月は東に日は西に - Operation Sanctuary - SS       結先生の情報授業        by BLUESTAR  4月。蓮美台学園、第一コンピュータ室。  2年B組の今年度最初の「情報活用」の時間である。  日本の高校では近年ようやく「情報」が必修科目になっていた。  今年度から蓮美台学園では「情報」(情報A)を1年次に行い、「情報活用」を2年次 で行うことに決定した。  「情報活用」は蓮美台学園の独自科目であり、基本的に1年次の「情報」の延長線上 にある科目という位置づけである。  学園創立から5年。今年度からは最新型のパソコンが導入され、それに伴いOSも最新 のものに変更されていた。  今、2年B組の学生たちにとって最大の謎は、当日になっても情報活用の担当教師が 不明なことだった。 「ねえ、久住くん誰が担当なのかなあ」と美琴はたずねる。 「そうだなあ。一般的には情報科目は数学・理科の先生がやるみたいだからそういう 教師になるんじゃないかなあ」 「まさか、……フカセンなんてことはないよね」 「できれば他の先生のほうが望ましいな」 「そうだよねえ」  授業開始を告げるチャイムが鳴ると同時にドアが開いた。 「みなさん静かにしてください」  なぜかおなじみの聞き慣れた声がする。 「ええええっ。そんなああああ」  美琴が驚いていた。もちろん直樹や保奈美も。  彼女はそのまま中に入ってきて教壇に立つ。 「はい。お静かに。2年B組の情報活用を担当する、野乃原結です。一年間よろしく お願いします」  結先生はにっこりと微笑んだ。  起立、礼、着席。それが終わると直樹はいきなり手を上げた。 「はい久住くん、何か質問ですか」 「結先生は古典の教師なのになぜ情報活用まで担当するんですか」 「私は、情報科目の免許も持っています。情報科目はまだ歴史の浅い科目でして、免許 を持っている教師は少ないんです。学園の教師のなかでもコンピュータが苦手という先 生も実は結構いるんですよ」  そこでいったん言葉を止める。 「……まあ実をいうと、私以外の情報科目の担当教師というのは数学・理科の先生ばか りでして、まあその、時間割のシフトのやりくりなどの関係でそのですね、穴がありま して。そこで私が情報で3クラス受け持つことになりましたわけです」 「結先生は大変なんですね。それにしても、結先生ってコンピュータはどのくらいでき るんですか」 「コンピュータは昔から得意でしたから。かなり高度なプログラムも組めますし、トラ ブルシュートもお手の物です」 「そうですか。どうやら自信がおありのようですね」 「そういうことです。わかりましたか」 「はい」 「……そういうわけで、情報活用というのはなんだかすごそうな名前ですけど、基本的 には去年やったこととそれほど違いません」  美琴が手を上げている 「結先生、わたし情報という科目やってないんですけど……」 「向こう、というかタルキスタンではなかったんですか」 「ええまあ」 「それでは天ヶ崎さんにはさっそく特別補習が必要ですね」 「そんなのいやあああ」 「文句は文部科学技……じゃなくて文部科学省に言ってください。情報は必修科目です からしかたありません」  未来とこの時代では省庁名にも多少の違いがあるのであやうく言い間違える寸前でご まかす結先生である。 「はぁぁ……」 「さて。それでは去年の情報での授業をどのくらい理解しているかということで、 さっそくですが、小テストとまいりましょう」  結先生はいきなりかばんから紙の束を取り出した。 「結先生、いきなり小テストとはひどいですよ」 「こういうのはいきなりじゃないといけませんからねえ」  にこにことしている結先生である。  そしてテストは終わる。 「それでは隣の人とテスト用紙を交換してください。これから採点にはいります」 「彼女は世界初の女性プログラマーで……」 「みなさんよくご存じのIBN……」 「パンチ・カードは2000年の大統領選挙において……」 「残念なことに日本では選挙におけるネット利用が……」 「nistyは今では富士山通の子会社として……」 「残念なことにPDD方式は国内独自だったために世界的な競争とは……」 「TinyComputingは日本を管轄するのがなぜか香港で……」  ……などと結先生は解答と解説をすすめていくのだった。 「以上です。どうでしたか。かなりマニアックな問題もあるので高い点じゃなくても 気にしなくていいですよ。それでは70点以上の人もしいたら手をあげてくださいね」  北崎の手が上がった。 「そんな、信じられません。どうしてどうして」 「コンピュータの歴史は前に調べたことがありますからね。バベッジ、エイダ、ディフ ァレンス・エンジン、ホレリス、ENIACあたりは知ってましたしね。それに後半の問題 はまあわりと業界内部的な問題でしたし」 「北崎くん、パソコン持ってますか」 「はい」 「スペックは」 「セルロンの2・6ギガ、ハードディスクは120ギガ、メモリは512メガ」 「それはあまり高いスペックとは言えませんね」 「ペンティラム4は値段がちょっと高くて嫌なので……」 「確かにその通りですけど。それにしてもこの教室のよりスペックが高いですね」 「学校のパソコンは日々アップグレードするわけにもいきませんからねえ」 「学校には予算というものがありますから」 「ですね」  チャイムが鳴った。 「はい。それではおしまいです。みなさんこの方面には多大な関心を抱いている人が 多いということは態度や姿勢でわかりましたよ」  夜、理事長室。結先生と恭子先生はいつものようにコーヒーを飲みながら休憩して いた。 「私思うんですけど、この時代のパソコンはどうしてあんなに使いにくいんでしょう」  コーヒーカップを置いて結先生は話し始める。 「そりゃ100年前のものだからでしょ」 「そうなんですよね。しかも世界の主流があの悪名高いOSだし」 「悪名高いって、そりゃそうだけど」 「パソコンを一般に普及させたことと、GUIを普遍化させたことは評価しますが、 あのOSはあまりにもセキュリティが甘すぎるんです。だからこの先あの忌まわしい ワールド・ブラックダウン事件が……」 「結。それはまだ言っちゃだめよ。それにあの事件があったからとうとうあのOSが 使われなくなって、最終的には新しいOSが普及することになったんじゃない」 「それはそうですけど、でも」 「保健室においてあるパソコンもできれば未来のOSにしたいわねえ」 「それはだめです」 「だってさあ、音声認識も翻訳機能も貧弱で、へたに動かすとフリーズするんだもの。 たまんないわよ」 「この時代なんだからしかたないじゃないですか」  このように二人が未来とこの時代を比較してどうこういうのはいつものことである。  翌日。第一コンピュータ室。  茉理とちひろのクラスの「情報」担当は結先生だった。  茉理の家にはパソコンがあるので茉理は興味深くこの授業を聞いていた。  放課後、カフェテリア。 「茉理のクラスも結先生なのか」と直樹。 「昨日直樹たちの話聞いていたからまさかとは思ったけどね」 「そうか。でどうだった」 「要するに家の中もコンピュータがいっぱいだってことはよくわかったよ」 「そうか」 「まあね。例えばテレビ、ビデオ、パソコン、車、電子レンジ、などなど」 「そうなんだよなあ」 「それにしても、あの結先生がコンピュータに詳しいのはちょっと意外。なんであん なに詳しいのかなあ。古典の教師のはずなのに」  美琴はそんな二人をみつめていた。  結先生の本当の正体を知っている美琴としては、ここは何も言わないことにした。  "あんな装置の管理者なんだから詳しくて当たり前なんだけどなあ"  美琴はそう思った。  夜、時空転移装置室。  結先生は作業用のパソコンをアクティヴモードに変更した。  時空転移装置のOSは未来のOSで、シリウスという。  未来の数あるOSの中でもややマイナーなOSだ。あまりメジャーなOSだとクラ ッキングやセキュリティホールなどの問題もあるためわざとマイナーなOSを使って いる。  シリウスを開発していたのは札幌の大学だが、大学の倒産に伴いチームは解散して いる。  もともとオープンソースのOSであり改造についても制約はあまりない。  結先生は、パソコンを操作して、OSのコア・プログラムの改造を始めた。  改造が終わると、再び再起動させた。  そして、OSのコピーライトを確認する。    Sirius Opearting System Ver.21.00 Copyright(C)2080-2092 by Sapporo Frontier University Time Transporter Device Arrange Ver.7.40 Copyright(C)2095-2104 by Operation Sanctuary 「……これを見ると未来を思い出しますね。そしてオペレーション・サンクチュアリ にもっと人がいた頃を……」  野乃原結は独り言をつぶやいた。                               Fin. --------------------- 2004/5/14-2004/5/16           あとがき  母校の高校のウェブサイトをのぞいたときのことです。  「情報」という謎の科目があることに気づきました。  私の高校時代にはなかった科目です。  どうやらコンピュータを使う科目のようです。  結先生はあの装置の管理者なんだし当然コンピュータは得意だろうな。  よし、結先生に情報の授業をさせてしまえっ(爆)  というわけでできたのがこの話です。  現実界では2003年から高校の「情報」が必修になりましたみたいです。  あちこちの高校のサイトをみると、1年の時に「情報A」をやるみたい。  ・・・まずい。直樹たち2年じゃん。  蓮美台学園は、ごくふつ〜の全日制普通科のようなので、2年に「情報A」という わけにもなあ。  そこで独自科目を設定するということでごまかしました(ぉぃぉぃ)  情報に関する独自科目を入れてる学校もいろいろあるみたいだし。  ちなみにこのSSではコンピュータ室は2つと設定してあります。  現実の高校でも2つコンピュータ室がある学校は結構あるようなので。  お金のある蓮美台学園なら2つや3つくらいは・・・。  ふたりの先生がなにやらOSをけなしてますが、二人から見れば100年前のOS なんてみんなへっぽこにしかみえませんからしかたないということで。決して悪意が あるわけじゃないんですよ。ということにしておいてくださぃ。  シリウスOSについては特定のモデルはありません。  というか100年後のOSなんて予想がつきませんな(あうあう)  一応、WindowsやMac OSやLinuxとはまったく違う代物だということで。 by BLUESTAR(2004/5/16)