バイナリィ・ポットSS/愛する彼女たちはここにいる         by BLUESTAR  洋一の朝はいつもうるさい音から始まる。それはフライパンを叩く音。 「起きたぞ」 「本当に起きたのかなあ??」  優希はフライパンを手にそうたずねる。フライパンで洋一を起こすのが日課。 「ああ起きたよ」 「それじゃとっとと支度してねえ」 「へいへい」  洋一が階下に降りると、佳澄と千歳と優希がテーブルですでに朝食を始めていた。  ……あれれ。と洋一はふしぎに思った。 「おはようございます、洋一さん」 「なんで佳澄さんと千歳ちゃんがここにいるんですか」 「まだ寝ぼけてるみたいね、よーいち。みんな一緒に住んでいるんだからいてあたり前 じゃないの」  サラダをつまみながら優希がそう説明する。 「……そうだったかなあ」 「そうですよ、店長。不動産会社が突然つぶれてアパートがなくなってホームレスに なったわたしたちにうちに住んだらどうかっていったのは、店長ですよ」  淡々と説明する佳澄。 「……そうだったか」 「そうだよ、よーいち」  優希がそういうと、佳澄と千歳もうなずいている。 「そういえばそうだったかなあ、ははは」 「そんなんだと、またまたダメ店長っていいたくなっちゃうよ」  とどめをさす優希であった。  優希は洋一に今の状況を説明する。 「まず、私の名前はちゃんと覚えてるかな、よーいち」 「優希、おまえひとをなんだとおもってやがる。羽根井優希だろ」 「よーいちとの関係は」 「幼馴染兼従妹兼店員兼、……恋人」 「ぴんぽーん。よしよしちゃんと覚えてるね。私、ほっとしたよ」 「ほっとするなあああ」  箸を置いて佳澄が口を開いた。 「それでは、店長。この私、吉野佳澄と店長の関係は」 「バイナリィ・ポットの経理、システム管理担当で、……他にあったっけ」 「店長。愛人という単語を忘れてますよ」  さりげなくおそるべき単語を使う佳澄。 「ああ。そうだったか……っておい」 「よーいち、ミキさんと佳澄さん両方に手出しちゃうし。困ったもんよね」  ミキというのは佳澄の「ワールド」での登録名であった。 「洋一さん、私とその、したことちゃんと覚えていますか」  洋一の頭になぜか見覚えのないようなあるような謎の光景が浮かぶ。 「……ああ」 「それならいいんです」  そしてカフェオレを飲みおわった千歳が口を開く。 「アキさん。次はこっちの番ですよ。私のことちゃんと覚えてますよね」  アキというのは、かつて人気ネットゲームだったエナジーワークス社の「ワールド」 における洋一の登録名だ。姿形はリアルの洋一と少し違う程度。  昨年の3月31日に「ワールド」は崩壊、エナジーワークス社は直後に倒産してし まった。どうやら実は経営状態がかなり悪化していたようだ。社長は倒産と同時に行方 をくらまし、副社長は倒産の記者会見を終えるとそのまま海外に逃亡した。 「千歳ちゃんは、この店のシステム管理担当で……俺の……」  洋一の頭にはまたしてもみおぼえがあるようなないような謎の光景が。 「千歳ちゃんも愛人だっけ」 「そうですよ。とらわれのカーマインを助けてくださった王子さまです」  カーマインは千歳の「ワールド」における登録名であった。 「……はぁ。俺ってこういうやつだったのか、優希」 「そうだよ。いまさら何いってんのよ、よーいち」 「おはようございます、店長」 「おはよう、なっちゃん」  もうすぐ開店時間。バイナリィ・ポットの店員である奈都子(なっちゃん)と里美 (さっちゃん)がやってきた。 「今日のよーいち、ちょっとぼけてるから気をつけてね、二人とも」 「もしかして頭でもぶつけたんですか」 「そういうわけじゃないけどね。そうだよーいち。この二人は誰だかわかるよね」 「優希、おまえなあ」 「はいはい答えてね」 「なっちゃんはここの店員で料理が得意。でもって……なっちゃんも愛人なのか」  洋一の頭にはまたしてもみおぼえがあるようなないような謎の光景が。 「どうして疑問形なのかなあ。まっちゃんと覚えてるからいっか」 「確かに今日の店長、ちょっと変ですね」 「でしょ。明日もこの調子だったら市民病院に連行しないと」  うなずく優希であった。 「それじゃ店長。このあたしのことはちゃんと覚えてますか」 「おう。さっちゃんは激甘いものが大好きでえっと……さっちゃんも愛人だっけ」  洋一の頭にはまたしてもみおぼえがあるようなないような謎の光景が。 「ええそうです。ワールドでひどい目にあったあたしの心をいやしてくれて、それで なんとか立ち直れましたから。今のあたしがあるのは店長のおかげです」  そこへ新たな声が響いた。 「ねえねえ、何の話ですか」  モニターの中からの声は、この店のマスコットキャラクターであるミリィだった。  ミリィは「ワールド」のキャストとして作成されたいわゆるNPC(ノンプレイヤー キャラクター)である。著作権はエナジーワークス社にあったのだが、倒産してしまっ たためか問題にならずにすんでいる。 「よーいちがちょっとぼけてるって話よ」 「そうなんですか。大変ですねえ」 「ミリィ。おまえなあ」 「そうだ、よーいち。ミリィとの関係は」 「かつてはハンター仲間。今は店のマスコットであり、家族だよな」 「ええそうです。それから特別な家族ですよね」 「何がいいたい、ミリィ」 「だってアキ、一緒にあんなことした仲じゃないですか」 「あんなことっていったい……」  洋一の頭にはまたしてもみおぼえがあるようなないような謎の光景が。 「ねえミリィ、あんなことっていったいなにかなあ」と探る優希。 「口ではちょっといいにくいことです」  ミリィの顔が赤くなった。 「ふ〜ん。もしかしてアキとえっちなことでもしちゃったのかな」  ミリィは完全に停止した。 「ちょっとミリィ……大丈夫なの」  優希がそうきいてもミリィはそのままだ。優希はためしに端末を操作してみる。 「どうやらフリーズとかじゃないみたい、ってことは……よーいち、ミリィは図星だ から絶句してるだけなのかな」 「ノーコメント」 「店長、ミリィにまで手を出していたんですか」とやってきた佳澄。 「……ノーコメント」 「優希ちゃん、ミリィを愛人に追加指定すべきですね」 「よーいちのばかっっっ」  午前11時にネットカフェ「バイナリィ・ポット」はいつもどおり営業開始。  今日はお客はぽつぽつとしかやってこない。  昼からは時折雨が降ったりやんだり。こんな日は客はあまり入りそうにない。  そしてそのまま閉店時間になってしまった。 「ねえ、よーいち」 「なんだ、優希」  閉店後の事務室。二人っきり。 「あれからもうすぐ1年だね」 「ワールド崩壊のことか」 「うん。私は今ではワールドでの日々は青春だったなって思えるよ」 「年寄りみたいなこというなよ」 「私もすっかり年とったなあ。これでもう何度目の18歳かしら」 「優希、18歳といいはるのはそろそろやめろ」 「それはダメ」 「あのなあ」 「よーいちも愛人ばっかりつくっちゃだめだよ」 「いやそれは……」 「よし決めた。これ以上浮気しないように私とすぐに結婚しよう」 「おいおい」 「それでもよーいちとらぶらぶする人は不倫よ不倫。とってもやばいのよっ」 「あのなあ」 「よーいちが優しいのはよくわかってるけど、これからはそのやさしさは私だけに向け て欲しいな。だめかなあ」 「そんなことはないよ」 「よーいち。大好きっ」  翌日の朝。 「この間十年後を舞台にしたテレビドラマをみたんですけど、私たちの十年後ってどう なってるのかな」  と話を切り出す奈都子。 「そうね、なっちゃん。まず私と洋一は結婚していて子供もいるんじゃないかな」  ときっぱり断定する優希。 「優希さんははっきりしていてうらやましいです」 「それからさっちゃんは、道場を継いでいるんじゃないかな」 「それは確かにありえますけど。もしかしたら十年後もここで働いていたりして」  はにかみつつ答える里美。 「佳澄さんと千歳ちゃんは十年後も一緒にいたりして」 「……千歳ちゃんをひとりにしたくはありませんし、そういうことになりそうですね」 「なっちゃんは、えーと、結婚していい奥様になってたりとか」 「私なんかと結婚するような人がいるんでしょうか」 「なっちゃん。私なんかなんていっちゃだめだよ。なっちゃんは十分かわいいし、料理 も得意だし、多分結婚できるよ」 「でも、一番好きな人とは結婚できそうにないですし」 「なっちゃん、よーいちと結婚するつもりなの」 「優希さんさえいなければですけど」 「はあぁ。なんだかなあ」  そこへモニターから声がする。 「あの優希さん、何の話をしてるんですか」 「みんなの十年後はどうなってるかなっていう想像の話。ミリィは、十年経っても今と まったく変わらずこの店のマスコットでしょうね」  そこへ佳澄が首を振って、 「そうとは限りません。バイナリィ・ポットは開業以来ずっと赤字です。十年持たずに つぶれているかも知れませんね」 「佳澄さん、そんな恐ろしいこと言わないでよ」 「つぶれたあとは、ミリィの管理はよーいちさんと優希さんがしないと」 「佳澄さん。私やよーいちじゃちょっと無理なんですけど」 「ではバイナリィ・ポットがつぶれないようにがんばりましょうね」  十年が過ぎた。  ワールド崩壊の翌年、洋一と優希は洋一の両親のいる南の島で結婚式を行なった。  オーナーの業務命令によりバイナリィ・ポットの全店員が参列した。  今、洋一はバイナリィ・ポットの店長、優希は店長補佐である。  なっちゃんこと奈都子は、店の常連客で学園時代のクラスメートの青年と結婚した。 真面目ななっちゃんは、ミューズEXの件も含めてすべて話したが、それでも君を受け 入れるといわれて結婚したのである。結婚後もバイナリィ・ポットの料理長である。な にしろ今やなっちゃんの料理には佳澄も優希も太刀打ちできないレベルとなっているの だ。  さっちゃんこと里美は、実家の道場を正式に継ぐことになりバイナリィ・ポットを 辞めた。今では常連客としてほぼ毎日バイナリィ・ポットに現れる。店の裏事情を知り つくした常連客ほど扱いにくいものはない。辞める前の里美と千歳が開発した激甘コー ヒーセットは、今や名物メニューであり、情報誌にも紹介されたほどだ。  佳澄と千歳は、洋一・優希の結婚後、バイナリィ・ポットの近くにできた新築アパー トに引っ越した。近所の人にはどうやら仲のよい姉妹だと思われているようだ。  優希は、時々このアパートを訪れるのだが、部屋の中身はどんどんすごくなっていく のに気づく。二人ともコンピュータが好きで、パソコンの部品や新しいソフトに目がな い。そういうわけで部屋の中には、パソコンが10台、ワークステーションが2台、そ の他にもパーツが山になっている。とても若い女性の部屋には見えない。  とどめにネットゲーム長時間接続用のカプセルが2台も並んでいるのだ。  二人の肩書きはというと、佳澄は、副店長兼システム管理、千歳はシステム管理兼 ウェブサイト担当である。  毎日更新されるバイナリィ・ポットのウェブサイトは人気を集めている。  オンラインショッピングには千歳と佳澄が共同開発した、ピンクカラー・バスケット ・システムが使われている。このシステムはシェアウェアだがセキュリティが非常に よくできていて、たくさんの会社が使っている。なかでもハッカー対策が非常によく できている。まあそれもそのはずで、開発者である千歳本人がハッカーだったりする のだからそれも当然である。  オンラインショッピングは今やバイナリィ・ポットの毎月の収入の約20〜30パー セントを占めるまでになった。  かつては赤字だったが今ではバイナリィ・ポットは毎月黒字である。  ミリィは、あいかわらずバイナリィ・ポットのマスコットである。  ミリィについては、ある日エナジーワークス社の経営を引き継いだオーシャンネット コム社の人がついにバイナリィ・ポットにやってきた。  エナジーワークス社の所有物を勝手につかうのはまずいということになり、バイナリ ィ・ポットで両者による数回にわたる話し合いが行われた。  その結果、ミリィはバイナリィ・ポットへの出向という扱いになった。  ただ実際のところミリィは、バイナリィ・ポットのサーバに住み込んでいる状態だか ら実のところ状況はたいしてかわらない。  オーシャンネットコム社としては、データが消滅した「ワールド」を復活させるつも りはまったくないから、ミリィがどうなろうと別にかまわなかったし、それになにより もトラブルや裁判沙汰を避けたかったのであろう。  ところで、バイナリィ・ポットは長年赤字だったため、実は一度、オーナーによって 閉店になりかかったのである。だが、すべての店員がこれに反対した。それどころか短 期間に500人のお客さんの閉店反対署名まで集まった。  そして、店に久しぶりにやってきたオーナー(洋一の父)にたいして千歳は、こう いったのである。 「私がこの店を買い取ります。それでいかがですか」 「あなたに払えますかな。こっちは金がないわけじゃないから、分割払いでもいいが」  彼女が見せたのは、世界的に有名なあのクレジットカードのプラチナカードだった。 「……プラチナカードですか。実物は初めてみましたよ」  こうしてバイナリィ・ポットはオーナーが交代して、存続することになった。  この少しあとからバイナリィ・ポットはなんとか黒字を出すようになったのである。  市の再開発計画に店の敷地がひっかかったため、バイナリィ・ポットは開業16年に して、バイパスぞいに移転した。店の面積と駐車場は大幅に拡大した。  今や市で一番有名な喫茶店であるから移転して客足が減るどころか逆に増えるありさ まだった。 「よし、みんな写真撮るぞ、ならんでならんで」  3月31日。今日もいい天気である。  店長の洋一がそういうと、バイナリィ・ポットの前にみんながならんだ。 「私の誕生日の記念写真、すっかり恒例になっちゃったね」  中央に位置した優希がそういう。 「あれからえーと……今日で11回めか。早いもんだ」  遠い目をする洋一。  ならんでいるみんな。  優希、なっちゃん、さっちゃん、佳澄さん、千歳ちゃん、ミリィは10年前もいたな と洋一は思う。  明菜さん、マリアさん、裕子さんは最近加わったバイトだ。彼女たちもなかなか魅力 的だな……なんて口に出したら優希にまた怒られるな、と思う洋一である。 「……そうだよな。愛する彼女たちはここにいる」 「よーいち。どうして複数形なのか説明してくれるかな」と優希。 「えっ……。もしかして今、俺、口に出してたか」 「なかなかかっこいい台詞だけどさ、複数形なのはどうしてかな。単数形だと私うれ しいんだけどね」 「優希。俺は自分に正直なのさ。だから、わかったかな」 「よーいち。正直すぎるのもかんがえもんだよ」 「そうだな。今後注意するよ」 「わかればよろしい。じゃそろそろ写真撮ってね」 「おう」  そして、デジカメで写真が撮られたのだった。その写真はすぐに「バイナリィ・ ポット」のウェブサイトのトップページに飾られた。    バイナリィ・ポット     www.binary-pot.jp     phone:+81-0XXX-5555-49890 Fin. ------------------- 2004/6/11-2004/6/13           あとがき  「バイナリィ・ポット」はオーガストのデビュー作。  ネットカフェと、ネットゲーム「ワールド」を舞台にした物語です。  一番お気に入りはやっぱり優希ですね。こんな幼馴染がいればなあ・・・  たださあ洋一は鈍感すぎるだろう(^^;)  このSSは優希トゥルーエンドをベースにして、みんなと結ばれる結末にして、さらに 近未来っぽくあれんじしてみました(笑)  題名は、優希トゥルーエンドの洋一の写真撮影時のモノローグ、(だからゲームの終 わる直前ですな)"愛する彼女はここにいる"からとりました。  感覚変換してネットの中に入るというのは、サイバーものではおなじみ。  あるいは某「サイレントメビウス」みたいなといえばわかりやすいかな。  それにしても、こういう具合にネットゲームがプレイできるにはあと何年かかる ことやら。  10〜20年くらいは先かなあと思いますけどね。  このゲームそのものは、年代設定が明確にされていないので、テクノロジーから推測 して、ちょっと未来というかんじでかいてみました。だいたい2020〜30年代くら いのつもりで私はこのSSをかいています。  ネットの特性というのは本来現実ではであいそうもない人たちが出会うこともそのひ とつです。私の知人にもネットがなければ出会わなかった人がたくさんいます。  ところがこの「バイナリィ・ポット」の場合、「ワールド」の仲間=「バイナリィ・ ポット」のみんな、という形なんだよねえ。  まあ、それはそれで意外性と驚きがあるのも確かですけどね。  そういえばゲーム本編中に「mVidiaのMX400」というグラフィックカードがでてきま す。何がもでるかは明白ですな(笑)。  今だったら「mVidiaのGeForce6800」あたりですか、それとも「LADEONの9800」 あたりかな^^;  さっちゃんが「はにはに」の茉理に似ているのはきのせいということにしておきま しょう^^;。一度さっちゃんと茉理の料理対決をみてみたいですねえ(笑)。  #「バイナリィ・ポット」通常版のマニュアルには「はにはに」という謎の単語が混 じっています。マニュアルの記述を使いまわす時にはちゃんと確認しないとねえ^^;  それにしてもオーガストってSF濃度が高いようなきがするけど・・・きのせいで しょうかねえ??。  「バイナリィ・ポット」はヴァーチャルもの。「プリンセス・ホリデー」は文明と 宇宙もの。「はにはに」にいたっては時間もの。  次はどんな作品でしょうか。  激甘コーヒーセットは、もちろん架空のメニューです。  コーヒーと角砂糖6つと激甘いケーキのセットです。  すさまじいメニューですね(^^;;)。  クレジットカードの種類としては、ゴールドカードは有名ですが、それよりさらに上 があることはあまり知られていないようなきがします。  プラチナカードというのは確か某なんとか・エクスプレスにそういうカードがあった はずなので出してみました。  最後の電話番号は桁数がやたら多いですが、この「4−4−5」桁というのは、某 「トップをねらえ」(第1シリーズ)のまねです(爆)。  ではでは。 by BLUESTAR(2004/6/13)