ヴァイオレット・リーパー     SCENE.2  そして、私は2027年という時代に慣れていった・・・  この時代にきてから2週間が過ぎた。  赤い夕焼け。静かな公園。 「それでね、姫川さん」  浩一さんは父親の藤田さんに似てとっても優しかった。  私は時々、浩一さんと一緒に外出していた。 「はいなんでしょう」 「その・・・付き合ってくれないかな。好きなんだけど」 「え・・・こんな私のことがですか」 「ああそうだよ」 「そんな・・・だって。本当にこんな私なんかでいいんですか」 「ああいいよ」 「だってだってだって、私は自分の力もろくに制御できなくて暴走するし、それにか わいくないし、それに・・・もしかしたら元の時代に突然戻ってしまうかも知れない のよ。そんな私で本当にいいの」 「もちろん」  そういって、浩一さんは私を抱きしめてくれた。  ・・・抱きしめられてもいやじゃない・・・ならば。 「それで・・・返事は」 「そうね。そこまでいうんならしばらく付き合ってみていいわよ」 「・・・よかった。断られるんじゃないかって不安だったんだ。」 「私はあなたのことはきらいじゃない、と思うわ。でも一番好きなのはあなたじゃな くて・・・その・・・」 「親父だろ」 「えっ。どうしてわかったんですか」 「態度がかなりちがうからね。それを承知して付き合おうとするこっちもいい根性し てると思わないかい」 「ええ・・・」  2027年にきてから3ヶ月が過ぎた。  いくらここが未来でもさすがに慣れたわね。  一ヶ月が過ぎた頃から私は藤田さんのすすめもあって学校に通い始めた。  学校は来栖川学園高校。浩一さんとはなんたる偶然かクラスメートになった。  浩一さんと私が付き合っていることは、藤田さんやあかりさんにはすぐばれてしま った。・・・まあ隠すつもりなかったけどね。  学校でも私は浩一さんと一緒にいることが多かった。  ・・・だって他に知り合いいないもの。  未来の学校らしいと思ったのは、机にコンピュータが標準装備されていたことだっ た。OSはここでもやっぱりTideだった。  みんなは20世紀末のことに異様に詳しい私を妙に思ったみたいだけど、さすがに タイムリープしてきたときづく人はいなかった。そりゃまそうよね。  シェードをおろした暗い部屋の中。 「私・・・そのとってもうれしかった」 「そうかい」 「ええ。でもね、私思ったの。やっぱり私が一番好きなのは浩之さんみたい」 「やれやれ。親父にはやっぱり勝てないか」 「ごめんなさい。でもあなたのことも好きなのよ。わかってくれるかしら」 「わかってる、つもりだけどね。それに本当にいやだったらあっさり抱かれたりしな かったろ」 「まあね。でも。でもね、私、やっぱりあの時代に戻りたい戻りたい戻りたい」 「戻られるとぼくは悲しいんだけどなあ」 「そうね。でも私はこの時代の人間じゃないもの」 「そうなんだよなあ。でもだからこそ僕は君にあえたことは幸運だと思っているよ」 「ふふ。確かに幸運かもね」 「それで話ってなんですか」  翌日、喫茶店に呼び出された私はあかりさんにいった。 「浩一となにかあったでしょ」 「え・・・なんのことですか」 「とぼけなくてもいいのよ。浩一の様子がおかしかったからぴんときたわ」 「あの・・・」 「浩一と姫川さんがつきあってる以上、いつかはこんな日がくるとは思ってたけど、 思ったより早かったわね」 「あのお・・・」 「まあ好きあってる二人なんだし、当然そういうことになるわよねえ」 「当然・・・ってあの」 「おめでと姫川さん。息子のことよろしく、頼む、わよ」 「・・・はい」 「といってもあなたの場合元の時代に戻ったらそれっきりになっちゃうか。・・・そ れならそうね、覚えていてくれるかしら」 「覚えて・・・ですか」 「そうよ。浩一のことをね。いいかしら」 「・・・はい、きっと」 「あなたが過去に戻ったら歴史がかわって、私と浩之ちゃんが結婚しなくて、そして 浩一が存在しないかもしれないわ。だから忘れないでね」  2027年に来てから4ヶ月が過ぎた。  最近の私は浩一さんのことをよく考えているようになった。そりゃ恋人だしね。  ・・・そして浩之さんのことを考える時間が減っているようなきがする。  でもね、琴音。あなたは本当にこれでいいのかしら。  元の時代に戻らなくていいのかしら。  元の時代に戻って浩之さんと一緒に時を重ねなくていいのかしら・・・  そう・・やっぱり帰りたい、帰りたい、帰りたい。 「ごめんなさい、浩一さん。私やっぱり浩之さんが好きなの。あなたが好きになった のも、あなたが・・・」 「親父に似てたからってことかい」 「うん、そうだと思うわ。もちろんあなたのことも大好きなんだけどね。やっぱり私 はあなたと一緒に人生を送るよりも浩之さんと一緒に人生を送りたいの、ごめんね」 「・・・しかたないなあ。それじゃここらで別れたほうがいいかな」 「そう・・・ね。そうかもしれないわね」 「それじゃこれで。えーと・・・たとえ世界が敵でも僕だけは君の味方だ。いつまで も君を待ってる」 「わかったわ。・・・それじゃさよなら」  私の視界は真っ白になった・・・  ・・・声がする。 「やっと目が覚めたわね、眠り姫さん」  気がつくと、目の前にあかりさんがいた。若くてなぜか白衣を着ている。 「あの・・・ここはいったいどこですか」 「1997年6月。浩之ちゃんの家。あなたは未来から戻ってきたところよ」 「元の時代に戻れたんだ・・・よかったあ」  あれ・・・このひとなんで知ってるんだろ。 「なんで私が未来から戻ってきたってわかったんです」 「そりゃわかるわよ。スキャナーにばっちりだったし」  なんでそんなことがわかるのよ〜 「とりあえず私のことはキャロルって呼んで。浩之ちゃんの知り合いの次元物理学者 よ。あなたの知ってる神岸あかりさんとは別人だからごっちゃにしないでね」  じげんぶつりがくしゃ・・・なんなのよこのひと。 「浩之ちゃんね、あなたが行方不明になって心配してたのよ。私にも協力してほしい っていうから。あちこちのパラレルワールドに捜索依頼出したりしたのよ」 「ぱられるわーるど・・・ですか」 「そうよ。さてとなにがあったか話してくれるかしら」  かくして私は、キャロルさんと途中で帰ってきた浩之さんにたいして、未来のこと をかなり大雑把に説明した。さすがに浩一さんと結ばれたことは言わなかったけれど ね。  キャロルさんはその後、私のタイムリープについて説明してくれた。私にはPKのほ かになんとタイムリープ(時間跳躍)の能力があるというのだ。今回のリープは時空の 歪みに私が巻き込まれたのが原因だというのだ。  一応納得はしたけど・・・にわかには信じがたい話よね。それから私はなぜキャロ ルさんが浩之さんと知り合いなのか聞いてみた。以前にキャロルさんがディメンショ ン・トランスポーター(次元転移装置)の実験に失敗して浩之さんを巻き込んでしまっ た時に後始末をしている途中で知り合ったという。 「・・・というわけで、私は浩之ちゃんにかりがあるのよね。しかも浩之ちゃんて亡 くなった私の旦那にそっくりだから・・・ますますことわれなくってねえ」 「そうだったんですか」 「ええ。それにしても・・・姫川さんってすごいわね。天然のタイム・リーパーって 珍しいのよ。まだ制御がうまくないようだけど、でもすごいわねえ。よかったらうち でバイトしてみない」 「バイトですか。うちってどんなところですか」 「国防総省の時間管理研究所ってとこ。まそれはともかく、無事戻れてよかったね、 姫川さん」  ・・・その後は大変だった。  私は1週間行方不明になっていたのだから。(たった1週間と思ってしまったけど)  キャロルさんの助言通り「なにも覚えていません」と私は言い張った。  "本当の事を言っても誰も信じちゃくれないからね"といってたわね。  しばらくすると親や警察や学校側も「空白の一週間」の追求をあきらめた。うそを つくのは後ろめたいけど・・・まあしかたないから。 「キャロルさん、私は未来を知ってしまいました。未来は私が見てきた通りなんでし ょうか」  5日後、夕暮れの公園。私はキャロルさんに気になることを質問してみた。 「必ずしもそうとはいえないわね。あなたが戻ってきたここの時間線がどうなるのか についてはなんとも言えないわ。ただあなたが意図的になにかをしなければ、おそら く多分あなたがみてきたような未来になる可能性が高い・・・と思うわ」 「なんか・・・ずいぶんあいまいないいかたですねえ」 「時間物理学は私の専門外だもん。それに時間と空間については私のホームワールド でもまだあんましはっきりとわかってるわけじゃないのよ」 「キャロルさんでもわかんないことってあるんですね」 「私だって全知全能の精神生命体なんかじゃなくて、ただの女ですもの」 「そうすると、私ががんばれば歴史を変えることことは可能、なんですね」 「変えるというのはちょっと違うわね。あなたのみてきた歴史とこの歴史が同じって わけじゃないから。歴史はすでに決まっているものじゃなくて、これからつくってい くものなのよ。そこを間違えないでね」 「はあい」 「浩之ちゃんのことが好きなんでしょ。それならがんばれば、浩之ちゃんと結ばれる 未来というのもありえるのよ。あなたがなにもしなければそうはならないでしょうけ ど」 「私がなにかすればそういう未来もあるってことですか」 「まあね。本当に好きならば、全力でぶち当たりなさい。・・・私は旦那と結婚して すぐに旦那が亡くなったわ。仕事がお互い忙しくてもう少しあとで子供をつくる予定 だったけどね。だから・・・結構後悔してるのよ」 「キャロルさん・・・」 「だからね。手遅れにならないうちにとっとと子供でも作っちゃいなさい」 「あの・・・キャロルさん・・・とんでもないこと言わないでください」 「あは。ごめんね。私みたいにならないようにあなたは頑張ってね」 「・・・はい」 「さてとそろそろ私帰るから。またねえ」 「あ、はい。・・・そうだ。キャロルさんの本名、教えてくれません」 「いいわよ。藤田・キャロル・あかりっていうの」 「藤田・・・ってもしかして旦那さんて藤田浩之って名前ですか」 「ぴんぽーん。正確には藤田・ジェイムズ・浩之っていうんだけどね」 「へえそうなんですか」 「それじゃこれで。さよならヴァイオレット・リーパー」  そういうとキャロルさんの姿はかすかな音を立てて消えていった。  ヴァイオレット・リーパーというのはキャロルさんが私につけたコードネームだと いうことは聞いていた。「ぴったりでしょ」とキャロルさんはいったものだった。 上司に報告書出してあるからねえともいってたわね。  そろそろ日が沈む。  夕日は、2027年も1997年もたいして違わない、ように見えた。 Fin -- 1999/4/12-1999/5/8