか指定都市ってなあに」と美琴。 「中核市は人口30万以上、面積100平方キロメートル以上の市のことです」 「へえ」 「指定都市は人口50万以上、他にもいろいろ条件がありますけどすごい都市のことで す。ちなみに指定都市は都道府県に準じる扱いです。一番わかりやすいのは、ええっと、行政区がつくれることかな。名古屋市守山区とかさいたま市桜区とか」 「へええ。指定都市ってすごいんだね」 「区がつくところっていうと、横浜とか名古屋とかが指定都市か」と広瀬部長。 「ああそうだよ。地方自治法の252条だったかな」 「252条の19ですよ。北崎くん」 「さすが結先生。ちなみに指定都市は、今のところ、札幌、仙台、千葉、さいたま、 横浜、川崎、名古屋、京都、大阪、神戸、広島、福岡、だったかな」 「北九州市が抜けてますよ」  また新しいプリンを食べる結先生。 「ああ。そうですね。それからこれから指定都市になりそうなのが、確か静岡、堺、 新潟といったところですね」とさりげなく追加する北崎。 「さかいってどこだっけ」 「天ヶ崎さん。堺といえば大阪府じゃないですか。だめですよもっと勉強しないと」 「はあい」 「えっと、追加のオーダーとかありませんか」  ……話がはずんているところに茉理がやってきた。手にはトレイを持っている。 「ない」と直樹。 「直樹には聞いてません。他のかたはどうですか」 「ありません」と北崎。 「ないです」と結先生。 「それにしても今日の話題は、いったい何なの。合併とか指定都市って難しい単語が ばりばりだったけど」 「蓮美市が合併に成功したら指定都市に昇格するかもしれないっていう話」と北崎。 「指定都市って何」 「政令によって指定された都市。都道府県に準じることになる。具体的には、たぶん 住所がかわるんじゃないかな」 「えっ。そうなの」 「たとえば、この学園の住所は、蓮美市蓮美台だろ。それがたとえば、蓮見市北区蓮美 台なんて具合になるかもしれない」 「うそっ。それって決定事項なの」 「蓮田村との合併が成立すれば、たぶんそんな具合になる。もちろん税金とか他にも いろいろ影響はでるけどね」 「うーん。天文部にしては珍しくまっとうな話題だけど。でもそれって天文と何の関係 があるのかな」 「今以上に都市化がすすめば、巨大なビルとかたつかもしれないし、人が増えれば、 街の明かりも増える。それは天文観測にとっては問題だね」 「へっ。どうして。街のあかりが増えるっていいことじゃない」 「光害。ひかりの害。光はね、天文観測の邪魔なんだよ。すでにある光はしかたない けど、これ以上増えないほうがいいね。そもそも日本の夜は人工衛星からみると光が あふれまくってるそうだよ。とんでもない国だよねえ」 「そっか。天文観測って夜だもんね。確かに光は邪魔だよね」 「まあそういうわけだ」 「それじゃあね」  茉理は去っていった。  翌年3月31日。蓮美市と蓮田村は合併した。  旧・蓮美市の住所はそのまま。蓮田村は蓮美市蓮田町(はすだちょう)となった。  そして、蓮美市は指定都市への準備を始めることになる。  それから2年後の4月。蓮美市は指定都市になった。  浜松市、新潟市、蓮美市が指定都市に加わりこれで指定都市は「18」となった。  かつて人口の少ないミニ村として一躍有名になった旧愛知県富山(とみやま)村の玄関 口であるJR大嵐(おおぞれ)駅は浜松市天竜区となった。新潟市には秋葉が誕生した、 といっても別に東京のアキハバラとは関係なくて新潟市秋葉(あきは)区ができたのだ。  そして指定都市市長会の参加都市が一気に3つ増えることになる。  蓮美市には4つの行政区が設置された。  湾岸区、蓮美野(はすみの)区、蓮美台(はすみだい)区、蓮美山(はすみさん)区。  ちなみに蓮田町は蓮美山区である。  当初は、南区、中央区、北区、北山区という安直な名前が提案されたが、市民のほと んどが反対したため、市議会で協議の末、こうなったのである。  郵便番号が一部で変更になった。  蓮美台学園や渋垣家のある蓮美台区も変更になった。  とはいえ、手紙どころか年賀状もろくにかかない直樹にはあんまり関係のない話。  固定電話の局番も一部で変更になった。  蓮美市の局番は3桁だったが、蓮田町が5桁だったので統一したのである。  蓮美市の市外局番が2桁になるのは30年ほど後の話である。  もちろん条例の改正、税金の変更などいろいろと変更が発生することになった。 「こんにちは、委員長」 「こんにちは、秋山さん」  蓮美駅のそば。直樹と美琴は無効からやってきた文緒に声をかける。 「こんにちは。それにしても卒業してから2年もたつのに委員長っていう呼び方はもう やめてくれないかな」 「ああごめん。人間長年の習慣はそう感嘆にはなおらんからな」 「うんうん。そうだよね。保奈美なんか直樹のこと未だになおくんて呼ぶし」 「まったくだ。この間も頼むからやめてくれっていったのに、かえってなおくんなお くん、などという有様だ。保奈美って頑固だよなあ」 「そうそう。特に料理のことについては一歩も引かないしね」 「まあ、そういうわけで、今後は委員長とはよばないよう努力する。それでいいかな」 「努力ね。ふつうそういう時は約束するとかいうものよ」  さすがにつっこむ文緒である。  久しぶりにあったことだしそこらの喫茶店でお茶でもどうかな、と美琴が切り出す。  かくして3人は、近くの喫茶店に入ったのである。 「そういえば、蓮美市が指定都市とやらになったのよねえ。指定都市になっただけで こんなにいろいろ変わるとは思わなかったわ。お二人はどうかしら」  しばらく話し込んだ後、文緒がふとそんなことを口にする。 「北崎くんがそのあたりは色々いってたから、ある程度予想はついたけど」と美琴。 「そうなんだ」 「住所もかわったし、市の条例もかわったし、それからごみ処理の環境センターの建設 予定地が蓮田町になったし。まあいろいろあったかな」 「蓮美台学園や蓮華寮が、蓮美市蓮美台区蓮美台という蓮美が3つ並んだわね」 「見事なぞろ目だよねえ、ほんと」と美琴。 「そういえば委員長、引っ越したんだって。どのへんかな」 「久住くん、まさかうちにくるつもり」 「いや念のためだ。美琴がいろいろ世話になってるしな」 「前のアパート、大家がサンフランシスコに引っ越すことになって、それで取り壊され ちゃったのよね。それでまあすぐ近くに引っ越したの。場所は、蓮美野区の諏訪町」 「諏訪町っていうと、秋山さんの大学の近くだよね」と美琴。 「そうそう。やっぱり近くが一番よ」 「そうだよねえ。わたしたちのアパートも大学のそばっていうのが決めてだったし」 「そういえば二人暮らしはどうんな具合かしら」 「そうだね。結構楽しいよ。ただ直樹がなかなか起きないからいろいろ苦労してる」 「美琴も大変だな」 「直樹っ、人ごとみたいに言わないでよ。保奈美がどれだけ苦労していたのかよくわ かるようになったもの」 「はいはい、ごちそうさま。ああ私も彼氏つくりたいなあ〜」  しばらくして、その喫茶店に結先生が現れた。近況とか最近のコンビニのプリンの話 題などなどが展開された。 「そういえば、北崎くんてなんで指定都市のこととか合併のこととかにくわしかったの かしら」と文緒。 「実は私もそう思っていました。それで以前日本史の根本先生とそのことで話したこと があるんです」 「どんな内容だったんですか」 「北崎くんが岐阜県の中津川出身だといったら、それならと納得されてました」 「そりゃまたどういうことですか」と直樹。 「市町村合併は、明治以来たくさんおこなわれました。ただ、その中で中津川の合併は 特殊だったのです。1958年、長野県西筑摩郡(にしちくまぐん)神坂村(みさかむら) と岐阜県中津川市は合併をめざしました。最終的には、神坂村の南側は岐阜県になりま した。これを神坂村越県合併といいます。越県合併は過去7度しか行われていません」 「ちょっと待って結先生。それじゃ神坂村の北側はどうなったんですか」と文緒。 「北側は、隣の長野県山口村と合併しました」 「それって村を分割してますね」 「ええそうです。そういう歴史のあるところで育ったので関心を持っても不思議はない だろうと根本先生は言ってました」 「その旧神坂村っていうところは、どうしてそんなことになったのかな。何か有名な ものとかあるんでしょうか」と美琴。 「旧神坂村の北側には、あの馬籠宿があります」 「確か旧中山道の宿場で、文豪島崎藤村の出身地ですね」と文緒。 「そうです。「夜明け前」が有名ですね」    平成の大合併において、指定都市をめざして合併した自治体は数多くあった。    その中でも蓮美市の合併は成功したといえるだろう。    合併に際しては話し合いを尽くし、住民意向調査で民意確認、合併はなされた。    合併によって、蓮美市は人口71万0255人となり、やがて指定都市となる。 松本朝次郎著「指定都市と地方自治」(2015年)    指定都市は、県に準じる都市として誕生した。道州制導入後は、今度は道州に準   ずる都市として扱われることとなった。    指定都市の数はその後も増え続けた。21世紀はじめ以降日本は本格的な人口減   の時代に突入し、総人口は年々減り続けたことは周知の通りである。    今や指定都市の数は30を超えており、日本各地に超巨大都市が割拠する時代と   なったのである。                           「地方自治年代記」(2080年) −−−−−−−−−−−−---------- Ver.1 2004/8/10−8/12 Ver.2 2007/4/3           あとがき  はにはにビジュアルファンブックには蓮美市の人口が70万とかかれています。  70万なら指定都市になれるじゃないか。というわけでこれはそういう話です。  指定都市になるには、総務省の方針として合併後人口70万以上というのが条件と なっています。  もちろんそれ以外にもさまざまな基準があり、最終的にはそれらを判断して総務省 が「政令」により「指定」する「都市」なわけです。  蓮美市はすでに70万を超えていますから、どこでもいいから合併すればいいわけ です。指定都市になるために合併をめざすというのは本末転倒みたいなきが…。  執筆時点では、静岡市、堺市、新潟市はまだ指定都市になっていません。  近未来を想定して書くのも大変です。でも結先生22世紀人だし。  静岡市については、葵区、清水区、駿河区というものができる予定らしいです。  つまり、ちびまるこちゃんの舞台は静岡市清水区ということに…。  もちろん作中の年代は大昔の昭和なわけで直接影響するわけじゃないけど。  蓮美市の行政区名については苦労しました。  学園や蓮華寮や渋垣家は蓮美台区ということであっさり決めました。  あとはいろいろ考えてこうなってます。ちなみに蓮美市の北には山があるとは限らな いのですが、南が海だから、北は山だよな、やっぱし。  最後の「神坂村越県合併」については、ごくあっさりかいてありますけど。  くわしくかくとものすごく複雑な内容なので。  1958年の合併の最終結果として、馬籠宿はその後も長野県だったということ。  これを執筆している2004年の時点では馬籠宿は長野県木曽郡山口村です。  SSとしてはかなりへんな話ですがいかがでしたか。ではでは。 by BLUESTAR(2004/8/12)