バイナリィ・ポットSS/ヴァーチャル・バイナリィ・ポット       by BLUESTAR 「今日も一日お疲れさま、ミリィ」 「優希さんもおつかれさまです」  モニターの中からミリィが答えた。既に閉店時間を過ぎている。 「ワールド崩壊からもうすぐ1年。ミリィもすっかりバイナリィ・ポットに慣れたよ ねえ」 「はい。おかげさまで。ところでわたし思うんですけど、みなさんと一緒に働きたいで す」 「え。なにいってんのミリィ。今ちゃんと一緒に働いてるじゃない」 「だからそうじゃなくって、えっと、その、みなさんは外の世界で、わたしは中の世界 じゃないですか。だからみんな一緒にというのはその……」 「ああ。そういうこと。つまり昔のワールドでのハンター時代のように一緒にやりた いってことね」 「そうですそうです」 「そうはいってもねえ。ミリィは外の世界に肉体がないじゃない。だから無理だよ」 「やっぱりそうですよね。でもなんとかならないでしょうか」 「それならミリィが外に出てこられないならこっちが中に行けばいい」  ドアが開いて、洋一が入ってきた。 「そっか。確かにそうよね。私たちがネットに入ればいいのか」 「ああ。そういうことだ。それなら一緒に働けるだろ」 「よーいちにしては珍しく冴えてるじゃない」 「珍しくは余計だ」 「ところでミリィ。一緒に働くって何の商売をするつもりなの。昔のようにハンター でもするつもりなの」 「ワールドはもうないんですよ、優希さん。わたしは、ネットの中の世界でバイナリ ィ・ポットをやりたいんです」  真剣にまっすぐ見据えて訴えるミリィ。 「なるほど。それは確かに面白いアイデアだな。俺個人としては興味深いな。ただう ちの店員がみんな納得するかどうかだ」 「確か、私とよーいちとなっちゃんとさっちゃんはワールド参加してたのよね」  指折り数える優希。ちなみに優希が参加していることが洋一にばれたのは、皮肉な ことにワールドが崩壊していく過程での出来事であった。 「ああ。みたところなっちゃん、さっちゃんもどっぷりはまってたからあの二人は問題 ないとして、佳澄さんと千歳ちゃんがどう思うかが問題かな」 「でもあの二人コンピュータに詳しいし、結構ネットゲームとかやっているんじゃない かなあ」 「よし、とりあえず明日話してみよう」 「というわけなんだ」  翌日朝。洋一はミリィの提案を説明した。 「確かに興味深いアイデアです。ただ問題点がいくつかありますね」 「何でしょうか、佳澄さん」 「まず、店員全員の同意が必要です。次に、どこのネット世界に店を開くかが問題に なります。それから、リアルのバイナリィ・ポットをどうするか決めないといけませ んね。今のうちの人数ではリアルとネット世界、つまりヴァーチャルとの両方で店を 展開するには人が少なすぎるのです」 「それじゃ、まず、店員の同意については、今ここでみんなに聞くよ。賛成の人は手 を上げてね」と優希。  手が上がってゆく。 「全員賛成ね。あっけなかったね。それにしても、洋一となっちゃんとさっちゃんは ワールドにはまっていたからわかるとして、佳澄さんと千歳ちゃんはどうして」 「告白するわね。実は私はワールドに参加していたの」 「やっぱりねえ。まっ佳澄さんならそれほど不思議じゃないけど」 「オヤジの店は妙な飲み物が多かったわねえ。アキさん」 「どうしてその名前を」  と驚くアキ。 「……実は私はミキという名前で参加してたの」  わずかな間をおいて佳澄は答えた。 「なんてこった」と洋一。 「ミキさんだったのかあ〜。結構おとなっぽい人だと思ってたのに〜」と優希。 「あの、優希さんてもしかしてミキさんを知ってるんですか」と奈都子。 「うん知ってるよ。私もハンターだったし」 「優希ちゃん、嘘はよくないわ。ハンターズギルドにはあなたみたいな女の子はいなか ったはずよ。ちゃんと調べたんだから」  軽くにらむ佳澄。 「優希。いい機会だからお前も告白したらどうだ」と腕を組む洋一。 「よーいち〜。すっごく言いにくいんだけど」 「もしかして実はオヤジだったとか。まさかねえ〜」 「さっちゃん。へんなツッコミしないでよ。オヤジはキャストなんだから絶対違うよ」 「優希ちゃん。それは初耳ね。どうやって知ったのかしら」 「ワールド崩壊のあの日、俺と優希はオヤジとあったんだ。オヤジはクロイツが実験的 に作ったキャストだったらしい。だから額にマークがないんだとさ」  クロイツというのは「ワールド」のホストコンピュータである。 「あれでキャストというのは、へたな人間より人間くさいですね」と佳澄。 「まったくだ。そういやミリィもこの1年でかなり人間くさくなってるようなきがす るぞ」 「確か崩壊の日は、アキさんはマサトとミリィと一緒だったはずですよね。ミリィは キャストですから。ということはもしかして……。わかりました。マサトは優希ちゃん だったんですか」と佳澄。 「ああとうとうばれちゃったよ〜。よーいちのばか〜」 「あきらめろ優希。これが人生というものだ」 「優希ちゃんは実は嘘つきだったんですね。ワールドには接続したことがないなんて」  にこにこと話す佳澄。 「ごめんなさい佳澄さん。でもアキ/洋一にばれるわけにはいかなかったから」 「要するに優希ちゃんは一日中洋一さんと一緒だったわけですね」 「うんそうだよ」  あっさりうなずく優希。 「それにしても、アキさんが店長で、マサトさんが優希さんで、ミキさんが佳澄さん だったとは、世の中狭いですねえ。あとはカーマインがいれば揃っちゃいますよね」  奈都子が指折り数えてそう言い放つ。 「カーマインか。なつかしいなあ。あれだけの美女だし、リアルでもモテモテだろうな あ」 「おやおや。よーいちはカーマインのこと好きだったのかな」 「まあそれなりにね。でも今は優希がいちばんだからな」 「わかってるよ」 「そこのお二人さん。らぶらぶも程々に願います」 「はいはい」 「……ええと実は、カーマインはここにいるので揃っちゃいます」と千歳が言う。 「ええっ。ここにいるって千歳ちゃん、どこにいるんだい」 「ここだよ、アキ。まだわからないのかい」  そう言って千歳は自分を指差すのであった。 「そんなあああ。まさかこんな身近にいたとはぁぁぁぁ」 「こういうの、灯台真っ暗闇っていうんだよね」と里美。 「さっちゃん、それは違うよ」と突っ込む優希。 「灯台真っ黒くろすけ、だったかな」 「さっちゃん、また違うよ〜」  ……このように真実は時として意外なものだったりするのである。  3ヶ月後。ワールド亡きあと、国内最大のネットゲームとして人気を集めている、 「アイランズ」の中に新しいお店が誕生した。  名前は「バイナリィ・ポット」。業種はヴァーチャルカフェ。リアルにあったお店が まるごとネット世界に引っ越す形となった。  当然ながら人数的な問題から、リアル「バイナリィ・ポット」は閉鎖となり、代わり にヴァーチャル「バイナリィ・ポット」が誕生するという形だ。  「アイランズ」(Islands)は島を模したネットゲームである。  9つの島からなる世界。都市もあれば森もあるし、港や空港もある。  アイランズで最大規模のシンフォニア島のりんご町の繁華街。  そこにオープンしたのである。  店のデザイン・設計、そして飲食物のデザインとプログラム。  りんご町には喫茶店はいくつかあったが、「バイナリィ・ポット」は、コーヒーと 食べ物に関してレベルが高かったこともありあっという間に人気をあつめることに なった。そしてなんといっても、他の喫茶店の店員はみんな1回3時間ログインなの に、「バイナリィ・ポット」は、なんと店員全員がカプセルでログインしていた。  営業時間は、日本時間の11時から21時まで。リアルの頃と一緒である。  カプセルは、リアルの「バイナリィ・ポット」に置かれている。もちろんログイン中 は無防備になるので、警備会社の人にいてもらっている。  ところでミリィはエナジーワークス社に著作権がある。  エナジーワークス社はかなり経営が悪化していたこともあり、とっとと問題にけりを つけたかったようで話し合いは1回ですんだ。ミリィはエナジーワークス社からバイナ リィ・ポットに出向という形になった。むろんそれはあくまで形式である。  なにしろミリィは1年前からバイナリィ・ポットのサーバに住んでいるのだから。 「いらっしゃいませ」 「コーヒーセットお待たせしました〜」 「プリンスペシャルのお客さま〜」 「はい、こちらの席へどうぞ」 「120クレジット85セントになります」 「ありがとうございました」  バイナリィ・ポットは今日もにぎわっているようだ。  このぶんなら今月は黒字になるかも知れない。 「それでは、今月の収支について発表します」  アイランズでバイナリィ・ポットが開店して一ヶ月が過ぎた。  閉店後、佳澄は集まったみんなを見渡す。 「……今月はかなりの黒字でした。アイランズの通貨であるクレジットと日本円の換算 レートもそんなにひどいものではありませんしね」 「すごいよ。黒字だなんて」 「優希ちゃん。黒字になったくらいで喜ぶようじゃまだまだですわよ」 「うっ。確かにいわれてみればそうかも」 「バイナリィ・ポットは赤字が当たり前でしたからね。だからそんなささいなことで 喜んでしまうのです。まだまだ修行が足りませんよ、優希ちゃん」 「はぁい」 「リアル時代のバイナリィ・ポットは立地に問題がありましたし、広報不足で地元にお ける知名度が低かったわけです。その反省を踏まえて、アイランズで開店するにあた っては、あちこちに広告を出しましたし、立地も繁華街にしました。ここまでやれば黒 字になるのは当然というものです」 「……そうなんだ」 「そうなんですよ、優希ちゃん。そういうわけで、今後もこの調子で頑張りましょう」 「頑張ろう、みんな」と洋一。 「そうだね」と優希。 「そうですね」と奈都子。 「ファイト、ファイト」と里美。 「もちろんです」と千歳。 「みなさんと一緒にもっとですね」とミリィ。   <<ぼくは今、ボストンに住んでいる。気分転換に時々いつもの喫茶店に出かける。    喫茶店の名前は「バイナリィ・ポット」。元々は日本のリアルワールドにあった   のだが、1年前にネットゲーム「アイランズ」に移転した。    おかげで、ボストンから毎日いけるようになってしまった。    アイランズの参加者はほとんどが日本人であり、当然共通語は日本語である。    そして店にはかわいいウェイトレスさんたちがいる。店はにぎやかだ。    ぼくはカフェオレを頼むことが多い。ある日、角砂糖はありますかと聞いたら、   角砂糖がびんごと出てきたことがあった。この店には角砂糖をたくさんいれるお   客様でもいるのだろうか。    この店の店員はひとりをのぞいて、リアルからカプセルでログインしていると   いう。そのひとりというのはミリィという。ぼくが以前参加していた「ワールド」   という伝説のネットゲームのキャスト(NPC)だったそうだ。    ウェイトレスのみなさんはみていると非常に仲がよさそうだ。    なかでも、優希さんと店長は少々仲がよすぎるのでは、とたずねたところ、あの   二人はもうすぐ結婚するんですからしかたありません、といわれてしまった。    先日、大学の知り合いをこの店につれてきた。コンピュータの最新理論に関する   話をした。知り合いが帰ったあとで、二人のウェイトレスさんがやってきた。    今の話ですけど、なかなか興味深かかったですわ。といわれてしまった。    かなり難解な話だったのに、である。この二人はいったい何者なんだろうと   考えてしまったものである。    それはともかく。この店のコーヒーはなかなかよい。食べ物もいい。    これだけのものをプログラムするのは大変でしょう、といったら、この店には優   秀なプログラマーが二人もいますからといわれた。    この文章を読んでもし興味をもたられたら、ぜひ「バイナリィ・ポット」をたず   ねてみて欲しい。>>                  小笠原健一著、「マイ・ボストン・デイズ」より ----------------- 2004/6/18-6/19           あとがき  ミリィがみんなと一緒に働くことができたらどうなるでしょうか。  これはそういうSSです。  もちろんミリィには外の世界に肉体がないわけですから、みんながネットに入る しかないよなあ。とまあそういうわけです。  優希トゥルーエンドのアフターストーリーということになります。  それしにても全員分のカプセルを買うといくらになるんだろうか。  おそらく数千万円くらいかな。銀行あたりから融資とか、千歳ちゃんから借りる とか、オーナーから借りるという手もあるよな。  「バイナリィ・ポット」は年代が特定されていませんけど、今よりかなり未来 なのは確かです。  おそらくは21世紀前半くらいかなあ。  お店の話なんだから、税金とか法改正をネタにしたSSというのもありかな。  例えば消費税が20パーセントにあがることになって値段づけに苦労する話(ぉ。  そういえば作中では現金ばかりなんだけど、電子マネーとかクレジットカード の話とか。  社員旅行で南の島に向かったバイナリィ・ポットのみなさんがどたばたする 話とか。飛行機の機種はなんにすればいいんだ。やっぱりボーイング807とか エアバス580とかかな(ぉ。  ではでは。 by BLUESTAR(2004/6/19)